08.前編 確かな友情が芽生えました
短編 『確かな友情が芽生えました』
連載版ですが、ほぼ同じ内容。
後編は、短編になかった後日談です。
「本当に、よく似ているね」
図書室で本を読んでいたら、声をかけられた。
いつの間にか同じテーブルに、金色の髪に空色の目をした令息が座っていた。
「似ている、ですか?」
「ああ、エレーナ・アズロニア男爵令嬢に色合い以外はそっくりだな」
エレーナ・アズロニア男爵令嬢は、私と同じ一年生。
私と彼女は容姿が似ているので、よく間違えられる。
髪と目の色が違うのだけど、私の所に来る人はそこまで見ていないらしい。
でも、彼は間違えて私に話しかけて来たわけじゃないのね。
「私に何か御用ですか?」
「知りたい事があってね」
「何をでしょうか」
「アリアーネから聞いたんだ。君、エレーナ嬢の事詳しいんだって?」
「面識はありません」
「でも、調べてるでしょ? その顔は当たりかな?」
私この人苦手だ。
全て知っているのに情報を少しずつ出して、相手を自分のペースに引き込む。
同族嫌悪かもしれない。
すごく話しにくい。
「そうですね、ルカリオ様のおっしゃる通り、彼女の事は調べておりますわ」
「俺の事も調べてあるみたいだね、エレナ嬢」
お互いに、名乗っていないのに名前を知っていると牽制した。
でも、これは私の勝ちね。
ルカリオ様は、アリアーネ様から私の事を聞いたと言っていた。だから、私の名前は知っていてあたりまえだ。
でも、私はアリアーネ様と話した後、彼女の周囲を調べていたから、彼がルカリオ・テアーズ伯爵令息だという事も彼等が幼馴染だという事も知っている。
「それで、何を知りたいんですか? 」
「とりあえず全部。本当に、うるさいんだよあの子」
「彼女と何かあったんですか?」
「ぶつかって来るんだよ、何度も何度も。最初は起き上がるのに手を貸したよ、シャルが一緒にいたからね」
「シャルロッテ・ヒュペリオ伯爵令嬢ですか、確かルカリオ様の婚約者でしたね。彼女の前では、優しい婚約者を演じているんですか?」
「俺はシャルには優しいよ」
「シャルロッテ様にだけ、でしょう?」
「そうだね、実際シャルがいない所でぶつかってきても、俺は彼女を助けなかった」
「それで、もしかしてシャルロッテ様と一緒にいる時だけ、ぶつかって来るようになりましたか?」
「よく分かるね。流石に五回目は、シャルの前でも助けないで通り過ぎようとしたんだ」
「通り過ぎる事が出来なかった?」
「シャルがね、助けに行ってしまったんだよ。優しいから」
「その時、トラブルでもありましたか?」
「シャルは本が大好きでね。いつも持っているんだけど、今日は一番お気に入りの本を持っていたんだ。それを助ける時に落としてしまった」
「まさか……」
「そう、彼女はその本の表紙を踏んで立ち上がったんだよ。わざとね」
「わざとですか?」
「転んで立ち上がる時に、ダンって音が出るくらい踏みつけないだろう」
「あー……わざと、ですかね?」
ルカリオ様そうとう怒ってたんだろうな。
その状況を聞いただけの私には、わざとかどうかの判断は難しい。それでも言わずにはいられないのね。
シャルロッテ様の事になると、ルカリオ様は白も黒にしてしまいそうだ。
「その後、何故か俺を見て謝っていた。シャルは気付いてなかったけどね」
「ショックでそんな事には気付きませんよ」
「シャルは何とか笑顔を作って、『大丈夫だよ』って言ってたんだ」
「大丈夫なわけがありません!大好きな本を踏まれるなんて!」
「まぁ、あの本は個人的に気に入らないから、どーでもいいんだけど。シャルを悲しませるのは、許せない」
本は、どうでもいいんですね。
ルカリオ様はシャルロッテ様だけが、本当に大事なんだと分かりました。
何だか恋愛の闇の部分を見てしまった気がします。
その時、フワフワした綺麗な髪のご令嬢が、私達に近付いてきた。
「ルカ、お待たせ。やっと本が綺麗になりました」
「よかった、先にエレナ嬢と話していたよ」
私の所に二人で来る途中でエレーナ様に会ったのね。
ルカリオ様の話は、そこでの出来事だっらしい。
まだ情報が足りないので、彼女の持っている本を見て話しかけた。
「シャルロッテ様、その本【深淵の森に住む少女】ですね」
「はい、私はこの本が大好きなんです」
「ライオス王子、強くて優しくて素敵ですよね」
「エレナ様もそう思いますか? 私、ライオス王子に憧れているんです」
私も読んだ事のある本だった。
流れ星の加護を持つ村の少女ティアナと、第四王子ライオスの恋物語だ。
「ライオス王子は、本当にティアナの事が好きですよね」
「加護の力を利用しようとする人々から彼女を守り、加護の力よりも、ティアナの事だけを想うライオス王子!素敵です」
「彼に憧れる気持ち、分かりますわ」
「エレナ様!ありがとうございます。ルカリオに彼の素晴らしさを説明しても、全く理解してくれないんです」
「それは……大変ですね」
思わずルカリオ様を見てしまった。
彼は笑顔で話を聞いているけど、笑顔が固まっていますよ。
好きな子に、他の男性の良さを説明されるなんて、お気の毒に。
だからこの本が嫌いなんですね。
物語の中の人物で良かったじゃないですか。
とは、思っていても怖くて言えませんね。
「昔は、ライオス様みたいな王子様が迎えに来てくれると夢を見ていましたわ」
「子供の頃は、物語の中の登場人物になりたいと夢を見ますよね」
「最近廊下でよく会うとても美しいご令嬢がいるんです。この前そのご令嬢とルカの肩がぶつかってしまって、転んだ彼女をルカが助け起こしたんです。まるで物語のワンシーンのようでした」
「そう、ですか」
「今日もお会いしたのですが、また転んでしまったみたいで。でも、ルカは気付かずに通り過ぎてしまったの」
「まあ、そんな事もありますよね」
「だから、私が助けてあげないと、と思って手を差し出したのだけど、その時本を落としてしまって。運悪く彼女も本を踏んでしまいました」
「それは……災難でしたね」
「次に彼女が転んでいたら、もっと上手に彼女を助けてみせます」
ルカリオ様、頭を抱えてる場合じゃありません!
彼女はまだエレーナ様に関わる気ですよ!
シャルロッテ様は可愛らしい方だけど、悪意に疎くて危ういわね。
どこかの誰かが、悪意から守りすぎたせいでしょうけど。
ルカリオ様は、エレーナ様に絡まれても自分で対処できるでしょう。
問題は、シャルロッテ様が彼女に近付いて傷つけられてしまう事よね。
何かないかしら、物語のように王子様が助けに来てくれるとか……。
そうよ、運命の出会いね!
「シャルロッテ様、そのご令嬢も物語のような素敵な出会いを求めているのかもしれませんよ?」
「はっ!まさか廊下で転んだ所を素敵な王子様が助けてくれて、そこから恋が始まるのですか?!」
「そうですね、彼女はそういう夢を見ているのかもしれません。ですから、シャルロッテ様が助けてしまうと彼女は王子様に出会う機会を失ってしまいますね」
「それはいけません!わかりました、次からはそっと見守るだけにします」
「見かけたらすぐにその場を離れた方がいいと思います。恋する二人の邪魔をしてはいけませんから」
「そうですね、私が見ていたら物語が進まないかもしれませんね」
「はい」
何とか彼女を説得する事に成功した。
これで、シャルロッテ様がエレーナ様に関わる事はないだろう。
「エレナ嬢、話を聞いてくれてありがとう。助かったよ」
「ルカの話はもういいの?」
「相談事は今解決したから大丈夫だよ」
やはり問題だったのは、シャルロッテ様の事だけのようですね。
今までの私達の会話で、ダメージを受けても口を出さないでいてくれた、不憫なルカリオ様にご褒美です。
「シャルロッテ様は、素敵な王子様に出会えたのですね」
「ええ、ルカはとても優しくて素敵なのよ」
ーールカリオ様、よかったですね。
ーーエレナ嬢、本当にありがとう。
似たもの同士だから出来る目での意思疎通。
私とルカリオ様の間に、確かな友情が芽生えました。