48.余興 水晶編
会場に設置された舞台では、妃や女官が次々と余興の芸を披露していく。
ある者は詩歌を読み上げ、ある者は楽器を演奏して、ある者は舞を踊り、ある者は即興の演劇をして……妃と女官による余興は思った以上に見応えがあり、2週間という短い準備期間で仕上げたとは思えないものだった。
妃らの多芸ぶりにシュバルツは驚かされたが……別に不自然なことではない。
そもそも、後宮に上がる女性らは王族の目に留まりやすいように何らかの芸や特技を持っていることは当然のこと。
これまで披露する機会に恵まれなかっただけで、彼女達はいずれも『ヴァイス・ウッドロウ』の妻となるべく努力してきたのだから。
平民出身の下級妃はほぼ数合わせで正妃になろうなどと考えている者はいないが、貴族階級出身の中級妃の中には、あわよくば上級妃を押しのけて正妃になることを望んでいる者もいた。
彼女らは実家で教養と芸能を厳しく仕込まれており、夏至祭という舞台をチャンスとして必死に余興に取り組んでいたのだ。
(どうやら……俺は彼女達の覚悟を甘く見ていたようだな。女の覚悟ほど侮れないものはないっていうのに)
シュバルツは妃らの奮闘ぶりに感嘆して頭を掻いた。
シュバルツが5年の歳月を過ごした色街でも、娼婦が成り上がるために必死に芸を磨いていたが……どうやら、上を目指して女を磨いているのは後宮の妃も同じだったようである。
あるいは、上級妃らが全員余興に参加することになったのも、そんな中級妃らの覚悟を見抜いていたからかもしれない。
(これまで上級妃ばかりに構っていたが……今後は中級妃らにも向き合う必要があるかもしれないな。覚悟を決めた女を侮っていると、後で手痛い目に遭っちまう)
シュバルツは余興を楽しみつつ、中級妃らの何人かの名前と顔をしっかりと記憶しておく。
狙ってやったことではないが、今回のことで中級妃らを篩にかけることができた。積極的に余興に参加した妃は『ヴァイス』の目に留まって正妃を目指している者、参加しなかった妃はそうでない者である。
上級妃らの手前、あまり中級妃に目をかけるわけにはいかないが……目標のために努力している女をないがしろにはできない。シュバルツは何らかの形で彼女らに報いることを心に誓った。
余興が進んでいき、やがて上級妃らの順番が回ってきた。
最初に舞台上に上がってきたのは水晶妃――クレスタ・ローゼンハイドである。
「ウチの演目は……これや!」
何を思ったのか、クレスタが突如としてドレスを脱ぎ捨てた。
上級妃である彼女の暴走に他の妃らが思わず顔を両手で覆うが……ドレスの下から現れたのは不思議な民族衣装である。
それなりに分厚い衣装をどうやって重ね着していたのだろうか。クロハが着ている東国の衣装に良く似ているが、彼女が着ているものよりもシックな色合いをしており、着崩されていないため肌もキッチリを隠れていた。
「それは……『キモノ』と呼ばれる服ですよね?」
「さすがは旦那さん、よく知ってるなあ。いかにもこれは東方の島国であるジパングの民族衣装――キモノや!」
「つまり……そちらの民族衣装のお披露目が演目という事ですか?」
シュバルツが弟の仮面をかぶって丁寧な口調で尋ねた。
確かに極東の島国であるジパングは、錬王朝よりもさらに東にある島国で、その文化は多くの人間にとって未開領域である。
その民族衣装は珍しいものなのかもしれないが……衣装のお披露目だけというのも、イベントの余興としては物足りないものである。
「心配せんでもええよ。ウチがやりたいことはこれからや」
民族衣装に身を包んだクレスタがパチリと指を鳴らした。
すると、水晶宮で働いている女官が舞台上に上がってきて何やら用意を始めている。
舞台の中央に置かれたのは正方形のクッション。さらに舞台の端に紙製の幕のようなものが設置された。幕に描かれているのは太い墨で書かれた異国の文字である。
「それじゃあ……極東の国ジパングから仕入れたばかりの新鮮な伝統芸能を見せたるわ! 演目は『ラクーゴ』の名作――『シュークリーム怖い』!」
クレスタが正方形のクッションの上に正座で座り、キモノの懐から畳んだ扇を取り出した。
いったい、何をするつもりかと怪訝な表情になる大勢の視線を浴びて……得意げな表情で口を開く。
「昔々のお話です。とあるところで若者数人が顔を合わせて、お互いの『怖いもの』について話をしていた……」
クレスタは独特のイントネーションで独り語りをはじめた。不思議な格好、不思議な形式で言葉を重ねていく。
どうやら、何かの物語の読み聞かせをしているらしい。時には1人で複数の人物を演じて、ツラツラと物語を進めていく。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
シュバルツも妃らも、その場にいる大多数の人間がキョトンとした顔つきになりながらも、声を発することなくクレスタの語りに聞き入った。
時間にして5分ほどだろうか。淀みのない口調で紡がれていた物語もクライマックスにさしかかり、クレスタの声にも興奮が混じってくる。
「そして、最後に男は言いました……『ここらで一杯、濃い紅茶が怖い』ってな!」
クレスタがパシリと扇で掌を叩く。
どうやら、物語が終わったらしい。クレスタはクッションに正座したまま、丁寧な仕草で頭を下げる。
「お後がよろしいようで。これにておしまい」
「…………」
「…………」
「…………あ、終わったのか?」
長い沈黙が空間を支配して……シュバルツがポツリとつぶやいた。
不思議な異国の物語の読み聞かせにあっけにとられていたが……どうやら、いつの間にか演目が終了していたようである。
「ええっと……」
「お、終わりよね……?」
困惑した表情になっていた妃らも顔を見合わせ、思い出したようにパチパチと手を合わせる。
100人以上の人間が集っている夏至祭の会場に乾いた拍手がちらほらと上がった。
「す、すべった!? 何でこんなにすべったみたいな感じになってるんや!?」
クレスタが座ったまま身体をのけぞらせる。
『すべったみたい』ではなく、完全にすべっていた。
同情のように聞こえてくる小さな拍手の音に、クレスタがクッションの上で崩れ落ちる。
「ぜ、絶対にウケると思ったのに……何でこんな冷めた空気になってしまったんや? ウチの何が悪かったん?」
「悪かったといいますか……申し訳ありません。ちょっと意味がわからなかったんですけど……結局、主人公はシュークリームが嫌いだったんですか、それとも好きだったんですか?」
「そこからわかってなかったん!? 全然、伝わってへんやんっ!」
「主人公の男はシュークリームが怖かったんですよね? なんで最後にだけ紅茶が怖くなってしまったんですか?」
「オチもわかってへん! ダメやこれ!」
舞台下から投げかけられたシュバルツの疑問を受けて、クレスタが愕然とした顔になって扇を放り投げた。
満を持して異国の伝統芸能を披露したクレスタであったが……残念ながら、この場にいる者達にはそれを理解できる下地がなかったようである。
どんな素晴らしい文化であったとしても、それを許容できるだけの知識や教養がなければ意味がない。
大多数の人間が物語の流れも、オチの意味も理解できずに戸惑っていた。
「ああ、なるほど。これが噂に聞くジパングの『マンダーン』というやつなのか?」
などと感心したように頷いたのは、比較的、ジパングと距離の近い錬王朝出身のシンラである。
「うむ、珍しいものを見せてもらったな。なかなかに貴重な文化を体験させてもらった」
「……『マンダーン』じゃなくて『ラクーゴ』やし。感心するくらいなら笑って欲しいんやけど」
見当違いな部分から賞賛をもらい、クレスタはガックリと肩を落とした。
どうやら、歴戦の商人であるクレスタも芸の道には疎かったようだ。意外な弱点が発見された瞬間である。




