38.盗賊討伐(下)
シュバルツは松明の明かりを頼りに坑道の中を進んでいった。
幸い、坑道内部は分かれ道なども多くはない。おまけに途中の壁には所々に刃物で斬りつけたような痕が残っており、道標になっている。
(シンラだろうな。帰り道で迷わないようにするためか、それとも後から来る俺達のために足跡を残してくれたのか……どちらにしても有り難いことだ)
しばらく坑道を進んでいくと開けた広い空間に出た。かつてこの山で銀が採掘されていた際に、掘り進めて広げられたスペースである。
「ギャアアアアアアアアアアアアッ!」
「ッ……!」
行動の内部に断末魔の悲鳴が響き渡る。
十数メートルほどの広さがあるその空間であったが……まさに修羅場と化していた。
「ハアッ!」
開けた坑道の中央でシンラが剣を振るい、舞踏しているようなステップで身体を躍らせていた。
シンラの身体が翻るたび、反りの入った剣で斬られた盗賊の身体から鮮血が飛ぶ。
行動の内部には20人以上の人間がいた。大部分が盗賊らしき粗野な格好の男で、その半数が血を流して地面に倒れている。
「クソッ! その化け物を止めろ! さっさとぶち殺せ!」
「そんなこと言ったって……ギャアアアアアアアアッ!?」
盗賊がシンラを取り囲んで攻撃しようとするも、素早く動き回るシンラには当たらない。華麗なステップで回避してカウンターの斬撃を敵に浴びせる。
「シンラ……じゃなくて、シーラだけ? ザップはどこに……?」
「バルトさん! あっち、あっち!」
シュバルツに続いてやってきたメリッサが鎧の胴部分を引っ張る。
メリッサが指差す方向に目を向けると、坑道の一部に背中を預けたザップが倒れていた。
「ザップ!」
「う……」
シュバルツが近寄って容態を確認すると、ザップの肩と脚には弓矢が刺さっていた。おそらく、盗賊から待ち伏せにあって矢を撃ち込まれたのだろう。
怪我人がザップだけでシンラが無事なのは、たまたま弓矢が当たらなかったのか、それとも華麗に回避したのか。
「イーギン、治療を頼みます」
「承知した!」
神官であるイーギンがザップの治療を始めた。
メリッサがそんな2人を守るように弓を構えて、シュバルツがさらに前に出て盾となって立ちふさがる。
「盗賊は10人と聞いていたが……思ったよりも、多いようだ」
拓けた坑山の中にいる盗賊は、倒れているものを含めて20人ほど。事前に聞いていた人数の倍ほどである。
驚きはしない。調査していた情報と現場が異なっていることなど、義賊や暗殺者として活動していて幾度となく経験してきたことだ。
驚かなくてはいけないことは……もっと他にあった。
「フフフフフ、ハハハハハハハッ!」
シュバルツの視線の先……周囲を盗賊に囲まれながら戦っているシンラが笑っていたのだ。
楽しくて仕方がないとばかりに、敵を斬ることができるのが嬉しくて仕方がないとばかりに。
真っ赤な髪を振り乱して、凄絶なほど美しい笑みを浮かべて剣で敵を斬っている。
「まさに剣魔……なるほど、それが君の本性なのか」
鮮血を浴びて笑っているシンラの姿を見て、シュバルツはかえって納得したような気持ちになった。
シンラ・レン
錬王朝の姫である彼女は、心の裡に魔物を飼っているようだ。
途中の馬車の中で、シンラが『人助け』をしきりに口にしていたのも、そうやって道徳心や正義感を必要以上に表に出すことにより、心の裡に潜んだ魔物が出てくるのを抑えていたのだろう。
目の前で血を浴びて笑っているシンラこそが、本当の姿なのだ。
(冒険者として、君と接触しておいて正解だった。こんな怪物が隠れていることを知らずに真っ向から口説いていたら、カマキリのように喰われていたかもしれないからな)
シュバルツはザップの治療を邪魔させないように槍で敵を牽制しつつ、そんなことを思った。
「クハハハハハハハ、アハハハハハハハハッ!」
「ぐ……がああああああああああっ!?」
そうしているうちに、戦いは終わった。
残っていた盗賊は残らずシンラに斬り伏せられて、廃坑の内部は血の海の惨状へと姿を変える。
「…………」
戦いを終えて、シンラの笑い声が止まった。
先ほどまで笑いながら剣を振っていた女剣士であったが、血の海の真ん中に不気味なほど静かに立っている。
「え、えっと……シーラさん? 怪我はないかしら……?」
アリッサがどこか怯えた表情のまま、シンラに近づいて声をかけようとした。
場を和ませようと引きつった笑顔でシンラの肩を叩こうとしたアリッサであったが……弾かれたような勢いでシンラが振り返る。
「へ……?」
「フッ!」
シンラの右手がうなり、アリッサの首めがけて刀が振るわれた。
無防備な少女の細い首へと、鈍く輝く金属の刃が迫ってきて……
「はい、そこまでだ」
「ッ……!」
シュバルツが振るった槍が斬撃を逸らし、アリッサの命を救う。
シンラの血走った眼がシュバルツに向けられるが、慌てることなく静かに声をかける。
「落ち着け。もう戦闘は終わっている」
「…………」
「盗賊は全員、死んだようだ。俺達の勝利だな」
「…………そうか」
飢えた獣のように血走っていた瞳に理性の色が戻ってくる。
シンラは軽く右手を振って剣についた血を払い、アリッサに向けて頭を下げた。
「……すまない。敵と間違えて斬るところだった。許して欲しい」
「へ……えっと……ええっ!? 私って斬られるところだったの!?」
あまりの急展開に思考が追いつかなかったのだろう。
アリッサが慌てたようにその場から飛び退き、斬り落とされそうになった首を何度も手でさする。
「……すまない。本当に」
怯えたようなアリッサの姿に、シンラがわずかに目を伏せてもう1度謝罪の言葉を告げた。
どことなく落ち込んだ様子のシンラに、アリッサがブンブンと両手を振る。
「別にいいわよ! こんなに大勢の敵と戦っていたんだもの。過敏に反応するのも無理はないわ! 私の方こそ、突然声をかけちゃってごめんなさい!」
「…………」
慰めの言葉をかけるアリッサから視線を逸らして、シンラは無言で刀を鞘に収めた。
2人の会話が終わったタイミングを見計らい、シュバルツが口を開く。
「さて、これで盗賊は全員倒したようですが……念のため、坑道を少し探索しておきましょう」
ひょっとしたら、討ち漏らした敵が残っているかもしれない。あるいは、盗賊が奪ってきた財物が保管されている可能性もある。
「坑道の奥を見てきますから、ここで待っていてください」
「……私も行こう」
坑道の奥に進むシュバルツの後に続いて、シンラが追いかけてくる。
怪我をしたザップ、イーギンとアリッサを残して、2人が松明を片手に暗い坑道を奥へ奥へと進んでいく。
しばらく進んでいくと、そこには坑道をふさぐように柵が設置されていた。柵の向こうには木箱や袋が乱雑に詰まれて置かれている。
そして……ボロボロの服をまとった女性が5人ほど倒れていた。
「これは……!」
「チッ……どうやら、ここには盗賊の仕事の成果が保管されているようですね」
シンラが息を呑み、シュバルツが舌打ちをしながら表情を歪める。
盗んできた物。奪ってきた物。そして……攫ってきた女性をここにまとめて保管しているのだろう。
近隣の村から連れてこられたのだろうか。監禁された女性の目からは光が消えており、やってきたシュバルツらに虚ろな目を向けるばかりで反応を示さない。
考えるまでもなく理解できる。ここにいる女性達は盗賊に凌辱されたのだ。
「チッ……!」
シュバルツは先ほどよりも大きな舌打ちをして、槍を叩きつけて木製の柵を破壊したのであった。
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