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40.修羅と夜叉(下)


 街道から少し外れた平原にて、シュバルツとシンラが真っ向から相対した。

 シュバルツは変装のために着ていた鎧を脱ぎ捨てて身軽な格好になっており、武器を剣に持ち替えている。

 対するシンラは片手に抜き身の刀をさげて、構えをとることなく自然体で立っていた。


「決闘の方式は『剣魔決闘』にて行う。我が国における伝統的な決闘法だが、ルールはわかっているな?」


 シンラが準備ができたのを見計らい、シュバルツが口を開く。


「無論だ。しかし……魔法を使うことが許された戦いでは、私が圧倒的に有利だぞ? 貴殿が望むのであれば剣だけで戦っても構わないが?」


「いらん気遣いだ。手加減をしてもらって勝っても意味がない。演技であえぐ女なんて興ざめじゃねえか」


「フフッ……その喩えはわからないが、ますます気に入った。殺してやりたくなるほどに」


 シンラが凄絶なほど美しい笑みを浮かべて、ゆらりと刀の切っ先を揺らす。


「それでは……さっそく始めよう。そろそろ我慢の限界だ」


「いいぜ。かかってこいよ、シンラ・レン!」


「ああ、我が剣を魂に刻んで往生するがいい! シュバルツ・ウッドロウ!」


「ッ……!」


 シンラが地面を蹴った。

 決闘開始の合図などない。迷うことなく、正面からシュバルツの懐に斬り込んできた。


「グッ……!」


 横凪ぎにふるわれた刀をシュバルツが剣で受け止めた。

 女性の細腕から放たれたとは思えないような鋭く、重い斬撃である。


「さすが……!」


 このまま力で受けようとすれば、剣の方が耐えきれずに折れてしまうだろう。

 シュバルツはシンラの力に逆らうことなく、あえて横に跳ぶことで衝撃を軽減させる。


「逃がさぬ!」


 回避したシュバルツを逃がさぬよう、シンラはさらに追撃してくる。


「破ッ!」


 だが……シュバルツもただではやられない。繰り出された刺突に横から剣をぶつけて相殺する。


「疾ッ!」


「ムッ……!」


 シュバルツはそのままの勢いで横蹴りを放つ。

 胴体に鋭い蹴りを受けたシンラは、たまらず地面を転がった。


「見事! だが……!」


「ああ! これで終わりじゃねえよな!」


 地面を転がったシンラがすぐさま体勢を立て直し、地面を滑るようにして足を刈ろうとする。

 シュバルツは跳躍によって足首を切り落とさんとする斬撃を避け、そのまま頭上から剣を振り下ろす。

 限界まで姿勢を低くしたシンラの頭上。深紅の髪を一束斬り落として剣が通り抜けていく。


「覇アアアアアアアアアアアッ!」


「アハハハハハハハハハハハッ!」


 シュバルツが斬る。

 シンラが斬る。


 2人の剣が、刀が無数の斬撃を生み出して交差する。

 乱れ撃ちのぶつけ合いを制したのは……シュバルツだった。


「クフウッ!」


 押し負けたシンラがたまらず後方へ退く。

 切り裂かれた服の破片が宙に舞い、紅潮した肌が大胆に露出する。

 頬についた裂傷から血の滴が流れ落ちた。


「楽しい……なんて愉快なんだ! シュバルツ・ウッドロウ……私は貴殿が愛おしい! 恋しくて焦がれて、殺したくて仕方がない!」


「そうかよ。そんなに熱く口説かれたのは初めてだ」


「貴殿にならば全てを解放しても良さそうだ! ここから全力で往かせてもらうぞ!」


 シンラの身体から膨大な魔力が放出された。

 天を衝くような魔力の奔流にあおられて髪が舞い上がり、生き物のようにうねっている。


「私は生まれ持った魔力量こそ多かったが、魔法を扱うセンスはなくてね? 2種類しか魔法を修得できなかったんだ。まずは……『身体強化』!」


「ッ……!」


 シンラの身体が消える。

 シュバルツが直感的に剣をかざすと、そこに振り抜かれた刀が衝突した。

 恐るべきスピードである。とてもではないが、目で追うこともできない。


「そしてもう1つ……これはおまけだ。横に飛べ!」


 シンラが叫んだ。

 瞬間、シュバルツの背筋にぞわりと悪寒が走る。

 咄嗟に身体を翻して回避した瞬間、振り抜かれたシンラの刀から空を切る斬撃が放たれた。

 先ほどまでシュバルツがいた空間を不可視の刃が通り抜け、地面に大きな裂傷を生じさせる。


「これは……!」


「我が国に伝わる魔法剣術。その名を『孔雀風天』!」


 シンラが握りしめた刀には逆巻く風がまとわりついていた。剣に纏わせた風を斬撃として放つことで、離れて場所にいる敵を攻撃する魔法のようだ。

『風』を操る魔法使いは珍しくもない。シュバルツもこれまで何度か戦ったことがある。しかし……これほどまで鋭く、高威力の風魔法を目にしたのは初めてのことだった。


「目にも止まらぬ速さで動く身体強化。恐ろしく強力な風の刃。なるほど……厄介極まりないな」


「私が扱うことができる魔法はこれだけだが……この2つを見て、生きている人間はいない! この私を調伏するつもりならば超えてみるがいい!」


 再びシンラの姿が消える。魔力によって身体能力を強化させたのだ。

 赤い残像だけを残してシンラがシュバルツの周囲を縦横無尽に走り回る。目にも留まらぬ速さで走りながら、四方八方からシュバルツを切りつけてきた。


「チッ……!」


 シュバルツは舌打ちをしつつ、シンラの攻めを迎え撃つ。

 速すぎる攻撃を目で追いかけようとすれば、かえってその軌跡を見失ってしまう。

 シュバルツは長年の戦闘で培った直感だけを頼りにして、シンラの攻撃を捌いていく。


 シンラの斬撃は一撃でもまともに喰らえば、骨を断たれるほどの破壊力があった。それを紙一重で受け流し、綱渡りのように危なっかしい回避をする。

 わずかでも集中が途切れれば、その瞬間に命ごと勝負を持っていかれることだろう。


(堪らぬ連続攻撃だな……! それだけでも厄介だというのに、わずかな隙を衝こうとすれば……コレだ!)


 シンラの攻撃を捌きながらも、反撃に転じようとした瞬間、風の刃が襲ってくる。

 慌てて飛び退いて危機を脱したかと思えば、またしても超高速、縦横無尽の連続攻撃を浴びてしまう。


 完全な詰み。

 シュバルツは自分の首筋に死神の冷たい鎌が当てられているのを感じた。


(人生で最大級の窮地。いや……いっそのこと、死地というべきか! コレを乗り越えるとなると、命の1つや2つ賭けなくては足りないか……!)


「やはり女を口説くのは大変だな! いい女ほど手に入れ難いのだからイヤになる!」


 シュバルツは命がけのギャンブルにでる覚悟を決めた。

 シンラの連続攻撃をかいくぐり、反撃の一撃を撃とうとする。


「孔雀風天!」


 途端、シンラが距離をとって風の斬撃を放ってきた。

 地面に生えた草木を切り裂いて、真空の刃がシュバルツめがけて迫ってくる。


「…………!」


 本来であれば、先ほどのように飛び退いて回避するのが正解だろう。

 だが……シュバルツはそれを選ばなかった。あえてかわすことなく、風の刃に真っ向から立ち向かう。


(金属であろうと風であろうと、それが『刃』であることには変わりない。ならば……)


「受け止め、断ち切る!」


 シュバルツは両手で握った剣で風の刃を受け止めた。


「グッ……!」


 押しつぶそうとしてくる刃を必死に堪える。

 全身全霊。体中の力を振り絞って、ギロチンのような風の刃を斬り裂いた。


()アアアアアアアアアアアアアアッ!」


「おおっ!?」


 シンラが驚愕の声をあげた。

 シュバルツの剣が風の刃を圧し斬り、左右に両断したのである。

 魔法の斬撃を力ずくで割るなど、あまりにも荒唐無稽な力業だった。

 シュバルツの剣が砕け散って柄だけになってしまうが、それと引き替えにして風の刃を打ち破る。


「何という力強い剣! 美しい、素晴らしい! 心の底から驚嘆した!」


 狂喜に染まったシンラの瞳から、ポロポロと涙の粒がこぼれ落ちた。

 かつてない強敵との戦い。これまで感じたことのない感情の昂ぶりが飽和して瞳から流れ出たのである。


「認めよう! 剣の腕だけならば、貴殿は私を遙かに超越している! だけど……」


 シンラはわずかに悲しそうに声のトーンを落とした。

 シュバルツの剣は砕け散っており、持ち手の部分しか残っていない。

 勝敗は決した。この愉快極まりない戦いが終わってしまう。


 シンラは正面から、まっすぐにシュバルツに突っ込んだ。

 剣を失ったシュバルツにできることはない。正面から飛び込んで、その身体を両断しようとする。


「せめて良い思い出となれ! 貴殿の死に様を消えぬ記憶としてこの魂に刻んでくれ!」


「ッ……!」


 まっすぐに、まるで恋人の胸に飛び込むようにしてシンラが斬り込んでくる。

 その光景が、シュバルツの目にはスローモーションのように映し出された。


(これで戦いも終わりか……)


 シンラのように狂い笑うようなことはしないが……シュバルツもまた、命がけのやりとりの中に『楽しさ』を見出していた。


(自分は戦闘狂などではないと思っていたが……笑えるな。クロハが言っていたとおり、俺はシンラと同類らしい)


「ヤアアアアアアアアアアッ!」


 最上段に刀を掲げて、シンラが斬りかかってくる。

 鈍く光る刃。振り乱される深紅の髪を静かに見据えて……シュバルツは小さくつぶやいた。


「『雷切』」


 瞬間──柄だけになったシュバルツの剣から、バチバチと音を鳴らして紫電が放出される。


「なっ……!」


「斬ッ!」


 シンラが驚きに硬直したのは一瞬。そのわずかな間隙を縫って、シュバルツは横凪ぎに剣を振るった。

 2人の身体が交錯する。2本の刃が交わって通り抜ける。


「っ……!」


 倒れたのは…………シンラの方だった。

 雷の剣を胴体に受けたことで、全身の筋肉が麻痺してしまう。


「か、あ……」


「はあ……はあ……」


 バタリと倒れたシンラを背後にして、シュバルツが大きく肩を上下させた。

 顔を真っ青に染めて、額から脂汗を流して、地面に倒れ伏したシンラを振り返る。


「『魔力無しの失格王子』……なんて呼ばれていたが、本当に魔力が無いわけじゃあないんだぜ?」


 そもそも、魔力がない生き物などいない。

 犬や猫、鼠、一寸ほどしかない虫にだって魔力は存在する。

 シュバルツは平民の半分ほどしか魔力を持っていなかったが……決して零ではなかったのだ。


「グッ……」


 シンラに遅れて、シュバルツが地面に倒れる。

 シュバルツが魔法を発動させたのは1秒にも満たない時間。そのわずかな魔法の発動だけで、全身の魔力をことごとく消費してしまった。


「全く……嫌になるぜ。こんなちっぽけな魔法で燃え尽きちまうとはな……」


 魔力欠乏症。

 肉体に宿る魔力の大部分を消費したことによって意識障害と衰弱がもたらされる。場合によってはこのまま命を落とすこともある危険な症状だった。


「本当に……苦労するよな……女を、口説くのも……」


 まったく、1人の女を口説き落とすために何度死にかければいいのだろうか。


 シュバルツは身体を襲う激しい脱力感に抗うことができず、意識を手放すのであった。



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マンガBANGでコミカライズ連載中
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