46.攻略の手がかり
「何というか……手応えがあるんだか、ないんだか」
翡翠宮での面会を終えて、シュバルツは王宮にある自室へと戻ってきていた。
翡翠妃であるヤシュ・ドラグーンと何度目かになる茶会であったが……まるで進展している様子が見られなかった。
面会を断られたことはない。嫌がるようなそぶりもない。
自惚れでなければ嫌われているわけではないと思うのだが……だからといって、好感を持たれているとも思えなかった。
(このままだと、無駄に時間を消費するばかりだな。どうにかして攻略のためのとっかかりを掴まなくてはなるまい)
あまり時間をかけてしまうと、ヴァイスが戻ってきてしまう恐れがあった。
すでに水晶妃と紅玉妃の2人を堕としていたが……まだ折り返し地点である。父王や貴族がヴァイスの味方である以上、いまだ優位に立ったとは言い難い。
(ヴァイスが戻って来る前に、残る2人の上級妃を手に入れておきたい。そうでなければ俺が王になる目は消えてしまう)
悶々と考え込みながら、シュバルツはベッドの上でゴロリと寝返りを打った。
シュバルツの視界の中に部屋の壁と、そこに貼られている1枚の紙が飛び込んでくる。
「ん……?」
壁に掛けられた紙を何とはなしに見つめると……それは暦が書かれた紙。つまりはカレンダーのようなものである。
「……5年前のじゃねえか。ずっと掛けっぱなしだったのか?」
シュバルツは溜息混じりにつぶやいた。
どうやら、出奔する前に貼っておいたカレンダーがそのまま掛けっぱなしになっていたようだ。
「む……」
そのまま放っておいても構わないのだが……こういうものは1度気にすると、頭から離れないものである。
シュバルツはやれやれとばかりにベッドから起き上がり、鋲で貼られたカレンダーをむしり取った。
「……もうじき夏になるのか。どうりで暑くなってきたわけだ」
古いカレンダーを眺めながら何気なくつぶやく。
ヴァイスが行方不明となり、シュバルツが後宮に戻ってきたのが春の初めの頃合いである。もうじき、季節が1つ過ぎ去ることになる。
(たった3ヵ月のはずなんだが……随分と長くに感じられたな)
「ん? 春が終わるということは……じきに夏至祭があるのか?」
シュバルツはふとカレンダーに書かれた節季の1つに目を留めた。
『夏至』とはもっとも昼の時間が長くなる日であり、多くの国で特別な日として扱われることが多い。
ウッドロウ王国でも例外ではなく、『夏至祭』として宮廷でちょっとしたパーティーが開かれることになっていた。
(とはいえ……後宮にいる妃はパーティーには出られないんだよな。まだ正妃も側妃も決まっていないし)
後宮にいる妃は外出を制限されており、正式な『王妃』が決定するまでは外に出ることはできない。
男性との接触を禁じて余計なトラブルを防止するための処置だったが……やはり『籠の鳥』扱いは哀れに感じてしまう。
「そうだ……後宮でも『夏至祭』を開いたらいいんじゃないか?」
シュバルツはふと思いついたことを口に出す。
それはほんの気まぐれのような思いつきだったが……それほど悪くないアイデアに思われた。
何らかのイベントを催せば妃らの気分転換になるし……祭りやパーティーというのは良くも悪くも、人の心に波紋を生じさせるものだ。
高揚による油断、あるいは逆に人前に出ることになる緊張から、普段とは異なる行動に出てしまう可能性がある。
(上手くすれば、まだ攻略できていない翡翠妃と琥珀妃を堕とすきっかけを掴めるかもしれないな。どうせこのまま定期的に茶会を開くだけじゃジリ貧だ。時間を無駄にするよりも、揺さぶりを仕掛けてみるのも悪くはないか)
「さっそく、明日にでも親父に提案をしてみるか。夏至までもう時間はないが……拒否されることはあるまい」
妃を宥め、機嫌を取りたいのはグラオス王も同じである。
後宮でイベントを開くという提案に反対する理由はないはず。
(ただ料理を振る舞うだけでは普段の茶会と変わらないな。いっそのこと、妃の方から何か催しをしてもらおうか? 中級妃や下級妃も集めて、できるだけ盛大に開いたほうが効果は高いかもしれないな)
シュバルツはベッドに仰向けに寝転がりながら、頭の中で計算を巡らせた。
シュバルツ……『ヴァイス・ウッドロウ』の主導によって開催される初めてのイベント──後宮での『夏至祭』が開かれたのはそれから2週間後のことである。




