49.余興 紅玉編
「さて、それでは次は私の剣を披露させてもらうとしよう」
上級妃の1人であるクレスタが沈んで最悪の空気になった中で、平然とした顔つきで立ち上がったのはシンラ・レン。紅玉妃の名を賜った美貌の女剣士である。
「私が披露する演目は『剣の舞』だ。剣術はともかく舞は不得手なので目を汚してしまわないといいのだが」
などと謙遜の言葉を口にしながら舞台上に上がったシンラはいつもとは異なり、白粉や口紅で化粧をしている。
身に着けている服も大胆なデザインの真紅の衣装。普段のシンラであれば決して着ることがないであろう肌の露出が多い服は、腹部は剥き出しになってヘソが覗いており、深いスリットからは白い太腿がチラチラと見え隠れしていた。
「ゴクッ……」
いつもと雰囲気が異なるシンラの姿に、シュバルツが思わず唾を飲んでしまう。
シンラとはすでに何度か肌を重ねており、もはやその身体に知らない部分はない。全身にいくつホクロがあるのかすらも把握している。
にもかかわらず……こうして趣の違う衣装を着た姿を披露されると、どうしても目が惹きつけられて離せなくなってしまう。
「フフッ……」
「ッ……!」
舞台上のシンラがふとシュバルツのほうを見て、得意げに口端を吊り上げた。
そんな愉しげな笑みを見て、シュバルツはシンラの狙いを悟った。
(コイツ……最初から俺を挑発するつもりであんな格好をしやがったな!?)
ここ2週間、シュバルツは夏至祭の準備にかかりきりになっており、ろくにシンラと合う時間が取れていなかった。
商人として祭りの運営を手伝ってくれたクレスタとは打ち合わせなどでよく話していたのだが……どうやら、シンラなりにヤキモチのようなものを妬いてしまったようである。
(シンラのことをないがしろにしているつもりはないんだがな……まさか剣術一辺倒だったアイツが、一丁前に嫉妬するようになったとは)
後宮に来たばかりのシンラであれば、シュバルツが誰と何をしたところで軽く受け流して興味を示さなかった。
しかし、シュバルツとの決闘で敗北して己の中に巣食う『修羅』を克服したことがきっかけとなり、人並みの恋愛感情が芽生えている。
惚れた男がよその女に構っているのを妬いたり、意趣返しに意地悪をしてしまうのもそんな感情の発露なのだろう。
(やれやれ……女らしくなっているのは良い傾向には違いないのだろうが。あまり誘われると参るな。我慢が利かなくなっちまう)
こんなにも露骨に挑発されたら、周りの目もはばからずに押し倒したくなるではないか。
シュバルツはチリチリと背筋を焼くような雄の衝動を堪えて、周囲に異常を悟られないように温厚な『ヴァイス・ウッドロウ』の仮面をかぶり直す。
「それでは参らん……御照覧あれ!」
楽団が演奏をはじめ、シンラが音に合わせて刀を振るいながら舞を踊る。
雲の上を跳ねるような軽やかなステップを踏み、銀色の弧を描いて刀が空中に軌跡を残していく。衣装に付けられた鈴がシャランシャランと涼しげな音を鳴らし、あでやかな衣装がフワリとシンラの動きを追いかける。
刀を振り乱すその踊りは危なっかしくもあり、同時に目をひきつけてやまないもの。息のを呑むような迫力と、溜息が出るような洗練さが見事に同居していた。
先ほどまで扇情的な衣装に動揺させられていたシュバルツも、他の妃や女官らも、そろってシンラの踊りに見入ってしまっている。
その踊りは時間にして10分にも満たないものだったが……見るもの全てが時間を忘れてしまい、気がつけば音楽が鳴り止んでいた。
「これにて終演。お目汚しを許されよ」
シンラが片足で立ち、刀を振り上げたポーズでラストを飾る。
しばしの沈黙を置いて……破裂したような拍手喝采が会場を包み込んだのである。




