25.次なる標的
水晶妃──クレスタ・ローゼンハイドを味方につけることに成功してから半月が経過した。
シュバルツは、あれからずっと足繁く後宮へと通っていた。目的は4人の上級妃と語り合い、少しでも彼女達の心象をよくすることである。
それは国王グラオスからの命令でもあるため、女官長も含めて誰からも反対されることはなかった。
(とはいえ……俺がクレスタを手籠めにしたことがバレたら、とんでもないことになるだろうな。俺はあくまでもヴァイスの代理。ヴァイスの妻になるであろう彼女達に手を出すことまでは許されていないんだから)
後宮内部、左右に鮮やかに花をつけた木々が植えられた庭園を歩きながら、シュバルツはそんなことを考えていた。
双子の弟の仮面をかぶったシュバルツは、傍目には穏やかな表情で庭園の草花を楽しんでいるように見えるだろう。
だが……その脳内では、いかにして後宮を征服するか邪悪な企みを巡らせていた。
(後宮に通い始めてすぐに水晶妃を落とせたことは大きい。ヴァイスへの成りすましがバレていたことは予想外だったが、結果的には上手くいったからな)
一晩かけて愛情を注ぎこまれたことにより、クレスタは完全にシュバルツに惚れこんでいる。
後宮にいる4人の上級妃を篭絡することでウッドロウ王国の王になるという計画を聞かされても、喜んで協力を願い出てくれた。
クレスタとは表向き他の妃と同じようにつかず離れずの淡白な関係を保ったまま、隠れて逢瀬を繰り返している。
かつてはシュバルツの秘密を握って脅しかけてきたクレスタであったが……最近はすっかり献身的になっていた。
仮に明日ヴァイスが帰ってきたとしても、クレスタがシュバルツを裏切ることはないだろう。
上級妃の1人を味方につけて、シュバルツは国王の椅子へ大きく近づいたことになる。
(残る上級妃は3人。クレスタもそうだが、全員が一筋縄ではいかない曲者ばかりだ。俺の暗躍を父に気づかれる前に征服を終えなくてはならない)
父王――グラオス・ウッドロウはあくまでも次期国王はヴァイスであると考えている。
その証拠に、ヴァイスの消息が一向に掴めないにもかかわらず、シュバルツを新しい王太子にしようという話は出ていない。
グラオス王がシュバルツを疎んでいるというわけではなく、シュバルツが王太子になれば、『魔力至上主義』の古い貴族らからの反発が大きいためだろう。
シュバルツが次期国王になることを認めさせるためには、ヴァイスを上回る圧倒的なアドバンテージが必要になる。
それこそ、後宮の上級妃全員を味方につけるなど。
(いずれは全てをひっくり返してやる。その時までは隠密行動を心掛けなくてはなるまい)
現時点において、シュバルツが後宮でよからぬ企みをしていることをグラオスが知れば、何らかの方法で封じ込めようとするはず。
裏を返せば、企みがバレていない間はある程度の自由が許される。監視もユリウスという小さな騎士だけで、王宮から出かけることも禁止されてはいなかった。
その辺り、弟に成りすますという無理難題を息子に押しつけたことへの罪悪感があるのだろう。父王はシュバルツに必要以上の重圧を与えないようにしているようだ。
(親父の気持ちは有り難いし、立場があるのだって理解している……だけど、悪いな。俺はもう決めたんだよ。王になって、これまで馬鹿にしてくれた連中を見返すと。国よりも恋人を選んで駆け落ちしたヴァイスから玉座も妃も奪い取ってやると)
「殿下、どうかされましたか? 随分とお悩みのようですけど……」
考え込んでいる主君に気がつき、ユリウスが不思議そうに顔を覗き込んできた。
「……いえ、何でもありませんよ。心配させてしまって申し訳ありません」
シュバルツは改めてヴァイスの仮面をかぶり直し、にこやかな笑顔を浮かべて答える。
最近は双子の弟に成りすますのにも慣れてきた。よほど油断をしない限り、態度や口調から怪しまれることはないだろう。
ユリウスを連れ、女官に案内されて庭園を歩いていくと、白亜の壁の建物が見えてきた。門扉の左右には、白と黒の紅玉が交互に連なった飾り紐がぶら下がっている。
これから訪れるのは『紅玉宮』と呼ばれる場所。上級妃である紅玉妃が寝泊まりしている宮殿だった。
次に狙うべき標的は『紅玉妃』――シンラ・レン。
東方の大国、大陸最大の軍事国家である錬王朝から送り込まれた皇帝の娘。彼女自身も武術を極めた達人であるという女性剣士だった。
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