37.盗賊討伐(上)
シュバルツを含めた5人の冒険者は、盗賊の隠れ家を目指して森を進んでいく。
盗賊団が潜伏している場所はギルドから教えられている。暗い森を何時間も進んでいき、目的地にたどり着いたのは夕刻が近づいてのことである。
「さて……あれが盗賊が隠れているという鉱山の跡地ですね」
目的の場所を遠くに見据えて、シュバルツが声を潜めてつぶやいた。
シュバルツの視線の先には岩盤のような山がそびえ立っており、大きな洞が魔物の口のように開いている。
洞窟の前には開けた空間があり、そこには木製の建物がいくつも並んでいた。建物はどれほど昔に建てられたものなのだろう。いずれも朽ち果てており、人が使っている様子はなさそうである。
かつて、この場所には銀の鉱脈があり、多くの労働者が集って銀鉱を掘り出していたそうだ。
50年ほど前に掘り尽くされた鉱脈が枯れたことによって廃棄され、かつて労働者が暮らしていた建物もすっかりくたびれて廃墟になっている。
かつては人が行き来していたであろう道もすっかり木々に埋もれてしまい、森の一部となっていた。
1ヵ月ほど前から盗賊はこの廃坑に住み着いているらしく、この場所を拠点にして近隣の村や街道を襲っているとのことである。
「入口は1ヵ所。見張りが2人程いるようですが……さて、どうしましょうか?」
木の陰に隠れて様子を窺いながら、シュバルツは同行している仲間に訊ねた。
「どうするって……突入して皆殺しにすればいいだろうが。簡単なことじゃねえか」
ザップがふふんと鼻を鳴らしながら言う。
直情的すぎる意見だったが……その隣でイーギンが首肯して同意する。
「すでに夕刻になっておる。外に出ていた盗賊も戻ってきていることだろう。このまま突入しても問題はないであろう」
森を進んでいるうちに日が暮れており、すでに森には西日が差している。1時間もしないうちに完全に日が沈んで夜になることだろう。
「どうせなら、このまま夜まで待たない? 盗賊が寝静まっているうちに奇襲を仕掛けたほうが有利だと思うんだけど」
茜色に染まっていく空を見上げながら、アリッサが控えめに手を上げて主張する。
「盗賊は10人以上いるのよね? 相手の方が人数が多いみたいだし、少しでもこちらが有利になる状況を選んだ方がいいんじゃない?」
「なるほど、一理ありますね」
アリッサの提案にシュバルツは頷いた。
「アリッサさんの意見に私も賛成です。鉱山の中は敵に地の利がありますし、数時間くらいなら別に待っても問題ないでしょう」
「必要ねえだろ。所詮は盗賊だろ? 待つことなんてねえよ」
「うーむ……深夜まで待つとなると、こちらも長丁場になってしまうぞ? 無駄に体力を消耗するだけではないか?」
ザップとイーギンがこのまま攻め込むことを主張した。
対して、シュバルツとアリッサは深夜まで待って奇襲することを主張。
「…………」
シュバルツがさりげなく試験官であるバードンの顔を窺うと、スキンヘッドの冒険者は目を逸らして素知らぬ顔をしている。
試験官は関与しない。あくまでも、シュバルツらに自分で決めるように言っているのだろう。
「今のところは2対2ですが……シーラさんはどうですか?」
シュバルツがこの場にいる最後の人間──シンラへと目を向けた。
腕を組んで廃坑を睨みつけていた赤髪の美女は、シュバルツを振り返ってハッキリと宣言する。
「このまま征こう。悪逆非道の輩とはいえ、寝込みを襲うような卑劣な真似はしたくはない」
いかにも高潔な剣士らしい主張だが……冒険者としては、あまり感心できない発言である。
冒険者が相手にするのは魔物や犯罪者である。そんな相手に対して『誇り』や『騎士道』を重んじる意味はない。
とはいえ……ここでこれ以上、揉めるのも時間の無駄である。
「突入3、奇襲2、多数決でこのまま廃坑に突入するということで、構わないでしょうか?」
「まあ……仕方がないよね。みんなの意見に合わせるわよ」
アリッサに訊ねると、渋々といったふうに肩をすくめた。
「とはいえ……見張りは私の弓で倒させてよね。いくら何でも、相手に仲間を呼ばせることもないでしょう?」
「ま……いいだろう。2人くらいそっちにくれてやるよ。だけど、見張りは2人いるぜ? 片方を殺ってももう片方が仲間を呼ぶだろうが……どうするつもりだよ」
「どうって……両方いっぺんに倒せばいいんじゃない?」
アリッサは何を思ったか、2本の矢を同時に弓につがえる。
そのままゆっくりと弦を引いて狙いを定め……
「えいっ!」
小さな気合の声と共に放たれた2本の矢が放物線を描いて飛んでいき、廃坑の前で見張りをしていた2人の盗賊にそれぞれ突き刺さる。
首を貫かれた盗賊は悲鳴を上げることもなく倒れた。
「はい、お終い……ってどうしたの?」
「……や、やるじゃねえか。見直したぜ」
ザップが引きつった表情で称賛する。
昇格試験を受けるだけあって、アリッサもまた優れた武術の持ち主だったようだ。
本人に気負った様子はないが……2本の矢を狙い通りに命中させる力量は、あきらかに達人の域に達していた。
「大したものじゃないか。君とも戦ってみたくなってしまったよ」
シンラもまた彼女なりの賛辞を口にして、アリッサの肩を叩いた。
「ここから先は私達の仕事だ。一番槍は任せてくれて構わない」
これから戦地に赴くというのに……シンラは見惚れるような美しい笑みを浮かべて、廃坑に向けて足を踏み出した。
「それでは…………参る!」
シンラが地面を蹴り、まっすぐに廃坑の入口に向けて駆けていく。
迷いのない足取り。廃坑内部にはまだ10人近くも敵が潜んでいるだろうに、少しも恐れる様子のない駆け足だった。
「お、おい! 待ちやがれ!」
走り出したシンラの後ろをザップが慌てて追いすがる。
手柄を横取りされるわけにはいかない。激しい功名心と向上意欲からシンラの背中を追いかけた。
「手柄を独り占めとかさせねーぞ! 上級ランクに昇格するのは俺だ!」
「手柄などくれてやろう。だが……敵陣に真っ先に斬り込む一番槍の栄誉は渡すことができぬよ!」
「ざけんな! 女は引っ込んでやがれ!」
シンラとザップが競うようにして廃坑の中へ飛び込んでいく。
そんな2人の背中を、シュバルツとアリッサ、イーギンはその場に残されて呆然と見送ることになった。
「……ザップ殿だけではなく、シーラ殿も随分と堪え性がないのだな。拙僧らを置いて行ってしまった」
「えっと……私達、戦いに参加しないと不合格になっちゃうよね? 追いかけたほうがいいのかな?」
イーギンとアリッサが途方に暮れたようにつぶやく。
そんな2人の仲間に、シュバルツはゆっくりと首を振った。
「もちろん、追いかけますけど……別に急ぐ必要はありませんよ。盗賊の討伐は彼らに譲ってしまって構いません」
「でも……敵を倒さないと昇格試験が……」
「試験の合否が敵を倒した数で決まるとは限らない……そうですよね、試験官殿?」
シュバルツが背後で様子を見ているバードンに訊ねると、試験官である男は苦笑しながらスキンヘッドの頭部を叩く。
「さあな。俺はあくまでも試験官だ。受験者が上のランクに昇るのがふさわしいかどうかを判断して、上に報告するだけだぜ」
とぼけた表情で回答をぼかすバードンであったが……シュバルツはそんな気の抜けた顔を見て、自分の予想が正しいことを悟った。
上級ランクの冒険者となれば、他の冒険者の見本になる必要がある
多くの敵を倒すというのも評価の対象になるだろうが……強さだけを審査基準にするのであれば、わざわざ臨時のパーティーを組ませて同じ依頼に挑ませる必要はない。強い魔物を狩ってこさせれば済むことだ。
この試験において重要なのは、受験者がパーティーにおける自分の役割を果たすことができるかどうか。前衛であれば前衛の、後衛であれば後衛の役割を適切にこなすことができるかどうかである。
(神官で治癒魔法が使えるイーギンの出番はまだ来ていないが……アリッサは射手として奇襲の役割を果たしているし、森の中では斥候役も果たしてくれた。上級冒険者の資格は十分にあるだろうな)
対して、突出して前に出てパーティーの輪を乱しているシンラとザップのほうが上級冒険者としてふさわしくないように思える。
アタッカーとしての役割を果たしていると言えばそうなのかもしれないが、周囲に敵が潜んでいるかもしれない状況で後衛を放り出して自分達だけで敵陣に向かうなど、明らかな愚挙である。
「とはいえ……放っておくわけにはいきませんね。私達も追いかけるとしましょうか」
シュバルツはアリッサとイーギンに向き直り、静かな口調で告げる。
「私が前に出て進みますから、2人は後をついてきてください。後方への警戒をよろしくお願いします」
「わかったわ」
「承知した」
シュバルツを先頭にして、残る3人も廃坑へと足を踏み入れる。
この臨時パーティーにおけるシュバルツの役割。
それは暴走しがちな2人を陰ながらサポートして、後衛2人の盾になって守ることなのだろう。
(消去法とはいえ……損な役割を引き受けちまったようだ。俺だって、前に出て斬り込む方が得意なんだけどな)
兜の下で苦笑しつつ、シュバルツは2匹の『暴れ馬』の足跡を追って、坑道を進んでいくのであった。
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