52.余興の結果
「それでは、これより余興の順位を発表します」
後宮の管理人である女官長が朗々とした口調で宣告する。
万雷の拍手によって閉じられた夏至祭の余興。そこから待つこと10分。披露された余興の順位が発表された。
順位は妃全員による投票によって決められる。
上級妃も下級妃も差は付けず、あえて1人1票という形にして無記名で票が集計された。
投票の結果、今回の余興で1番になったのは……
「最優秀賞……琥珀妃アンバー・イヴリーズ妃」
女官長に名を呼ばれて、お付きの女官を連れたアンバーが壇上に上がってくる。
シュバルツはいつものように双子の弟の仮面をかぶり、和やかな口調でアンバーに声をかけた。
「見事な演目を披露していただき、ありがとうございます。おかげで夏至祭は大いに盛り上がりました」
「光栄でございますわ、殿下」
シュバルツの称賛に、アンバーがドレスの裾をつまんで頭を下げた。
正直、会場の雰囲気だけを見ればヤシュが披露した歌とダンスのほうが勝っていたように思える。
しかし、アンバーはこの数ヵ月で中級妃を中心として多くの支持者を募っており、歴史ある大国の姫という立場もあって、組織票によって1番の座を手に入れていた。
シュバルツとしてはあまり納得のいかない結果だったが……投票で順位をつけることを決めたのはシュバルツである。物言いなど付けられるわけがない。
「では、こちらは商品と記念品になります。どうぞお納めください」
景品として用意したのは宝石をあしらったネックレスであった。
ネックレスの中央には大粒のエメラルドを嵌められており、それをいくつかの小さな宝石が囲むようにしている。
豪勢ではあるが下品ではないデザインのアクセサリーは、父王グラオスから出してもらった予算によりシュバルツが選んだものだった。国宝には届かないものの、王太子が妃に送る品物としては十分な格のある逸品である。
「…………」
アンバーが頭を下げて、無言で首元を差し出してくる。
どうやら、首に付けて欲しいと言っているのだろう。特に断る理由もなく、シュバルツはアンバーの首元に前から腕を回してネックレスを装着させた。
「フフッ……」
「…………!」
その時、驚いたことにアンバーが嬉しそうに微笑んだ。
神聖帝国の姫である彼女ならばそれ以上の宝石などいくらでも持っているだろうに……まさか、シュバルツからの贈り物が嬉しかったとでも言うのだろうか?
(……いや、他の妃を抑えて頂点に立ったことが誇らしかったのか? 読めんな、この女の考えは)
アンバーは付き人の女官に記念品を渡されて、そのまま壇上から降りていった。
続いて2番目に票を獲得した者の発表である。
「優秀賞……紅玉妃シンラ・レン妃」
「ハッ!」
今度は東国の民族衣装に身を包んだシンラが壇上に上がってきた。
シュバルツにとって、これは本当に予想外の順位だった。
組織票などもあってアンバーが1位になったのはいいとして、てっきり2位こそはヤシュだと思っていたのだが。
(シンラは男装の麗人のようなところがあるし、女性人気が高いのかな。あるいは……ヤシュが亜人であることが足を引っ張ってしまったのか)
亜人・獣人を下に見る人間はどこの国にも一定割合存在している。
中には、彼らを家畜のように扱っている人間や、露骨に迫害する人間もいた。
ウッドロウ王国は現在、南の亜人連合国と友好関係を結んでいるものの、百年前には戦争をしている。
そのため、古い考えを持った人間には亜人を見下している人間も多いのだ。
「おめでとう。そして良い余興をありがとう」
「もったいない御言葉だ、我が殿よ」
シンラが商品として渡されたのは記念品と絹織物のストールである。
丁寧に織られたそれは宝石に比べるとやや地味に見えるものの、北方の国から仕入れたもので十分に高価な品だった。
「ああ、これから涼しくなるからちょうどいい。有り難く使わせていただこう」
シンラは首から肩にストールを巻いて、穏やかな笑みを浮かべた。
東国の民族衣装に北方のデザインのストールはアンバランスだったが、美貌の剣姫が着ると不思議と調和して見える。
シンラが壇上から下がっていき、3位の発表となった。
「準優秀賞……ヤシュ・ドラグーン妃」
「…………」
3位に選ばれたヤシュが壇上に上ってくる。
シュバルツの中では1等賞だったヤシュは、どうやら入賞ギリギリの3位にようやく食い込んだようだ。
客席から壇上を見上げている妃の中には、拍手をして祝福している者もいれば、表情を顰めて口元を扇で覆っている者もいる。
どうやら、シュバルツの予想は的中したらしい。亜人を忌み嫌っている層が足を引っ張り、順位を落としてしまったのだろう。
「ありがとう、素晴らしいダンスと歌だった」
「…………」
「『ヤシュ様がおっしゃいます、お目汚しになっていなければ幸いです』と」
「賞品は……ん?」
女官が持ってきた賞品を見て、シュバルツはわずかに眉を寄せる。
女官が運んできた品物は4位以下の余興に対する景品の1つとして用意したものだった。
間違えて持ってきたのか、それとも……
「おや、賞品を間違えていますよ? あちらの3位の景品を持ってきてもらえますか?」
「あ……その……」
賞品を運んできた女官は困ったような表情で言葉を濁す。
おそらく、彼女は誰かしらに命じられてわざと違う景品を持ってきたのだ。
亜人であるヤシュが3位に入賞していることに……もっと言えば、上級妃の1人になっていることを気に入らない人間がいるのだろう。
(不愉快だな……あの素晴らしい歌とダンスを目にして、それをこんな形で汚そうとする人間がいるなんてな。ひょっとしたら、俺が思っていた以上にこの国の貴族らの亜人差別は酷いのかもしれない)
平民階級ではそれほど他種族に対する蔑視はないのだが、貴族階級の人間には古い考えの人間が多いのだろう。
(俺が王になったら、生まれだけで人の価値を測るような貴族は残らず粛清してやるのにな。忌々しいことだ)
シュバルツは表情が歪むのを堪えながら、あくまでもヴァイスの穏やかな表情を装って口を開く。
「これは4位の賞品――『東国見聞録』の寄稿本ですよ。3位の賞品はあっちの……」
「ふあっ!」
「白磁器のティーセットで…………は?」
突如として挙がった鈴のように高い声音に、シュバルツは思わず弟の仮面が剥がれそうになってしまう。
振り返ると……蛇眼の瞳を大きく見開いたヤシュがこちらに身を乗り出していた。
「や、ヤシュ妃? ひょっとして今のは……」
「ヤシュ様がおっしゃいます! 私は何も言っていないと!」
羊角の女官が慌てた様子で声を上げる。
そんな姿から……先ほどの声が本当にヤシュのものだったと確信した。
(いや、さっきまで人前で歌っていたのだから今更だと思うのだが……亜人連合の掟はどうなってるんだ?)
「そ、そうですか。気のせいだったようです。失礼いたしました」
「…………」
ヤシュは無言。それはいつもと変わらないのだが……彼女の金色の瞳は、シュバルツの手の中にある4位の景品に釘付けになっていた。
「ええっと……もしかして……」
こっちの賞品のほうが良いということだろうか?
ヤシュはコクコクと頷いて、物欲しそうな表情になっている。
「……では、こちらの賞品をどうぞ」
「ッ……!」
ヤシュは包みに入った本を受け取り、両腕で抱きしめるようにして……ピョンッと飛び跳ねる。
ヴェールに隠された顔は目元しか見えないものの、予想外に大きな反応である。この数ヵ月間でもっとも大きなリアクションにシュバルツのほうが戸惑ってしまう。
ヤシュは今にでも包みを破って本を開きたい、そんなソワソワとした様子で頭を下げ、足早に壇上から降りていった。
(ひょっとして……攻略の糸口、掴んだんじゃないか?)
シュバルツはウキウキと階段を下りていくヤシュを見つめ、小さく嘆息する。
かくして、小さな騒動と小さな成果を出した夏至祭は幕を下ろした。
主催として夏至祭を成功させたことにより、『ヴァイス』は宮廷内でさらに評価を上げることになる。さらに、閉塞していた翡翠妃――ヤシュ・ドラグーン攻略のきっかけをつかんだのであった。




