29.【閑話】恋人契約書[サージス]
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【恋人契約】
一、エレナが、恋をして人を愛する事ができたら、この契約は破棄される。そして、この契約が破棄された時、エレナは恋人と婚約する。
二、サージスの想いがエレナから離れるまで、この契約は継続する。もしも想いが離れた時は、契約は白紙となり契約書は消滅する。
三、サージスが学園卒業後、この契約書が消滅していなければ、この契約は破棄される。
エレナ・クロニア
サージス・スワリエ
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エレナの側にいるために、彼女がそれで安心できるなら、どんな契約内容でも飲むつもりでいた。
必ず契約を守り、まずは信頼してもらおうと思っていた。
けれど、彼女から渡されたこの契約書を読んで、僕は初めて契約の破棄を望んだ。
ニヤける顔を抑えつつ、自室のベットに寝転がって契約書を眺める。
父から兄に代替わりしてから、家の仕事を手伝い、知より武に長けた兄に代わり様々な契約を結んできた。
そしてこれまで、その契約は一度も破棄されることなく順調に利益を出しているんだけど……。
「こんな契約初めてだ」
思わず呟いた。
この恋人契約は簡単に言えば、契約が破棄されれば彼女と婚約できるという内容だった。
そして、契約が白紙にならなければ、何もしなくても学園を卒業すると同時に彼女と婚約する事になる。
僕が彼女以外の人を見ることはないから、婚約が白紙になる事はない。
彼女も僕と恋人でいるうちは、他の人に恋する事はないだろうから、一行目の『恋をして人を愛する事ができたら』と『恋人と婚約する』の相手は僕だろうから確実に婚約できる。
エレナは恋をする事が、よく分からないと言った。
そして、人を愛するのが怖いとも……。
ならば、彼女の不安を取り除けるように 、彼女に恋してもらえるように、最善をつくそう。
卒業するまでに契約が破棄されるように。
でももし、卒業後に契約破棄された時は、生涯をかけて僕が彼女を愛していると証明しよう。
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「サージス、いるかぁ?」
乱暴なノックの音が自室に響いた。
契約書を専用の箱にしまい鍵をかけてから、ドアを開けて声の主と対面した。
「ディメオス、どうしたの?」
「そろそろ、予定を決めようと思ってな」
「何の?」
「長期休暇に来るんだろ?」
「あぁ、一緒に領地に帰る予定か。僕はいつ出発でも大丈夫だけど、とりあえず部屋に入って話そうか」
ディメオスを部屋に招き入れ、来客用のソファーを進めて、飲み物を用意した。
「寮の成績優秀者用の一人部屋か……。簡易キッチンまであるのか?!すごいな」
「そうなの?他の部屋に入った事ないから分からないや」
「俺の部屋は三人で使ってるが、ここより狭いぞ。来年はせめて二人部屋に入りたい」
この学園の寮は、二学年から成績で部屋が変わる。
一学年は全員二人部屋で、二学年からは学年末の成績で一人部屋から三人部屋に分かれる。
僕は去年まで外に出る事が多かったので、寮の門限が煩わしくて部屋を借りていたけれど、今年は学園内にいる方が都合がいいので入寮した。
「最近メリサ嬢と勉強頑張ってたよね、来週のテスト頑張れ」
「ありがとな、赤点を一つでも減らせるように頑張るよ」
ものすごく低い志だけど、今までの彼からしたら、だいぶ進歩していた。
「で?出発日はいつにする?」
「長期休暇に入って次の日だな。うちで四人乗りの馬車を用意してある。朝から走らせて昼の休憩を入れて、夕方には伯爵領に入るだろう」
「強行だね。女の子も居るんだから、間に二回小休憩を入れようか」
「それだと夜になるぞ?」
「大丈夫、馬に強化かけてあげるから」
「あぁ、サージスは魔術が使えるんだったか」
「探知と身体強化だけね。侯爵領では、そこそこ重宝する魔術かな」
「充分すごいだろ」
「ありがとう。属性魔術みたいな派手さはないけどね」
魔力を持つ人は魔術が使える。
そして、魔力量や質によって使える魔術が決まる。
僕は魔力量は多い方だけど、火、水、風、土、などの属性魔術は使えない。
探知は、魔物の発する瘴気と、自分の魔力を付与した物の位置を把握する事ができる。
かなり広範囲まで魔物を探知することができるので、魔の森で魔物の討伐が始まると、司令塔として最前線に放り込まれていた。
身体強化は、生きている物なら何にでもかけられる。
ただし、だいたい三十分で切れるので、長時間の戦闘時には強化をかけ直す必要があるので注意が必要だ。
ただ、自分に強化をかける時は、魔力が尽きるまで術を解かなければかけ続ける事ができる。
武に長けた兄上には敵わないけれど、ここ数年でようやく大切な人を守る力を手に入れる事ができた。
もう、あんな思いはしたくないから……。
その後、話し合い日程を決めた。
伯爵家に二日滞在してから、四人で男爵領に向かう事になった。
「俺とメリサは、クロニア男爵家で婚約破棄の件を謝罪して、次の日には伯爵領に戻るな」
「わかった。男爵領からの移動は侯爵家で手配するから大丈夫だよ」
「久しぶりに侯爵領に戻るのか?」
「兄上からの手紙が、月一から週一になったからね。そろそろ帰らないと」
「お互い学園に入学してから一度も家に帰って無かったからな」
最近兄上からの手紙が、お願いから懇願に変わり、そろそろ限界かなと思っていたので、ディメオスの帰省同行のお誘いはちょうど良かった。
それに、彼女と過ごす時間が増えるのはありがたい。
会えなかった分の距離を埋めるのに、二人でいる時間が必要だから。
「それじゃあ、またな」
「あぁ、また明日」
ディメオスを見送りドアを閉めて、またベットに寝転んだ。
エレナと恋人になった事は、まだディメオスには話さなかった。
彼女との婚約を解消してくれたのは、僕にとっては吉報だったけれど、やり方が悪かった。婚約破棄をして彼女の心を傷つけたのは、やはり許せない。
今後のためにも、もう少し反省していてもらわないとね。




