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クライオジェニアンの手紙  作者: 凪司工房
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 その週末の夜二十二時、倉部とジョセフは研究室の一番大きなモニタにあるネットのライブ中継を映して、ため息がちにそれを見つめていた。画面の向こう側は日本のどこかのホテルの一室だ。裏には大学名や協賛スポンサーの名前が書かれたボードがあり、白い布で覆われた台の上には不必要なほどのマイクが群れを成して設置されていた。その中央、精悍な顔つきの男性が浦河亮だ。その左側に沢村綾が座っていた。眼鏡はなく、髪もアップにして化粧も濃い。心なしが表情が輝いている。

 クライオジェニアンの手紙の解析結果についての報告が行われていた。

 警告文の内容について浦河が発表をしようと立ち上がったところで、一斉に会場がざわついた。


「おい、クラベ。見ろ」


 ジョセフが見ろ、と言ったのはモニタではなく自分のスマートフォンだ。速報で「クライオジェニアンの遺物の測定年代が偽造されていた疑惑がある」というニュースが入っていた。

 日本の会場にもそれは伝わったらしく、会見は一時中断され、その後、理由もなく中止すると発表があった。


 翌日には世界中でクライオジェニアンの遺物が偽物であり、人工的に造られた超古代の紛い物だったことを示すデータが共有された。再鑑定の結果、五十年ほど前に誰かによって造られて埋められたものだということらしい。


 ――何故今更そんな話が出てくるのだろう。


 倉部の疑問は、けれど誰にも届くことなく、研究チームの解散が告げられ、スポンサーからの資金援助も打ち切られた。のみならず、地質学研究所の閉鎖までが決まってしまった。

 こうして倉部たちは一夜にして、自分の居場所を失ってしまったのだ。


 自分の荷物を鞄にまとめ、研究所を出ると、二月の寒空の下でタクシーを止めた。向かった先はジョセフが最後に一緒に飲もうと約束したダイニングバーだ。何度となく通った店だが、これが最後になるかも知れないと思うと、足取りも重い。

 店に入ると顔馴染みの赤髪の女性店員が苦笑を浮かべたが、どうやらジョセフは既に出来上がってしまっているようだ。席に案内され、ブイヤベースと肉の盛り合わせを注文して、コートを脱ぐ。


「世紀の大発見が、世紀のペテン師にすり替わると、こう何もかも世界が変わるというのも、悲しいものだな」

「ジョセフ。もう少しゆっくり飲んだ方がいい。僕はまだ今来たばかりだ」

「クラベはさ、なーにも分かってないんだな。注意しておいたろうに。もっと人間関係を大事にしろと」

「沢村綾のことか? 自分なりに人間関係ってやつを重要視しようとした結果だ。やはり研究には不要なものだよ」


 運ばれてきた肉の盛り合わせは早速ジョセフの手が伸びたが、彼はそれを食いながら何とも不満そうに「何も知らないんだな」とぼやく。


「何をだ?」


 ブイヤベースをスプーンで掬いながら見ると、ジョセフは「クライオジェニアンの手紙だ」と言った。


「おかしい、とは感じないのか。偽物だと言われたところで研究所が閉鎖になるなんてことまで事態が発展したりはしない」


 ジョセフはポケットから小さな手帳を出して、テーブルに置いた。それを開くとFBIという文字がある。


「スパイは君だったのか」

「クライオジェニアンの手紙には国家機密に抵触するものが書かれていると判明した。だから手を打った。そういうことだ」

「あれのどこが国家機密なんだ? 仮に発表されたところで誰も信じないだろう? 今後五十年で環境悪化を招き、人類が滅びるだなんてさ」


 だがジョセフは笑わない。


「ワトキンソン予測という論文を、君は知っているだろう」


 それは恩師カーネル・ワトキンソン教授が発表した地球環境の激変を予測したものだった。そこに何が書かれていたのかは分からないが、論文はすぐにリジェクトされ、その一ヶ月後に教授は変死を遂げていた。


「まさか……君たちなのか?」

「知りすぎた人間は、リジェクトだよ。クラベ」


 そう言って笑うと、ジョセフは立ち上がる。だが彼の姿を視線で追おうとしたその視界がぐらりと揺れ、倉部の頭は力なくテーブルに突っ伏した。


「肉はありがたく貰っておくよ。アディオス、アミーゴ」



 肌寒さに目覚めると、知らない路地裏のゴミ溜まりだった。コートはない。シャツ一枚で財布もスマートフォンも所持していなかった。

 何とかホテルに戻ると、そこで大柄なロシア人男性が待っていた。ウラノフという市井の研究者だ。確か記者会見の時に質問をしていた覚えがある。

 彼からどうしても見て欲しいものがあると言われ、倉部は一路、シベリアに渡ることとなった。


 ウラノフに案内されたのはシベリアの小さな村の北側にある湖畔だった。そこは氷河が溶け出したことにより露出した場所だと教わったが、彼が見せたかったのは地中に半分が埋まっている謎の物体だった。材質がクライオジェニアンの遺物によく似ている。

 村の男たちを数名雇い、協力して掘り出してみると、自動車ほどの大きさの乗り物が現れた。中には沢山の計器があり、更には運転席らしき場所にあのクライオジェニアンの遺物の完全体と思しき直径三十センチほどのガラス質の直方体が寝かされていた。刻まれていたのは英語の警告文だ。内容はほぼ倉部たちが解析した結果と同じものだった。


「タイムマシン、なのか」


 その日本語の呟きを理解した者はこの場にいなかったようで、ウラノフは倉部に「これは世紀の大発見なのか」と必死に尋ねている。

 デジャヴュという言葉を思い出す。

 倉部はもう少し調べたいからとウラノフたちを遠ざけ、クライオジェニアンの遺物の表面を削った。そこに自分がいつもするように、鏡文字で同じ警告文を書き込む。


「今度は、うまくやれよ」


 そう囁くと、約八億年の時を遡る設定をしてから、そのマシンのスイッチを入れた。

 突如、目の前で掘り出した乗り物が消えてしまったことに驚いたウラノフは拳銃を取り出して、倉部に問い質した。「一体何をしたのか」と。


「忘れていたんだよ。他人は信用ならないってことをな」


 そう笑った倉部に向け、ウラノフは引き金を引いた。(了)



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