28.無断外出
『夜啼鳥』によるシンラ・レンの身辺調査。その結果が出たのは、それから2週間後のことである。
「ギルドって……『冒険者ギルド』のことかよ」
「ええ、その通りよ。どうやら……紅玉妃さんは冒険者として活動しているようね」
再び、『朱の鳥』に訪れたシュバルツに、クロハが困ったような曖昧な笑みを浮かべてそんなことを告げた。
「彼女、予想以上に勘が鋭かったから手こずらされたわ。ウチで1番の凄腕が出張って、ようやく尾行に成功したんだから」
「その尾行の先が冒険者ギルドだったのか? 仮にも一国の王太子に嫁いだ妃が、後宮から抜け出して魔物退治をしてるって?」
シュバルツの声は呆れ返ったものである。
『冒険者ギルド』は魔物退治を生業としている冒険者らを管理・統括している組織の名前だ。国家に属さない戦力である彼らは国境を越えて各地に支部を持っており、『国家』、『教会』に次ぐ第三の権力として強い影響力を持っている。
シュバルツとて彼らの存在はよく知っている。
王宮から出奔して色街に流れつき、クロハに誘われて『夜啼鳥』の仲間になるまで……シュバルツもまた、冒険者として生計を立てていた時期があるのだから。
「紅玉妃さんだけど、週に2,3度ほどのペースで後宮を抜け出し、変装して冒険者になっているみたいね。危険な依頼ばかりを積極的に受けていて、魔物や山賊と戦っているみたいよ?」
「何でまたそんなことを……バレたらかなり面倒なことになるんじゃないか?」
上級妃が後宮を抜け出しているだけでも問題なのに、冒険者として危険な稼業に手を出しているなど大問題である。
シンラの故郷である錬王朝が非難されるか、それとも妃を管理できていないウッドロウ王国が責任を問われるか……誰も得しない展開になることは明白だった。
「でも……これってチャンスじゃないかしら? 後宮にいる紅玉妃さんに手を出して味方に引き入れるには、どうしたって女官の目を逃れないといけない。水晶妃さんの時みたいなラッキーが起こらない限り難しいわ。だけど……紅玉妃さんが自分から後宮を出てくれるのなら、外で囲んで襲ってしまえばいいじゃない」
「ふむ……」
クロハの言うことも一理あった。
紅玉宮に忍び込み、女官に気がつかれないようにシンラを手籠めにするのは至難である。だが……自分から後宮を抜け出してくれるのなら、そんな問題はクリアされるだろう。
例えば……冒険者として依頼を遂行している最中に『夜啼鳥』のメンバーで囲んで捕らえてしまうなど、シンラを捕らえて抱く手段はいくらでもある。
「もしも篭絡することができなかったのなら、薬で傀儡にしてしまえばいいわ。二人目が楽に済んでよかったじゃない」
「どうだろうな……俺はそんなに簡単に済むとは思わない。数を揃え、薬を盛ってどうにかできるような容易い女には見えないんだよな。あの女は」
それは理屈ではなく、直感のようなものだった。
大勢の……百人単位の女性と身体を重ねてきた稀代の遊び人であり、同じく戦いに生きる人間だからこそわかること。
「シンラ・レンは女だてらに一角の武人だ。命を捨てる覚悟くらい、化粧をする感覚で決めてみせるだろうよ。仮に『夜啼鳥』で囲んで生け捕りにようとしても、仲間の半数が命を落とす覚悟をする必要がある。そうやって苦労して捕まえても、彼女ならば手を付けられる前に自害するだろう」
「ふうん……随分と紅玉妃さんのことを買っているのねえ。妬いちゃうじゃない」
「揶揄うな……あの女はどことなく俺と同じ匂いがするんだよ。『生きるべき場所で生きられない』──望む場所に立てなかった負け犬の空気を纏っている」
「……本格的に感情移入しているのねえ。それじゃあ、数で囲むのはなしということかしら? せっかくのチャンスを見逃すの?」
「いや……わざわざ後宮から出てきてくれたんだ。接触しない手はないな」
シュバルツはしばし考え込んでいたが……やがてとっておきの悪戯を思いついた悪ガキのように唇を吊り上げた。
「良い事を思いついた……俺も冒険者になればいい」
「はあ?」
「冒険者になって、仲間としてシンラ・レンに近づいてみるんだよ。アイツが何を考えて冒険者として活動しているのか……それを探り当てて、攻略の足掛かりにしてやろうじゃねえか!」
「無茶苦茶ねえ……貴方と紅玉妃さんって本当に意見が合いそうね。発想のレベルが一緒じゃない」
クロハは理解しがたいとばかりに真顔になって首を振る。
シュバルツは肩を揺らして笑いながら、久しぶりに使うことになる愛剣を手元に引き寄せて柄を撫でるのであった。