54.虎の爪
その後、シュバルツは王都にあるいくつかの書店を回って本を入手し、王宮に帰ろうとした。
しかし……その道中でふと強烈な気配を感じた。
「ッ……!」
自分に向けられた強い視線。そこに込められた敵意と殺気を感じ取り、シュバルツは麻袋に入れて左手に下げていた本を落とした。
剣の柄に手をかけて、ゆっくりと周囲を見回す。
「…………」
人気のない道である。
隠れて王宮に戻るにあたり、あえて大通りを避けて裏道を通ってきたのだが……どうやら、それが仇になったようだ。
「ただの物取りか強盗だったら見逃してやるから、さっさと消えろ。俺が誰だかわかって襲いにきているのなら……斬り捨ててやるから命を捨てる覚悟をするんだな」
淡々とした口調でシュバルツが言うと、前方の曲がり角から2人組みの人影が現れた。
2人は全身を灰色のローブで覆っており、頭にはフードをかぶっている。顔には覆面までつけており、徹底的に正体を隠そうとしていた。
フードに隠れた顔は見ることはできないが、一方は大柄でガッチリとした体格の男性。もう一方は女性か、あるいは小柄な男性のように見える。
「ヴァイス・ウッドロウ殿下で相違ないな?」
大柄な人物が野太い声で訊ねてきた。質問の形式を取ってはいるものの、その口調は断定的で迷いはない。
「『ヴァイス』ね……人違いだ。よく似ていると言われるけどな」
シュバルツは嘯きながら肩をすくめた。
揶揄うような口調ではあったが、それは紛れもない真実。しかし……大柄な男はローブの下から剣を取り出す。
「問答無用。お命、頂戴いたす!」
「フッ……違うって言ってるんだがな!」
男が地面を蹴り、上段から剣を振り下ろしてきた。シュバルツは軽く後方に跳んで敵の攻撃を躱す。
頭蓋を叩き割るような力強い一撃が地面にめり込んでひび割れを起こす。
鋭く、力強い一撃である。シュバルツは男がそれなりの実力者であることを理解した。
「へえ……わりと速い。生半可な雑魚ではなさそうだな」
「ムウンッ!」
感心するシュバルツ。
男が剣を振り回して追い打ちをかけてくるのを、バックステップで回避していく。
そして、わずかな隙を突いて腰の剣を一閃させる。
「フッ!」
「ぬうっ……!」
シュバルツの剣が相手の左腕を斬り裂いた。そのまま切断するつもりだったのだが、思いのほか固い感触に阻まれてしまう。
「む……手甲でも付けているのか?」
ローブに隠された腕に防具でも付けているのだろうか。まるで硬い岩盤を叩いたような感触である。
腕を斬られた男は警戒したように後退し、覆面ごしにシュバルツを睨みつけた。
「ヴァイス殿下は優れた魔法使いであると聞いていたが……剣の達人であったとは知らなかった。御見それいたした」
「……どこの回し者だ? どこぞの国に雇われた暗殺者か?」
「語り合う言葉は持ちませぬ。貴殿に私怨などありませぬが……我が主君がため、ここで死んでいただく!」
「ッ……!」
男が勢い良く突っ込んできた。防御を捨てた決死の特攻である。
その突進に刺し違えてでも自分を殺そうとしている覚悟を見て取り、シュバルツは警戒を強めて迎え撃つ。
「ヌガアッ!」
男が刺突を放ってきた。首筋めがけて真っすぐ向かってくる鋭い刃。
「ムッ……!」
シュバルツは紙一重で身体を傾け、相手の刺突を回避した。
そして、そのまま身体をクルリと回転させ、すれ違いざまに相手の胴体を薙ぎ払う。
「疾ッ!」
「グウッ!?」
男が苦悶のうめき声を上げる。
鎧でも着ているのか硬い感触にぶつかるが、回転による勢いが加えられた斬撃が男の身体を深々と斬り裂いた。
男の身体から出た鮮血が地面に散り、歪なまだら模様を作り出す。
「ムウッ……!」
「そのまま死んでおけ!」
シュバルツは出血に怯んだ男の懐に飛び込んだ。
男が苦しまぎれの反撃を放ってくるが、シュバルツはすぐさま相手の剣を弾き飛ばす。
そして、そのまま返す刀で相手の首を斬り落とそうとする。剣を失って丸腰になった相手にそれを防ぐ手段はない。
しかし……
「ッ……!」
シュバルツは攻撃を中断させ、身体をのけぞらせた。先ほどまで自分の頭部があった場所に尖った刃が通り抜けていく。
短剣を投げてきたのはもう1人のフード。それまで手出しをしてこなかった小柄な方の人物である。
大柄な男との一騎打ちかと思いきや、仲間の窮地を見て割って入ってきたようだ。
「グガアッ!」
「む……!」
シュバルツが小柄なフードに意識を割いた隙に、大柄の男が腕を振るってきた。
ギリギリのところで振るわれた腕を回避したものの、避けきれなかった上着がナイフで裂かれたように破られる。
「暗器……いや、爪で斬ったのか!?」
シュバルツは後方に跳んで距離を取りながらも、襲撃者の正体に気がついた。
「人間ではなく獣人だったか! 道理で丈夫なわけだ!」
「…………!」
正体を見破られた大柄な襲撃者がギリッと歯噛みをした。無言で覆面を外し、フードを上げる。
灰色のフードの下から現れたのは人の顔ではない。首から上にそのまま虎の頭部がくっついていた。
「……命が惜しければ、ヤシュ姫から手を引かれよ。貴殿があの御方に近づいても、誰も幸せになどなれぬ」
「何……?」
大柄な男……虎男は一方的に言い残して、道のわきにある兵を飛び越えて逃げていった。外見の通り、まさに虎のような機敏な動きである。
視線を巡らせると、いつの間にか小柄な方のフードの人物もまた姿を消していた。
「ヤシュに手を出すな……か。亜人連合からの刺客かな?」
シュバルツは爪で斬り裂かれた上着を見つめて、ポツリとつぶやく。
妃を送りつけてきたはずの亜人連合国が裏で動いているのか。それとも、国とは別の意図の下で行動している亜人がいるのか。
どちらにしても、混沌となった状況は望むところである。
「フンッ、上等だ。面白くなってきやがったじゃないか」
命を狙うのなら好きにすればいい。
良い女を手に入れるのは、いつだって命懸け。苦労すればするほどに、手中に収めた果実は甘く熟していくものである。
(亜人連合が何を考えているのかは知らんが……ヤシュ・ドラグーンは俺の女だ! 邪魔する者は生かしてはおかない!)
シュバルツは獣以上に凶暴な笑みを浮かべながら、ふつふつと野心と欲望をたぎらせるのであった。
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