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王子様はダンジョンにいる  作者: めしべ
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第9話

 薄青く発光するダンジョンの壁。仄暗い通路に私の足音が反響する。どこまでも続く土の地面は静けさを取り戻していた。

 静寂の中を一人歩く。

 私を追いかけていたモンスター達はいつの間にかいなくなっていた。追跡を諦めてくれたのだろうか。

 一緒に探索を行っていた仲間達の姿もない。

 現在地点は、まだ6階層の筈。出鱈目に走り続けた時の記憶を掘り起こして、自分の況を確認する。

 所持している物は、護身用のナイフのみ。

 回復薬を始めとした道具類は全てバックパックに入れていて、今の私は何も持っていない。逃走中にモンスターから付けられた傷がジンジンと痛む。


 ……生き残ってしまった。


 自分の体が証明する一つの事実を、私は受け止められていない。

 親友を助けるために囮になった。大切な人の守るためなら、死ぬことさえ怖くなかった。

 だから、軽傷は負っているとはいえ、自分の体が五体満足であることを信じられずにいる。

 不意に、頭の上から何かが落ちてきた。

 音も無く目の前を通り過ぎていったそれを、顔を動かして追いかける。

 青い花。

 それは昨日、とある人物から頂いた物だった。

 ——お守りなのです。持っていればまた会えるのです。

 花びらと同じ空色の髪の王子様の言葉を思い出す。


「王子様と約束をしたんだ。地上に帰らなくちゃ」


 心の中の蝋燭に僅かな火が灯る。

 走り回った時間から計算して、仲間達は既に5階層に辿り着いているだろう。

 まずは自力での6階層からの脱出。モンスターと遭遇しないように身を隠しながら、5階層に繋がる連絡路を目指さなければならない。

 その後、マーガレットちゃん達との合流。

 そして、王子様との食事。

 今後の方針は定まった。無謀にも思えるような過酷な工程だが、やるべきことが決まったら、後は目的に向けて行動するだけだ。

 足元に落ちた花飾りを拾い上げようと手を伸ばしたその時、


 ——バリバリ、と。


 頭の中で警鐘が鳴った。

 何かに弾かれたように、私の体は振り返る。

 私の背中のすぐ後ろ、微光を放つダンジョンの壁に真っ黒な亀裂が走っている。


 そして、——バリバリバリ、と。


 頭の中に鳴り響く鐘の音は大きくなっていく。

 天井にまで届く巨大な亀裂を発見した私は、逃げるようにその場から走り出した。

 一歩でも前へ、一歩でも遠くへ。


 バリバリバリバリバリバリ————ドンッ!


 衝撃と共に虚空から突き出したのは、幹のように太い腕。緑色の拳が何かを探すように空中を泳ぎ、ダンジョンの壁の端を掴むとそれを握力で破壊する。

 今まさに私の目の前で起こっているのは、ダンジョン探索を生業にする冒険者なら一度は目にする現象。

 モンスターの誕生。

 内側から卵の殻を割るように壁の隙間から姿を現したのは、濃緑色の巨人、『オーク』。


『ヴヲォオオオオオオオオオオオオオオ!』


 醜悪な豚顔が雄叫びに似た産声を上げる。

 壁の中から通路に跳び出た緑色の怪物は、上方から地面を見下ろして足元の私を補足した。標的を目掛けて、3メートルに匹敵しうる巨体が追走を始める。

 振り下ろされる鉄槌。震えるダンジョンの地面。

 見た目からは想像できない速度でこちらに向かってくるオーク。

 幹のように太い足が地面を踏み付ける度に視界が揺れる。無我夢中で走っていた私は体勢を崩してしまった。

 立ち止まった私の後ろにオークが到達する。

 大きな右手が私の胴体を掴む。抵抗する術も無く地面から引き剥がされて、空中へ持ち上げられた。


「うわぁ! ああ! ああぁあああああっ‼」


 メキメキと体が上げる悲鳴。口から出る絶叫。

 そんなことを気にせずとばかりにオークがとった行動は、戦力投球。

 右腕の振り下ろしと共に拘束を解かれる。すさまじい勢いで横に吹き飛ぶ私の体。

 背中から通路の突き当りに激突。衝撃と一緒に体内の空気が全て吐き出されてしまう。重力に引き寄せられ地面に墜落。

 死んでいた。殺されていた。【ステイタス】の耐久補正がなければ、今の一撃で私の体は悲惨な肉塊に成り下がっていた。

 奇跡的な受け身の体勢で一命を繋ぎ留める。

 しかし奇跡は一度しか起こらない。

 ピクリとも動かない体。体の奥から溢れ出てくる物が呼吸の邪魔をする。

 一歩ずつこちらへ近付いてくる振動。

 終焉の時を前にして、私は逃走さえ諦めてしまった。

 助けて、マーガレットちゃん。

 この期に及んで友人に助けを求めてしまう。

 そんな他力本願な自分が嫌いだったのに。そんな自分を変えるために冒険家になった筈なのに。

 後悔、失望、恐怖、落胆……。様々な感情が混ざり合って視界がぐちゃぐちゃに歪む。


 ——助けて、王子様。


「お母様は、言っていた」


 ダンジョンに響く天使の声。しかしそれは私を天国へ導く幻聴でも幻覚でもない。

 オークを挟んだ通路の向こうから声の主は現れる。

 小さな体躯。あどけない声。

 この場に不釣り合いな存在の両目に私とオークの姿が映る。


「男には、絶対にしてはいけないことが二つだけある」


 バックパックを投げ捨てて、背中の鞘から片手剣を引き抜いた。

 王子様の身の丈に合わせた両刃短剣(バゼラード)。剣身に施された硝子絵画(ステンドグラス)の装飾がダンジョンの明かりを反射してキラキラと輝く。

 オークは、死にかけの獲物から新たにやってきた乱入者の方へ体の向きを変える。


「一つは、食べ物を粗末に扱うこと」


 空色の髪。処女雪のように白い肌。血のように赤い頬。

 瞳の色は、紺青色(アズライトブルー)

 冒険家の服装が似合わない可愛らしい顔が、目の前のモンスターを睨みつける。


「もう一つは、泣いている女の子に気付かないことだ、と」


 武器を持っていない方の手でオークを指す。


「僕がお前を倒す」

『ヴヲオオオオオ!』


 王子様の言葉の意味を理解したかのように怪物は咆哮を飛ばす。

 向かい合う両者は接近戦を行うべく、その場から駆け出した。

 モンスターの体重によって揺れる地面。二人の体格差は絶望的な程であった。

 上方から繰り出される右拳。腕の長さの分だけ攻撃範囲が広いオークが先手を取る。

 剛腕を、王子様は最小限の動きで回避。

 お返しとばかりに振り下ろされる短剣。緑色の皮膚から赤い血液が噴出した。

 走る速度をそのままに、王子様は怪物の体の下を潜り抜けていく。その間に光る三つの斬閃。三本の赤線がオークの体に刻み込まれる。

 敵を視界から外さないように、王子様は体を反転させながら足を止めた。

 そこへ襲い掛かる右の裏拳。側面からの攻撃に対し、王子様は身軽に後方跳躍。

 距離を取って着地し、再び駆け出した。目にも留まらぬ速さで距離を詰める。


加速突(アクセル)!」


 そして短剣を前に突き出しながら、突進。

 発揮される『力』の能力値と剣士の技。甲高い衝突音。凄まじい一撃が緑色の巨体を大きく後退させる。

 すかさず、体勢を崩したオークの元へ跳び込んだ小さな王子様。地面を蹴り、壁を蹴り、敵に斬撃の嵐を見舞う。

 圧倒的なまでの『敏捷』の差。王子様を捉えることができないモンスターが、一方的に翻弄されてしまう。

 強い。強すぎる。

 今、私の目の前で戦っている男の子の【経験値(ステイタス)】は、私やマーガレットちゃんよりも遥かに強い。

 オークの上半身に大きな縦線が引かれる。

 天井付近で宙返りをした王子様の両足は、私の目の前に着地した。


「……」


 壁にもたれかかる私と視線を合わせて、王子様は微笑んだ。


『ヴヲオオオォ!』


 満身創痍のオークが最後の突撃を敢行する。

 地面を揺らしながら向かってくる相手に対し、王子様は一言、


「……デルフィニウム・キック」


 剣を投げ捨て、右脚を後ろに引く。左足の蹴りで跳び上がった王子様は、右脚を伸ばして体を捻る。

 オークの首に炸裂する蹴りの一撃。怪物の巨体が地面に叩きつけられる。

 爆散。

 舞い上がった灰と共に落ちてくる天使の体。


 迷宮に響く小さな悲鳴。迫る怪物の爪牙。間一髪で間に入る銀の一閃。

 残されたのは、地面に座り込む私と格好よく、いや、可愛らしく舞い降りる王子様の姿。

 見上げる顔が赤に染まる。

 恋物語が始まる予感……!

 王子様はダンジョンにいる、訂正、王子様はダンジョンにいた。


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