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51.余興 翡翠編


 三人の上級妃の余興が終わり、いよいよ最後のトリとなった。


 順番を追い抜かれ、本人の意思とは無関係に最後を飾ることになったのは亜人連合国出身の『翡翠妃』――ヤシュ・ドラグーンである。


 ヤシュはゆっくりとした足取りで、いつもの山羊角を生やした獣人女性の女官を連れて舞台に上がった。


「…………」


 褐色肌、緑の髪の妃が舞台の中央に立つ。女官は少し離れた舞台の端のほうで片膝をついている。

 そんな二人の姿を、シュバルツは戦々恐々とした心境で見守った。


(夏至祭のイベントはヤシュ妃の余興でラスト。上手くいってくれるといいのだが……)


 シュバルツの懸念はイベントの主催者としてのものだけではない。ヤシュ本人を慮ってのものである。

 この3ヶ月の交流により、シュバルツはヤシュが思いの外にまともな性格であることを理解していた。

 普通に相手を気遣うことができるし、普通に思いやりがあるし、普通におとなしくて落ち着いている。


 国の掟として直接会話ができないという点を置いておけば、四人の上級妃の中で一番人間ができているかもかもしれない。亜人である彼女に『人間としてまとも』だなんて皮肉な話ではあるのだが。


(ここでヤシュ妃の余興が失敗したら、自分のせいで祭りが台無しになってしまったと、責任を感じてしまうかもしれないな……)


 そもそも、余興の順番はくじ引きで決めたのだ。

 トリを押しつけられた形のヤシュに必要以上の責任を押しつけてしまうのは、シュバルツとしても望むところではない。


(いや……考えようによっては、それもアリなのか? 落ち込んだヤシュを慰めて距離を縮めることができるかもしれないし、お詫びという形で接触する口実になる……?)


 シュバルツはそんな打算を巡らせつつ……「いやいや」と首を振った。

 善意で順番変更を受け入れてくれたヤシュの失敗を望むのは良くない。ここは主催者として、素直に余興の成功を祈るとしよう。


「ヤシュ様が披露されるのは、我が国に伝わる伝統のダンスでございます。どうぞご照覧くださいませ」


 山羊角の女官が言いながら、奇妙な形状の楽器らしきものを取り出した。弦が張られたそれを左腕で抱えて持ち、右手で撫でるように弦を弾く。

 エキゾチックでどこか官能的な音色を奏でるその楽器は、ウッドロウ王国では見かけない西方の楽器だった。


(あの楽器は確か……『カーヌーン』といったか? 少し前に、色街で西方の旅芸人が演奏しているのを見たことがあるな)


 女官が慣れた手つきでカーヌーンの演奏を始めると……ヤシュがダンスを始めた。

 ヤシュの身体を覆っているのは、扇情的なデザインの踊り子の衣装。両手に紫色のヴェールを手にしている。

 ヤシュは両手でヴェールを生き物のように動かしながら、舞台を蹴って宙に舞い踊る。


「…………!」


 先ほどシンラが披露した剣舞ほど激しい踊りではない。

 だが……異国の音色に合わせてヴェールを揺らすヤシュの姿は、目を奪われずにはいられないほど美しい。


「~~~~~~~~~~」


 そして、突如としてヤシュの口から奇妙な旋律の音色が漏れてきた。高く、鳥が鳴いているよな軽やかな発声である。

 これまで通訳を介して会話をしていた彼女が、はじめて人前で声を発していた。


(人前でしゃべることはできないのに、歌だったらいいのか? いや、そんなことよりも……!)


 ヤシュが紡いでいるのは人間の声ではない。

 鳥のような、いや……まるで竜や天馬といった幻獣の鳴き声のような現実離れした音色である。

 少なくとも、シュバルツはこれまでの人生でこんなにも澄んだ声を発する女性と会ったことはない。


『耳で恋をする』というのはこういうことを言うのだろうか?

 シュバルツは……否、この場にいる全員がヤシュの奏でる歌唱に聞き入り、魔性に魂を奪われたように惚けた表情になっている。

 アンバーが披露した奇跡への興奮も冷めやらぬというのに、妃も女官もそろってヤシュの踊りと歌唱に溜息を吐いていた。


「~~~~~~~~~~」


「……見事だ。感服したよ」


 シュバルツは心からの称賛を口にする。

 この芸は誰にも披露できない。ダンスはともかくとして、この幻想的な音色は人間の喉と口で奏でることは不可能だ。

 百歩譲って……アンバーの神聖術は魔法によって模倣することができるかもしれない。奇跡のように見せかけたトリックの可能性もある。


 だが……これは誰にも真似できまい。

 ヤシュ・ドラグーン以外の誰にも不可能な芸当だった。


(どうやら……順番を変えたのはアンバーにとって好手(ファインプレー)だったようだな。このダンスと歌の後に披露したんじゃ、どんな余興だって霞んじまうだろう)


 まさかこの展開を予想していたわけではないだろうが……アンバーが順番を横入りしたのは、彼女にとって救いだったようである。


「~~~~~~~~~~」


 幻想的な音色が会場を支配し、ダンスに合わせて手足のアクセサリーがシャランシャランと音を鳴らす。


 そんな時間がどれほど続いただろうか?

 いつの間にか女官が奏でる楽器の音が消えており、ヤシュも踊りを止めていた。

 空気が凍り付いたような時間が1分近くも続き……やがてそれは今日一番の拍手喝采となって爆発したのである。



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マンガBANGでコミカライズ連載中
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