35.仮初の仲間
「さて……それでは、試験内容を説明させてもらおう」
シンラ・レン……シーラと名乗る女が現れたのを見計らい、スキンヘッドの試験官であるバードンが口を開く。
「今日は王都東の森に潜伏している盗賊団を討伐してもらう。すでにいくつかの村が襲われており、行商人からも被害が出ている。早急に対処する必要がある」
「早急に対処……それなのに、私達のような新人冒険者に任せてもいいのか?」
バードンの説明を聞いて、シンラが不思議そうに尋ねた。
試験官の説明に割って入ってきた女に、他の冒険者の1人が大きく舌打ちをする。
「新人なのはお前とそっちの男だけだろうが。俺達は十分に経験を積んでいる」
忌々しそうに言ってきたのは髪を逆立たせた若い冒険者。背中に2本の剣をクロスさせて背負っている。
「どうしてお前みたいな女が飛び級で試験を受けるんだか……ギルドの判断も鈍ったもんだよな」
「ほほう? 君は強さを性別で判断するのかね。武人であれば、両の眼と武をもって相手の力を推し量るべきだろう。背中の双剣は飾りなのかな」
「……言ってくれるじゃねえか。ギルドの試験なんて必要ねえ。俺がここでテメエを落としてやるよ!」
双剣使いの冒険者が顔を歪めて、背中の剣に手をかける。
シンラも唇をつり上げて腰にさげた刀に手を伸ばすが……バードンが間に割って入った。
「やめておけ! ギルド内で私闘を始めるようなら、2人とも昇級はなしにするぞ!」
「チッ……」
「…………」
双剣使いが舌打ちをして下がる。
シンラはどこか残念そうな顔をしながら、刀にかけていた手を放した。
喧嘩っ早い2人の冒険者にバードンがやれやれと首を振り、スキンヘッドの頭を叩いた。
「言っておくが……今回の昇級試験で飛び級の参加者は2人。そっちの鎧の男と赤髪の女だけだ。赤髪の方はギルドへの加入試験でガインツさんを倒している。昇級の資格は十分にある」
「ガインツさんが……!?」
双剣使いが驚きの目でシンラを見つめる。
ガインツは現役を退いているものの、元々はAランクの上級冒険者。
ギルドに入ったばかりの新人がガインツを倒したという事実を受け入れられないのだろう。
「説明を続けるぞ……これから、昇級試験の受験者5人で盗賊団がねぐらにしている森に向かってもらう。俺も試験官として同行するが、基本的には手出しはしないものと思え」
「盗賊団の人数、アジトの位置などは聞いてもいいのだろうか?」
訊ねたのは受験者の1人。細めで背の高い男性である。
僧服を着ており、手にメイスを持っていることから神官だろうとシュバルツは判断した。
僧服の中央には羽を模した紋様が描かれていることから、『天使教』という宗教の神官であることがわかる。
神官の疑問を受けて、バードンが頷く。
「人数は10人前後。アジトの場所はあとで地図を渡そう。だが……与える情報はそこまでだ。それ以上の情報が欲しいのであれば、斥候を出して探るといい」
「あ、私は狩人だから斥候は任せてもらってもいいよ。調査や探索は得意だから」
若い女性の冒険者が手を上げて宣言した。
ベリーショートの髪型の女性は背中に弓を背負っており、腰にはナイフをさげている。
「お互いの役割、担当については各々で話し合ってくれ。あまり時間をかけると、今日中に盗賊のアジトまでたどり着けないから注意しろよ」
俺とシンラ、他3人の冒険者は顔を見合わせて黙り込む。
牽制するようにお互いの出方を窺うが……そんな中でシンラが真っ先に口を開く。
「私は戦うことしかできない。真っ先に敵陣に斬り込むから前衛は任せてくれ」
「チッ……俺も同じだ。前に出て戦うから、そのつもりでいろ」
双剣使いがシンラに続く。
昇級試験の判定基準は知らされていないが、盗賊を大勢倒したほうが有利だと考えるのは自然なことだ。積極的に前に出ようと主張してくる。
(シンラは戦いたいだけだろうな……この女、戦闘狂っぽいし)
そんな2人の姿に、シュバルツはしみじみと思う。
戦いを仕事をする人間には、まれに『戦闘』や『殺し』そのものを楽しむ者がいる。
戦闘狂やバーサーカーなどと呼ばれる人種の人間であり、大抵の場合、敵にとっても味方にとっても迷惑な存在となるのだ。
シュバルツは黙っている神官の男、狩人の女に目を向ける。
「だったら……私は中衛を務めましょう。後方の仲間を守りつつ、前衛をサポートします。そちらの狩人の女性と神官殿は後衛でいいですよね?」
「うん、いいよ。ナイフよりも弓の方が得意だから」
「構いません。回復とサポートは拙僧に任せてください」
「短い付き合いかもしれませんが……自己紹介もしておきましょう。私はバルトと言います。元々はある貴族に雇われて護衛として働いていました」
「イーギンと申す者。天使教の神官で巡礼の旅をしている。冒険者として活動しているのは旅の路銀稼ぎである」
「私はアリッサ。父は冒険者で狩人だったから、子供の頃から色々と教わってきたわ。斥候と罠の扱い、それと弓が得意だからよろしくね」
シュバルツに続いて、神官と狩人が自己紹介をした。
話の流れで残る2人に目を向けると……双剣使いの男が腕を組んで軽く鼻を鳴らす。
「ザップだ。見ての通り、戦士。接近戦が得意だ。足手まといになったら承知しねえぞ」
(……無駄に偉そうな自己紹介だな。こういう奴に限って、意外と大した実力じゃないんだよな)
シュバルツは心の中で身も蓋もない評価を下した。
最後になったシンラは、双剣使いとは対照的に丁寧な仕草で胸に手をあてて頭を下げる。
「シーラ。東国出身の剣士だ。冒険者としては新参者ゆえ、よしなに頼む」
かくして、仮初の仲間……臨時パーティーが結成された。
共通の目的を持ちながら、同時にギルドの昇格をかけたライバルでもある5人は盗賊が潜んでいる森に向かうのであった。




