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王子様はダンジョンにいる  作者: めしべ
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第8話

 薄暗い通路に複数の足音が鳴り響く。

 大慌てで駆け抜けていく五人の冒険家。

 それから数メートル離れた後方にはモンスターの大群。

 ホブ・ゴブリン、灰色狼、迷宮蜥蜴、影武者……。

 追走してくる6階層初出のモンスター達。その総数は十や二十を優に超えている。

 怪物の行進(モンスター・パレード)

 一体のモンスターの呼び声によって、階層中のモンスターが集まってくる異常事態。

 ダンジョン内で起こる絶体絶命の危機に私達は陥っていた。


「えいっ!」


 弓使いさんが後ろを向いてモンスターの群れに矢を放つ。

 空中に弧を描く矢は一体のホブ・ゴブリンに命中したが、大群の勢いは収まらない。

 弓による遠距離攻撃も焼け石に水と判断し、弓使いさんも前に向き直って走り出した。

 6階層中から敵が襲い掛かってくる状況を切り抜けるため、私達は5階層への脱出を試みた。

 通ってきた道を急いで戻り、上の階層に続く連絡路を目指す。

 しかし必死に脚を動かしている間も、モンスターの遠吠えは止まらない。そして壁を挟んで伝わってくる怪物の気配が、事態がより深刻な方へ向かっていることを予感させた。

 私達の進行方向、通路の前方に一体のホブ・ゴブリンが現れた。

 そう、モンスターが来るのは後方からだけではない。前後左右、通路が繋がっている場所全てから敵は強襲してくる。

 接近してくる怪物を確認して、パーティの先頭を走るマーガレットちゃんは走行速度を緩めないまま、片手剣の柄を両手で握り直した。

 全速力で激突する緑色のモンスターと白髪の剣士。

 鋭い爪を振り下ろすホブ・ゴブリンに対して、マーガレットちゃんは一声。


「——加速突(アクセル)ッ!」


 掛け声と共に繰り出す剣の先端。疾走の速度を纏った一撃が緑色の胴体を貫通する。

 正面衝突の衝撃で大きく揺れたホブ・ゴブリンの上半身。

 相対するマーガレットちゃんは走行を続けたまま剣身を引き抜く。

 勢いよく溢れ出る血液。

 支えを失った緑色の肉塊は、慣性の法則に従い地面へ崩れ落ちてしまう。

 足元に転がってくる出来立ての死体を、私は跳びはねて回避した。

 怪物の行進が始まってからマーガレットちゃんが倒したモンスターは、これで十六体。

 私達のパーティが未だ全員無事でいられるのは、先頭を行くマーガレットちゃんと剣士君の頑張りに依るところが大きい。

 当然、二人に掛かる負担は大きい。

 事実、マーガレットちゃんの体には大量の生傷が付けられている。回復薬を飲むことができないほど余裕がない証拠だ。

 それに引き換え、私はまだ一体もモンスターを倒していない。

 仲間全員が危機に陥っているにも関わらず、私はまた守られてしまっている。

 ナイフを握る右手に力がこもった。

 しかしその拳をモンスターにぶつけることはできない。

 自分の力不足は理解している。私が6階層のモンスターに立ち向かえば、その先の未来は容易に想像がつく。私じゃ、マーガレットちゃんの代わりになれない。


『ジャジャジャア!』


 先頭から少し遅れて走っていると、横の道から踊り出てきたホブ・ゴブリンが私とマーガレットちゃんの間に割って入ってきた。

 背後からマーガレットちゃんを襲おうとしているのか。ホブ・ゴブリンは私に目もくれず、先頭の剣士を追い掛ける。

 狙われている本人は、状況の対処に手一杯で後ろの様子に気付いていない。

 鋭い爪が無防備な背中に迫る。

 体に大きな穴を開けられた白髪の剣士は、その美しい髪を血で汚しながら地面へ叩きつけられてしまう。

 そんな光景を幻視した私の体は、加速した。

 バックパックの存在を忘れ、服を着ていることさえ感じなくなってしまう。周囲の騒音も自分の足音も聞こえなくなった。

 私が知覚している情報は、目前の敵の姿と右手に握るナイフの感触のみ。

 軽快な足取りで地面を蹴る。

 ゴブリンの魔石の位置は胸の中央。体格が一回り以上大きくなったホブ・ゴブリンとは言え、体の構造は変わらないだろう。

 ホブ・ゴブリンの背中から伸びる灰色の線をナイフの刃先で撫でる。

 まるでその線の先に何があるのか分かっているかのように。

 その先で何が起こるか知っているみたいに。


 ——お前の『魔石(じゃくてん)』はここだ!


 灰色の線の終点が訪れた。銀色の刃物を突き立てる。

 右手に伝わる僅かな抵抗。

 しかし緑色の背中はすぐに抵抗を諦め、自らの凶刃を受け入れてしまう。

 ナイフの先端が硬い物にぶつかった。それを確かめ右手を振り抜く。


 背面刺突(バックスタブ)

 私が使える唯一の技。単純ながら一撃必殺である盗賊の暗殺技術でホブ・ゴブリンの命を刈り取る。

 モンスターの全身が灰に変わるのを確かめるまでもない。足元に広がるモンスターの死体だった物を運動靴で踏み越えていく。

 灰色の線は視界から消えた。標的の背中だけを捉えていた私の視界が正常に戻る。

 けたたましい足音が耳に届く。これは後方にいる大量のモンスターによるものだ。

 前方を見る。

 白髪をはためかせながら先頭を走る剣士は健在していた。

 友人の無事に、ほっと胸を撫で下ろす。

 するとバックパックの重さが背中にのしかかった。

 安心したのが原因か、全速力を超える速度で走ったのが原因か、羽のように軽かった全身が石のような重たさに早変わりする。

 急激な速度低下で脚が縺れてしまう。


「大丈夫か、荷物持ち?」


 地面に倒れ込みそうになる私を支えたのは、パーティの最後尾にいたリーダーだった。パックパックを掴んで引き起こしてもらう。

 リーダーはこの逃走劇の間、モンスターの大波に対して一人で殿を務めていた。大軍の中から突出してくる敵を追い返していたのはこの人だ。

 パーティの進路を切り開いているのはマーガレットちゃんと剣士君だが、リーダーがいなければ私達はモンスターに追い付かれていたに違いない。

 彼が私のすぐそばにいるということは、モンスターが警戒して近付いて来なくなったか、リーダー一人では対処しきれなくなったかのどちらかだろう。


「荷物持ち、その背荷物を俺に寄越せ」


 その言葉が言い終わるよりも先に、私の背中からバックパックを奪い取られてしまう。

 重荷が無くなって体が楽になった。

 リーダーは苦しそうな私を見兼ねて手を差し伸べてくれたのだろうか。普段の言動からは想像できないが、実は優しい人だったのかもしれない。


「ありがとうござ——」

「それじゃあ、最後の仕事くらい頑張れよ、荷物持ち」


 感謝の台詞をリーダーが遮る。彼の真意を察することができない私が「それってどういう意味ですか?」と質問しようとした時。

 両足が地面から離れた。

 遅れて腹部に鈍い痛みが走る。

 自分が誰かに殴り飛ばされたと理解したのは、体が宙に浮いてから数瞬後のことである。

 限界まで引き延ばされる時間の中で、仲間達の背中が遠ざかっていく。

 依然モンスターと戦っているマーガレットちゃんと剣士君。驚いた顔をしている弓使いさん。そして私から分捕ったバックアップを担ぐリーダー。


「あッ! ぐッ! ぐわッ⁉︎」


 地面に打ち付けられる私の体。ぐるぐると転がりながら悲鳴を上げてしまう。

 両手をついて上半身を起こす。

 荷物持ちの仕事。

 荷物運搬。道具補充。戦闘支援。死体処理。

 そして、緊急時におけるパーティの囮。

 リーダーが言っていた言葉の意味を今更になって理解してしまった。

 仲間達の姿はもう見えない。それだけ離れてしまったと言うことである。そして仲間達に置いていかれたということは、つまり……。

 ドンドンドン、と無数の足音によってダンジョンが揺れた。

 足音が聞こえてくる方へ体を捻る。

 仲間達がいる方向とは反対側。地面を揺らす足音の発生源、モンスターの大軍が目の前に迫っていた。

 逃げなければ。

 呑み込まれる。切り裂かれる。喰い殺される。

 本能がこの場からの逃げろと指令を出してくる。しかし思うように体に力が入ってくれない。


「シオーーーン!」


 薄暗い通路に少女の声が響いた。

 身体中を傷だらけにした白髪の剣士が、右手を前に突き出して、こちらに駆け寄ってくる。

 パーティから遅れた私を連れ戻そうとしているのだろう。

 だけどもう間に合わない。モンスターに近付き過ぎた。

 このままマーガレットちゃんの手を握れば、二人とも怪物の餌食になってしまう。


「手を伸ばせ!」


 それでもマーガレットちゃんは懸命に私を助けようとする。

 仲間だから、友人だから、掛け替えのない人だから。

 だけどマーガレットちゃんと同じくらい、私もマーガレットちゃんに生きて欲しいんだ。

 親友が伸ばした右手を振り払う。


「私はいつもマーガレットちゃんに助けられてばかりだから、今回は私がマーガレットちゃんを助けたい

んだ」


 荷物持ちは、荷物持ちらしく自分の仕事を全うしよう。

 私達が今いる通路から直角に繋がる横の通路に飛び込んだ。


「待て、シオ——」


 親友の声が騒音に掻き消されてしまう。

 モンスターの足音が追いかけてくるのを確認して、私は薄暗い通路を一人で走り出した。

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