36.戦う動機
王都を出た冒険者一行は、街道にそって東に向かっていく。
盗賊団が潜んでいる森までは馬車で1日ほどかかるらしい。途中で野営をすることも踏まえて、食料なども十分に持っていく。
「いっそのこと、ここで盗賊が襲ってきてくれれば楽なんだがな」
街道を進む馬車に揺られながら、シュバルツがポツリとつぶやいた。
馬車はギルドが雇った御者が操作しており、その中には6人の人間がいる。
『バルト』を名乗っているシュバルツと『シーラ』を名乗っているシンラ。双剣を使う戦士であるザップ、狩人のアリッサ、神官のイーギンという3人の昇級試験の受験者。そして、試験官として同行しているBランク冒険者のバードンの6人である。
6人中少なくとも2人が偽名を使っており、身分を偽っているという稀有な面子であったが……彼らは同じ馬車に揺られて、同じ目的地を目指していた。
「…………」
「…………」
「…………」
馬車に揺られる彼らに会話はない。
眠ったように目を閉じていたり、黙々と武器の手入れをしていたり、退屈な時間を思い思いに過ごしていた。
「えっと……」
アリッサだけが困ったようにメンバーを順繰りに見やっている。
どうやら、沈黙に耐えかねて話しかけたいようなのだが……重々しい沈黙にどう切り出せばいいのかわからず、困り果てているのだろう。
(やれやれ……仕方がないな)
「ところで……皆さんはどうして冒険者になったのですか?」
困った様子のアリッサを見かねて、シュバルツが会話を切り出した。
沈黙が破れて鎧を着たシュバルツに視線が集まる。
「……何でそんなことを初対面の相手に話さなくちゃいけないんだよ」
どこか不貞腐れたような口調でザップが言う。
「タダの世間話ですよ。短い間かもしれませんが、行動を一緒にするのです。このまま延々と口を閉ざしているのも退屈ではありませんか」
「チッ……」
ザップが舌打ちをするが、それ以上は抗弁してこない。
どうやら、気まずいと思っていたのはザップも同様だったらしい。
そんな様子を見て、アリッサがホッとしたような表情になって手を上げる。
「あ! 私はね、父親が狩人で動物や魔物を狩る方法を教わってきたの!」
真っ先に話し出したアリッサに他の面々からの視線が集まった。
「父親と一緒に狩りをして、故郷の村で生きてきたんだけど……父が亡くなってから、村長の息子がしつこく絡んでくるようになってさ。『俺の女にならないと村にいられなくするぞ』とか脅されちゃったから、『だったら、自分から出てってやるわよ!』って村を飛び出してきちゃったの」
「それはまた……大変なことがあったのですな」
明るい口調で語られた重いエピソードに、イーギンが軽く表情をひきつらせた。
ザップも、無言で刀を抱いて座っていたシンラでさえも同情したような表情になっている。
「別にー。田舎の村から都会に出てきて、好きなように生きられるんだからよかったと思ってるけど? あんな何もない村で一生を終えるとか、それこそカンベンだよー」
「さ、さようであるか。強いのですな」
「イーギンさんは天使教の神官なんだよね? どうして冒険者になってるの?」
「拙僧は巡礼の最中である。冒険者として活動しているのは、修行と路銀稼ぎのためであるな」
イーギンがとってつけたような奇妙な口調で語りだす。
「ご存知かは知らぬが……天使教は7人の大天使を信仰の対象として崇めており、天使と敵対する悪魔が生み出した魔物の討伐を教義として定めている。魔物を倒しながら旅をする『巡礼』が信仰にかなう修行であり、天の国に近づくために必要なことなのである」
「でもさ、それなら冒険者にならなくてもよくない? 魔物を倒すだけでいいんでしょ?」
「……神官とて、霞を食って生きてはいけぬ。巡礼を続けるためには飯を食う金もいるし、宿賃や路銀もいるのだ」
冒険者になれば、魔物を倒すことで天使教の教義をつらぬことができ、さらに金まで手に入る。そのため、巡礼中の聖職者が冒険者を兼業することはよくあることだった。
「結局、金目当てってことだろ。冒険者だったら皆そうだろうが」
「ザップ君?」
会話に入ってきたザップに、メリッサが首を傾げた。
メリッサとザップはどちらも十代後半ほどの年齢だったが、メリッサのほうがやや年上に見える。
『君』付けの名称にわずかに顔を顰めながら、ザップがどうでもよさそうな口調で言葉を重ねていく。
「冒険者ってのは一攫千金。身分に関わらず、実力で大金を手に入れることができる夢の職業だ。俺達みたいな平民が貴族と同じような贅沢な生活をしたいと思ったら、他に出来ることなんてねえだろうが」
「ザップ殿……贅が心を満たしてくれるのは一瞬のこと。それが全てではありませぬぞ」
「ハッ! 神官が説法かよ!」
イーギンの苦言に、ザップが忌々しげに鼻を鳴らす。
「神官だって貴族みたいな生活を送ってるじゃねえか! 『拝金教徒』が知ったようなことを言ってるんじゃねえよ!」
「ムウ……」
小馬鹿にするような口調にイーギンが顔を顰めるが、言い返すことはしない。
ここで喧嘩などしようものなら後の戦いに響くだろう。
さらに……ザップの口にした中傷はある意味では的を射ている。
神官にはイーギンのように信仰のために汗水たらして戦っている者もいれば、信者からの寄付を集めて贅の限りを尽くしている者もいるのだ。
ろくに働くこともなく濡れ手に粟で贅沢をしている神官のことを思えば、ザップの言葉を否定することもできなかった。
再び悪くなってしまった馬車の空気に、シュバルツが咳払いをして口を開く。
「まあ……冒険者が金を稼ぎやすい仕事なのは事実ですね。その代わりに危険も付きまとうでしょうが」
「そういうお前はどうなんだよ。バルトとか言ったか?」
「私ですか? 私は……自由になるためでしょうか?」
シュバルツは少しだけ考えて、そんなことを口にする。
それは『夜啼鳥』に関わる以前、冒険者として生計を立てていた時期に抱いていた考えだった。
「家柄や生まれに関わることなく、自由に生きることができるのは冒険者の特権です。何物にも縛られることなく自由に生きるために冒険者になったのですが……」
だが……そんな願いは叶わなかった。
5年前に王宮を出奔して冒険者となったシュバルツであったが……冒険者として名を上げることで、かえって貴族らの目に留まってしまったのだ。
冒険者が受ける依頼の中には貴族が出したものも含まれている。珍しい魔物の肉や毛皮といった素材の入手、領地に現れた魔物の討伐といった仕事が主だった。
冒険者として依頼をこなしていくうちに、ギルドに関わっている貴族の一部がシュバルツの存在に気がついたのである。
気がつかなかったことにして無視してくれればいいものを……彼らは冒険者になったシュバルツを指名して、無理難題な依頼を押しつけてくるようになったのだ。
過酷な土地に出向かなくてはいけない仕事。
命の危険が付きまとう、非常に難しい仕事。
時には、『魔力無し』と呼ばれた王子に当てつけをするように、魔法が使えなくては達成できない仕事まで押しつけてきた。
彼らは王族であるシュバルツを顎でこき使い、酷使することに喜びを見出していたのだ。
本来であれば崇めるべき王家の人間を貶め、好き勝手に弄ぶことで快楽を得ていたのである。
ギルドも庇ってはくれていたが、手続き上は正当に出された依頼である。拒むことはできなかった。
自由なはずの冒険者になってまで付きまとってくる王族という身分、『魔力無し』というレッテルに苦しめられ……シュバルツは冒険者を辞めることになってしまう。
このまま国を捨てて他国に渡ろうか……そんなことを考えていた矢先、以前から出入りしていた娼館の主であるクロハからの勧誘を受けて、『夜啼鳥』という義賊のメンバーになったのである。
(……あの時、俺に無理難題を押しつけてきていた貴族は死んだ。俺が殺した)
性格の悪い嫌がらせをしてくるだけあって、あの貴族は他にも不正を山ほどしていた。
義賊の標的となったその貴族も夜道で襲って殺害されており、強盗に襲われたものとして処理されている。
「よくわからないですけど……大変だったんですね。バルトさんも」
色々とぼかしたシュバルツの言葉に、メリッサが腕を組んでうんうんと頷いた。
これで昇格試験の5人の参加者のうち、4人が冒険者になった動機を語ったことになる。
残る1人……『シーラ』ことシンラ・レンに視線が集中した。
「…………」
刀を抱いて座った黒髪の美女はしばし沈黙していたが……やがて紅色の唇を開いた。
「もちろん、人助けのためだ。魔物や賊の脅威から人々を守るために冒険者になった」
「……ボランティアかよ。くだらねえ」
ザップが舌打ちをして悪態をつく。
金目当てで冒険者になった男にとって、シンラが口にした綺麗事は受け入れがたいものだったのだろう。
「何が人助けだ。他人の感謝で腹は膨れねえんだよ。テメエもそっちの神官と一緒で、自分が清廉潔白な聖人だとでも思ってるのか?」
「違う。私は聖人でもなければ善人でもない。剣というのは人々のために振るわれなければいけないのだ。欲望のままに振るわれる剣は修羅の剣。理性を持たない獣の剣だ。そうなってはいけない。そんな穢れた剣に価値はないと私は教えられてきた。それが正しさ。正義というものなのだ」
「チッ……マジでくだらねえ。2人がかりで説教とかウゼエんだよ」
ザップが忌々しそうに舌打ちをして、ゴロリと馬車の中に横になった。
自分とは正反対の理由を動機として語っているシンラに、付き合いきれなくなったようだ。
「…………?」
そんな2人のやり取りを見て……シュバルツは奇妙な違和感を覚えた。
(どうもちぐはぐだな。俺が感じている印象と語っている内容にズレがあるような気がする)
シュバルツはシンラ・レンという女性は戦いを好み、剣を振るって斬り合うことを愛する人間だと思っている。
事実、王太子『ヴァイス・ウッドロウ』として顔を合わせた時も、冒険者『バルト』として顔を合わせた時も、まるでこちらに飛びかかってきそうな好戦的な視線を向けてきていた。
(シンラは貧しい人間からの依頼を積極的に受けていると、メイスが言っていたな。人助けのために冒険者をしているという言葉と行動は一致しているが……何だろうな、この歯車が食い違っているような違和感は)
聖者のような言葉と行動。獣のような気配と視線。
シンラ・レンという女性はそんな相反する2つの特徴を併せ持っており、それがどこか歪な印象をシュバルツへと与えている。
(あるいは……その違和感にこそ彼女を攻略する手掛かりがあるのかもしれない。この試験の中でそれを見極めてやろう)
結局、それから誰も口を開くことなく馬車は進み続けた。
盗賊の隠れ家があるという森に到着したのは、夜営を経た翌日のことである。
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