02. 私は、何もしていません
短編 『私は、何もしていません』
「知略・企画」参加作品を連載用に加筆修正したものです!
「エレナ! 君との婚約を破棄する! 」
ほとんど人が居ない教室に、無駄に響く声。
一年半ぶりに会った婚約者が、元気に婚約の破棄を宣言した。
私が学園に入学してから半年、一度も会わないと思ったら……。
これから起こるであろうゴタゴタに、私は頭を抱えた。
ここは王立ストアール学園。
この学園は "貴族平民、学園内では、みな平等"の理念のもと、現国王発案で設立された学園だ。
親が決めた子の望まぬ政略結婚を否定し、恋愛結婚を推奨している。
これは国王様が学生の頃に起こった、高位貴族達の連続婚約破棄騒動が原因だった。
国王様も王妃様も、大変苦労されたとか。
「学生時代は爵位を気にせず楽しく学べ!
本当に好きなら爵位は気にするな!
二人に愛がある事が証明されれば、婚姻を許可する!」
と、開校式の祝辞で国王様が宣言されたのは、有名な話です。
婚約制度はまだ残っているけど、国王様の宣言により婚約者を決めないで入学する生徒が急増しました。
真に愛する人を求めて!ーーはぁ、バカらしい。
現実逃避していると、婚約者が私を呼ぶ声が聞こえた。
「おい! エレナ! 聞いているのかい?」
「ディメオス、久しぶりね。バカになった?あ、元からか」
「なっ! なんて事を言うんだぃ」
「それに、喋り方が気持ち悪い」
「洗練された、と言ってくれるかな」
「きもちわるい、普通に喋ってくれる?」
「ゔっ……き、気にしないでくれたまえ、これが僕の普通だよ」
一年前は、こんな話し方じゃなかったのに。
都会の貴族風に話そうとして、失敗したのね。
あまりに酷いので、私も言葉が昔に戻ってしまった。
私達は、王都から遠く離れた辺境付近のオルケリア伯爵令息とクロニア男爵令嬢だ。
領地が隣り合っていて、親同士が仲良しで私達は幼馴染。あまり貴族らしくない二人だったけど、仲は良かった。
彼は私の一つ上で、去年十五歳になりこの学園に入学した。面倒ごとを避ける為に婚約しておいたのに、更に面倒になるとは思っていなかった。
私は言葉を学園用に戻して、話を進める。
「とりあえず婚約の破棄は了承しました。明日の朝、父に連絡して契約を破棄いたしましょう」
「本当か?!よかった」
満面の笑みで普通に話す元婚約者に呆れながら、彼の後ろに隠れている人に目を向ける。
「それで?契約破棄の原因は彼女ですか?」
「ん? あ、いや、違うぞ! エレナの不貞行為が原因だ! メリサ嬢が僕に教えてくれたんだよ」
他人から聞いた事実無根の情報を、ドヤ顔で言われても反応に困りますね。
「わ、私見たんです! ピンク髪のご令嬢が色んな殿方と腕を組んで歩いたり、木陰で、キッ……キスしている所を!」
メリサ様は顔を赤らめながら、私を睨みつけて言った。
「それ、本当に私でしたか?」
「ピンクの髪でした!それに顔も同じです」
「本当に、この髪色でしたか? 目の色は?」
「そこまでよく見てませんけど、あの顔は確かにあなたでした!」
「ベビーピンクの髪にグリーンの目、私の顔を見ると皆さん、まずそれを覚えていただけるくらい、特徴ある色なんですけどね」
この国の国花ピンクローズと同じ淡いピンクの髪色と、茎や葉と同じ濃いグリーンの目。
私が祖母から受け継いだ、現在この国で私だけの色の組み合わせ。豊穣の加護を持つ者の証。
加護持ちが生まれると魔術師が感知して、王家と加護持ちを守る一族に報告される。そして本人とその親、配偶者までにしか知らされる事はない。
国家機密なので加護の事は知らなくても、私を見てピンクローズが思い浮かぶ人は多い。
「でも、あれは絶対エレナさんでした!」
突然の名前呼びに驚きつつも、絶対と言い切る彼女に苦笑いしながら尋ねる。
「絶対、ね。 周囲の誰かに確認しましたか?
それとも話掛けて名前を尋ねたんですか? 私と貴方は初対面ですよ?
まさか、遠くから顔を見ただけで絶対なんて言ってませんよね?」
「でも……だって……おなじかお」
急に言葉がたどたどしくなり勢いがなくなった。私の質問に、自信がなくなったみたいだ。
「 疑いを持ったなら、まず周囲の人達に聞き込みをします。そして証言をもらいながら、更に詳しく調査して事実確認をしないといけません。
でなければ絶対なんて言えませんわ」
「そんな……」
「メリサ嬢はピンク髪のエレナを見たと言っている! キット間違いない!」
「あらあら、絶対からキットになってしまいましたね。いいでしょう、私の無実を証明してさしあげますわ」
そう言って、私は学園の裏庭の方へと歩き出した。
大人しく着いてくる二人の足音を聞きながら、私はお目当ての人物を探す。
今は放課後、多分彼女はここに居るはずだ。
しばらくして、私達は寄り添う男女を発見した。
「ダンテ様ぁ!お会いしたかったです」
「可愛いエレ、私もだよ」
そう言って、二人は見つめ合い抱きしめ合う。
私は少し離れた所でそれを確認して、後ろの二人に問いかけた。
「メリサ様が見たのは彼女じゃないですか?
エレーナ・アズロニア男爵令嬢ですね。
ストロベリーピンクの髪にピンクの目。顔立ちは私とよく似ていますが、性格は正反対の恋愛脳の持ち主ですわ」
「そう……ですね、多分彼女です。勘違いしてごめんなさい」
意外にもメリサ様は素直に自分の非を認めた。
思い込みは激しそうだけど、そんなに悪い子じゃないのかもしれない。
「すごく似ているな、名前も聞き間違えそうだ。お前双子だったか? それとも男爵の隠し子?」
「違います!彼女はアズロニア男爵令嬢だと言ってるじゃないの!我が家はクロニア男爵家です。ちゃんと話を聞きなさいよ!」
「でも、そっくりですよ? 血の繋がりはあるんじゃないんですか?」
メリサ様の問いに、私は大きく息を吐いた。
「はぁ……。確かに、調べてみたら遠い親戚だったわ。私の母方の祖母から更に数代遡った所に双子の姉妹が居たみたいね」
「何だ、最初から知っていたのか?」
私も、あまりに似ていてビックリした。クラスが違うので気付いたのはつい最近。彼女はあまり評判が良くなかったからすぐ調査していた。
私は崩れた言葉を元に戻して話す。
「いつも言ってるでしょ? 情報は力よ。
トラブルに巻き込まれるのは面倒ですから、疑問に思った事は、すぐ調査します。もちろん貴方達の事もね」
「え? 俺達の事も?」
「去年同じクラスで二人は仲を深めたのでしょう?
入学前には知っていたので、どうなってもいいように準備していました」
「そうなんですか? エレナさんは、私達の事怒ってないんですか?」
「もちろん怒りましたわ! 伯爵家から打診された婚約で、ディメオス様も当時は了承していたのに」
「す、すまない」
「本当に!恋愛脳だらけの学園内で、婚約者を探すのは大変なのよ!何て面倒な。
幼馴染の貴方が婚約者ならちょうど良かったし、私の気持ち分かってくれると思ってたのに」
「なっ、俺の事が好きなんじゃないのかよ?!」
「好きよ? 年上だけど頼りなくて弟みたい。
私一人娘だから、弟妹が欲しいなって思ってたのよ。
しかも単純バカで扱いやすいし。」
「なんか違う」
「良く考えて、本当に私が貴方に恋していたら、こんな簡単に破棄できなかったのよ、感謝して欲しいわ」
「エレナも、ちょいちょい話し方昔に戻るよな」
「しょーがないでしょ、幼馴染なんだから」
幼馴染、都合が良い言葉だ。
昔から知っているってだけで何でも許してもらえると思ってしまう。お互いにね。
それに隣の領地だから、できるだけ関係は良好なまま契約を解消した方がいい。
「まぁ、婚約は破棄じゃなくて、白紙になるんだけどね。そもそも、婚約の届けは両家で保管していたから、話し合いで解決するわ」
「え!?俺達正式に婚約してなかったのか?」
「あのねぇ、今この国では学園卒業まで恋愛による婚約しか認められてないの!私達は、政略による婚約みたいなものでしょう? それに、一度王家に届けを出したら婚約破棄は絶対に認められないって家庭教師に習ったでしょ」
「そうだっけ?」
「だから、両家内で婚約の書類だけ作成して契約したの。
ディメオス様が学園卒業までに何事もなければ、正式に婚約して、私が卒業と同時に結婚する予定だったわ」
契約の場には彼も居たはずなのに、何も理解していなかったらしい。
婚約破棄は絶対に認められないが、婚約を白紙にして穏便に解消するのは、お互いが望めば許される可能性がある。
だだ、どちらかが拒めば認められないので、仮に相手が浮気をしても、婚約は白紙にしたくないと拒まれると解消はできない。
だから私達は、家同士で婚約を約束する契約をして、何があっても自分達で処理できるようにしていた。
禁止されてはいないが、国の制度の抜け穴をついた契約だった。
「そーなんだ! 大事にならなくて良かった。慰謝料払わなきゃいけないのかと思った」
「だから、私有責で婚約を破棄しようと思ってたの?」
「メリサが、お前の不貞を目撃したって言うから、ちょうどいいかと……。あっ!ち、違う、違うから」
私の機嫌が悪くなった事に、ようやく気付いて慌てだした。
彼を睨みつけながら、少し強い口調で私は言った。
「婚約は白紙になりますが、契約したと言ったでしょう。
もちろん、契約破棄による慰謝料は頂きますわ。
男爵領から王都に向かう伯爵領の通行料を、無料にしていただきます」
「お金を払うんじゃないのか、良かった」
事の重大さを何も分かっていないディメオス様に呆れる。
通行料の無料化は、私と彼が結婚したら叶うはずだった。オルケリア伯爵家とクロニア男爵家が縁戚になるからだ。
通行料が無料になると、伯爵領の収入は大幅に減る事になる。それを補う為に、結婚したら伯爵家で私が新事業を行う予定だった。対等な政略結婚だ。
でも、この婚約契約を受けるのに、もしもの事を考えて、私が条件を付け足した。
伯爵子息有責で、この契約が破棄される場合、慰謝料として通行料が無料になる。
そして、私有責の場合は、男爵家の行なっている商売の権利を一部譲渡する事にした。
結婚しても破棄されても、男爵家の利益は変わらない契約だった。
何故って? 私が有責で破棄される事は、ありえないから。そんな面倒な事、私がするわけがない。
領地に帰った時ご両親に存分に怒られなさい!
と、思いつつも、兄妹のように育った幼馴染の今後が心配になった。
「男爵家に婿入り予定だった貴方が、私との婚約を白紙にして、これからどうするつもりだったの?
メリサ様は伯爵令嬢だけど、確かお兄様がいらっしゃったわよね?」
「え? 普通にうちの伯爵家継ぐけど? 俺長男だし」
もう変な話し方はやめたらしい。考えが単純で浅い彼に、幼馴染のよしみで忠告する。
「今のままでは無理よ。貴方が男爵家に婿入りする予定だったって事は、伯爵家は弟のリオル様が継ぐ予定なのよ。
今、領地で教育されているもの」
「え? それじゃあ俺は、どうすればいいんだ!?」
「ディメオス様が伯爵家を継ぐんじゃないんですか?!」
二人は私に問い詰めるように近付いて来て、同時に慌て出した。似たもの同士だ。何だかとってもお似合いな気がしてきた。
「落ち着きなさい。私は"今のままでは"と言ったのよ」
「俺は何をしたらいい?」
先に落ち着きを取り戻したディメオス様が、私に問いかけた。
「伯爵家を継ぎたかったら、まずは学園の成績を上げる事ね。せめて学年で十番以内に入れるように。
あとは、長期休暇は領地に帰り伯爵様に婚約の件を謝ってから、領地経営について教えを乞いなさい」
「十番以内って無理だよそんなの! 俺の今までの成績知ってて言ってるのか?」
「えぇ、もちろん知っているわよ。下から数えて……。
ごめんなさい、これ以上は、とても口にできないわ」
「上位者に名前がないのは知っていましたが、そんなに低いんですか?!」
メリサ様の動揺がすごい。
恋は盲目とは言いますが、ここまで周囲が見えなくなりますか。やはり恋なんて、するものじゃないですね。
「メリサ様は勉強はできるようですから、二人で成績を上げる為に頑張ればいいと思いますよ」
「私の成績も知っているんですね」
「エレナの成績はどうなんだ? 確か上位者に名前は載ってなかったよな?」
驚いた、各学年同じ場所に上位者は張り出されていたけど、まさか私の名前を確認しているとは思わなかった。
「私は知識に偏りがありますので、総合は三十二位でしたわ。良いものは満点ですが、興味がないものは平均点よりは上程度ね」
「なんだ、メリサの方が成績が良いじゃないか」
「自分に必要のない知識を、テストの為に無理やり詰め込むのは嫌いなの。面倒だから。追試にならなければいいわ」
「相変わらず面倒くさがりだな」
「そうね、貴方達としているこの会話も無駄で面倒よね。余計な事を言ったわ。もう婚約者じゃないのだから、ここまで心配する必要なかったわね」
そう言って、私が立ち去ろうとすると、メリサ様に止められた。
「ま……待ってください!もし、ディメオス様の成績が、あまり上がらなかったら?」
「リオル様の役に立つと判断されれば、子爵位なら貰えるんじゃないですか? 伯爵家の補佐として、役に立てると証明されればですが」
「そんな……」
「子爵位って何だ?」
ディメオス様の言葉に、何も言えず顔を机に伏せるメリサ様。何だか少し気の毒になってきた。
「伯爵様に見限られたら、男爵家の商会で雇ってあげるわよ」
そう言い残して、私はその場を後にした。
◆◇◆◇◆◇◆
一年前、友達のお姉様からディメオスの学園での噂を聞いて、私は調査をしていた。
その結果、彼の心変わりが分かった。
だから、私は学園に入学する前に計画を立てた。
彼が契約の事を思い出して、心を入れ替え私の所に戻って来るなら、それまでの事は何も言わずに許すつもりだった。
もし彼に本当に好きな人が出来て、その人と結ばれたいと相談されれば、慰謝料なく婚約を白紙に戻してもよかった。
ただ、冤罪で私有責の婚約破棄を望んだ時は、男爵家の為に、全ての情報を使って迎え討つと決めていた。
彼有責で婚約破棄を受ければ、契約も破棄になり婚約は白紙に戻され、伯爵領の通行料も無料になる。
男爵領にとっては、これが一番望ましい結果だった。
そう、計画は立てました。でもね。
私は、彼等に何もしていませんよ?
この結果を選んだのは彼です。
彼が勝手に勘違いして、婚約破棄を宣言して、自滅しただけですから。
私がした事は、自分を守る為に必要な情報を、調べていただけ。
結果的に、一番望ましい計画通りに事が進んで、全て我が男爵家の利益になりましたけどね。
私は、何もしていません。
連載版!
お読みいただき、ありがとうございました!
あちこち加筆修正しております。
短編は、そのまま連載に使えないと知りましたσ(^_^;)