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18.商談と戦争(上)


「さて……それじゃあ、シュバルツ殿下。まずはそっちの知りたいことから話そうかあ。どうしてウチがアンタの正体を見破ったのか──やろ?」


 クレスタが脚を組み、もったいぶったような口調で訊ねてくる。


「……ああ、是非とも聞かせてもらいたいね」


 シュバルツは短い沈黙を置いて頷いた。

 シュバルツがヴァイスに成りすましていることを知っているのは、ごく一部の人間だけ。もっともバレてはいけない上級妃が知っているわけがない。


「商人の情報網を舐めたらあかんよ? もっとも……ウチが秘密を知ったのはただの偶然やけどな」


 クレスタはそう言い置いて、説明を始める。


「今から一ヵ月前、ウチの商会が持っとる貿易船に男が乗り込んできた。『隣国まで船で送って欲しい』ってな」


「…………」


「その男は恋人らしき女性を連れていたそうや。可愛らしい女の子だったそうやわ」


「まさか……」


(ヴァイスのやつ……まさか、船で他国に逃げていたのか!?)


 シュバルツの顔が引きつった。

 国内でいくら捜索しても見つからず、何処に隠れたと思っていたら……まさか、船で海の向こうまで駆け落ちしていたとは思わなかった。

 確かに、それならば騎士団がいくら探しても見つからないはずである。


「その商会は対価として金銭を要求したんやけど、その男は持ち合わせがなかったらしくてなあ。代わりに自分が嵌めていた指輪を差し出したそうや。ウッドロウ王家の家紋が刻まれた指輪をな」


「なっ……!?」


 シュバルツは愕然と目を見開いた。

 王太子としての義務を放り出して他国に逃げ……おまけに王家の家紋が入った財を売り飛ばしたのか。


(あの野郎……本気でウッドロウ王家との縁を絶つつもりか!? どこまでこっちに迷惑をかけたら気が済むんだよ!)


「もちろん、船の乗組員もすぐには受け取らんかったみたいや。盗品の可能性もあるからなあ。ちゃんとその男の身元を確認して……そして、その男が本物のヴァイス・ウッドロウ殿下やと判断したそうや」


「…………」


「ほら、これがその指輪や。アンタに返しとくわ」


 クレスタがテーブルに指輪を置いた。そこには間違いなくウッドロウ王家の紋章が彫られている。

 どうやら……もはや隠す意味はなさそうだ。クレスタは物的証拠を手にして、確信をもって話しているのだから。


「……なるほどな。ヴァイスが女と駆け落ちしたことを知っていて、その上で嫁いできたわけか。大した狐じゃねえかよ。それで……そっちが秘密を知っていた理由はわかったが、商談ってのはどういう意味だ。お前は俺に何を求めている?」


「わかるやろ? 口止めの報酬が欲しいんや」


 クレスタは悪戯っぽく笑って脚を組み替えた。

 テーブルに肘をついて身を乗り出し、悪魔が誘惑するような声音でささやいてくる。


「双子の兄であるシュバルツ殿下が弟に成りすましていた。他国から嫁いできた妃を騙そうとしたとなれば、国が吹き飛ぶようなスキャンダルやわ。東西南北、四つの国との友好関係が崩れ……最悪の場合、自国を侮辱されたとこぞって宣戦布告してくるやろうな。このままやと、ウッドロウ王国は破滅する。多少の痛手であったとしてもこっちの要求を呑まんとあかんなあ」


「……俺に何をしろってんだよ。要求があるのなら、さっさと言いやがれ」


 シュバルツは腕を組み、憮然として訊ねる。

 対するクレスタはすでに己の勝利を確信しているのか、得意げな表情で言葉を続ける。


「短気な男は嫌われるで? まあええわ……まずは、ウチのことを正式な王妃にすること。そんでもって、毎年決まった額の援助金をウチの国に支払うこと。他の三国よりも貿易を優位にすること。特にマジックアイテムの貿易はウチが経営しとる商会に全面的に任せてもらうわ」


「……欲張り過ぎだろ。どこまで足元を見てやがる」


 あまりにも容赦のない要求の数々に、シュバルツは呆れ返って肩を落とす。

 王妃の地位や援助金だけならばまだ理解できなくもないが……さすがに貿易については容易に頷けるものではない。

 クレスタの故郷である北海イルダナ連合国を貿易で優遇すれば、当然のように他の三国との関係が悪化してしまう。

 ましてや、ウッドロウ王国にとって主要な貿易品目であるマジックアイテムの売買を握られてしまえば、実質的に経済を握られることになるだろう。


「それでも……国が滅びるよりはマシやなあ。だいぶ、だいぶマシや」


 どれほど不利益を被る要求であっても、こちらが断ることができないと確信しているのだろう。クレスタは強気になって攻めてくる。

 シュバルツはこの話し合いが始まる前、クレスタが『商談は戦争』と言い切っていた意味を理解した。


「ウチの国──イルダナは商売を生業とした新興国。純粋な軍事力では古参の大国であるウッドロウや錬王朝にはとても勝てへん。だけど……その大国が勝手に足を滑らせて水に落ちてくれたんや。叩けるときに棒で叩いておかんと、今度はこっちが沈められてしまうわ」


「小国の知恵……か。厄介極まるな」


「誉め言葉と受け取っとくわ。それで……どうするん? 別に断ってもええで。どっちにしてもウチの国に損はない。『戦争』はいい商売になるからなあ」


 もしも要求を断ったとすれば……クレスタは秘密をバラして戦争を引き起こすだろう。

 クレスタは『戦争特需』という概念を理解しているらしい。戦争が起これば武器や食料が高騰して、経済が大きく盛り上がる。

 シュバルツが要求に屈すれば、ウッドロウ王国を搾り上げて利益を巻き上げる。断ったのならば、戦争を引き起こして武器や食料を売買して儲ける。

 確かに……貿易国家である北海イルダナ連合国には不利のない商談だった。


「…………」


「ま……大口の取り引きやからな。即答できへんのはわかるわ。シュバルツ殿下にそれを決断する権限がないこともなあ。話は持って帰って王様に相談してもええよ。返答を待ってるからなあ」


「いや……持ち帰る必要はない。その商談、断らせてもらおう」


「はあ?」


 クレスタが目を瞬かせる。シュバルツの返答は予想とまるで異なるものだった。


「断る、と言ったんだ。君と取り引きはしない。交渉決裂だ」


「……本気で言うてるん? まさか、意地になってるんか?」


 シュバルツの返答は戦争を受け入れること。四つの国を敵に回すことである。

 その返答はクレスタにとって予想外だったのだろう。先ほどまで得意げだった顔が驚きに染まっている。


「勘違いするなよ。戦争をするつもりはない。四方を敵に囲まれて勝てるとは考えていないさ」


 だが……シュバルツは好戦的に唇をつり上げ、さらに大胆不敵に言ってのける。


「戦争は起こさせない。そちらに主導権も握らせない。たとえ仮初であっても今の俺は王太子の代理だからな。国を売ることはできないさ……国を捨てて女と逃げた、馬鹿な弟と違ってな」


「……そんな都合のいい考えが通ると思ってるん? アンタはもっと賢いと思ってたけどなあ」


「ハッ! 知ったことを言うなよ! 選択肢は2つじゃないってことだ。俺は第3の選択を選ばせてもらう!」


 シュバルツはテーブルに手の平を叩きつけ、勢いよく立ち上がる。


「ここでお前の口を封じればいいだけのことだ。お前の要求は1つとして聞くつもりはないが、こっちの要求は1つ残らず飲んでもらう! 俺の女になれ──水晶妃クレスタ・ローゼンハイド!」



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