11.魔術って不思議よね
私はストアール学園に通う為に、クロニア男爵家が王都に出店している高級菓子店、バレンスイートの二階にある部屋を借りていた。
もともと、男爵家の人が王都に視察に来た時に泊まれるように店舗の二階に作られた三部屋の内の一室だ。
学園の寮に入る事も考えたけど、防犯対策が取りにくいのと定期的にお店に行く手間を考えて、どうせならお店に住んでしまおう!という事になった。
店長のキャスリンが一緒に住んでいるので、とても楽しく暮らせている。
「お嬢ぉ、持ってきたよ」
部屋で本を読んでいると、突然窓が開いた。
そこからヒョッコリ顔を出したかと思ったら、軽い身のこなしで彼は部屋に入ってきた。
「ロイズ、何でいつも窓から入って来るのよ」
「そこに窓があるから?」
「今日は鍵がかかっていたはずよ」
「俺に鍵は関係ないだろ、魔術でチョチョイだ」
「魔術があれば、簡単に窓から侵入されてしまうのね」
「あ、防犯面は安心していいよ。外からは俺の魔術でしか、この窓開かないから」
彼の名前はロイズ、魔術師だ。
クロニア男爵領にある孤児院の出身で、今はうちの従業員兼連絡係。
ロイズは以前、侯爵領に住んでいた。
彼の両親も魔術師で、魔物との戦闘で命を落とし彼は孤児となってしまった。
親を亡くした子供達は、魔物や他国から攻められる危険がある侯爵領から、安全な男爵領の孤児院に来る。
男爵領は豊かなので、働き手はいくらあっても困らない。人材育成にも力を入れているので、孤児院の子供達は、能力に合った教育を施されて男爵領で有能な働き手になる。
そして本人が臨めば、十八歳の成人後また侯爵領に戻る事もできる。
これが侯爵家と男爵家の仲が良く、関係が深い理由の一つだった。
でも、侯爵がサージスの兄に代替わりして、ここ数年は孤児はパタリと侯爵領から来なくなった。とても良い事だ。
現スワリエ侯爵様は武にも知にも優れているらしい。
「あまり危ない事はしないでね」
「へーい、それよりこれタインスイートの新作!店長の自信作だ。食べてみてよ」
タインスイートも男爵家が出店している、最近オープンしたばかりの菓子店だ。
シンプルだけど美味しいお菓子を、お手頃価格で販売する平民向けのお店。
私はロイズから包みを受け取り、中に入っていたカップケーキを食べた。
「さすがサムね美味しいわ。素材の味を活かして甘味を出して、砂糖を抑えてコストを下げる。これなら安く売り出せるわね」
「こんなに甘いのに、砂糖抑えてるの分かるの?」
「わかるわよ。さつまいもの甘味が口に広がるもの」
「お嬢は試食のプロだな」
「あら、私だけの意見じゃだめよ。明日、クラスの友達に試食してもらうわ」
「お嬢が美味しいって言えば、大丈夫な気がするけどな」
「味覚は人それぞれよ。ちゃんと感想を集めないと」
万人に好まれる味を作るのは難しいけど、ターゲットを絞って、そこに合った商品を届けたい。
だから、高品質な高級店バレンスイートと低価格良品質なタインスイートを王都に出店した。
その品質を守る為にも、試食による情報収集はかかせない。
「情報集めるの本当に好きだな」
「好き嫌いじゃないの、必要なの」
「面倒じゃないのか?」
「不必要な事をやらなきゃいけないのは面倒だけど、必要な事をするのは楽しいわ」
「うちのお嬢は、面倒臭がりなのに、面倒見いいからな。人の面倒を見るのは必要な事なのか?」
「そうね、人と話すのは情報を集める基本よ。それを面倒だと思っていたら、情報なんて集まらないわ」
人の話を聞く事は大事よね。
全ての話を鵜呑みにはしない。
ただ、それは情報を集める手助けになる。その話が本当なのか、それを調べていくだけで様々な情報が手に入るのだ。
「なるほどな」
「まぁ、中には面倒な事もあるけど、他の人に間違えられて色々言われたり訂正するのは面倒よね」
「お嬢に激似のエレーナ嬢か、邪魔なら何とかしようか?」
「何もしなくていいわ。彼女に悪意はないみたいだから」
「そうなの?」
「周りが勝手に勘違いしてるだけなのよ」
今の所、エレーナ様から私に向けての悪意は感じない。
容姿と名前が似ているので、私達の事をよく知らない人達が勘違いをして私の所に来るだけだ。
逆に彼女が私に間違えられる事もあるだろう。
「お嬢は本当に人が良いよな」
「ただ、手紙の名前の書き方は直してほしいから、今度彼女に話に行くわ」
「そっか、気を付けてね」
そう言って、ロイズはまた窓から帰って行った。
見ると窓は閉まり鍵もかかっていた。
私は魔力がないから、どうやっているのか分からないけど、魔術って不思議よね。




