第7話
土の地面と土の壁が造る通路を私達は進む。
のどかな草原が広がっていた5階層のまでとは異なり、6階層は洞窟のような狭い通路でできた迷路だった。
これまでとは打って変わった静粛な雰囲気に、私は緊張感を覚えてしまう。
6階層の地図を見ながら、先頭を歩くマーガレットちゃんと剣士君の後に続く。
「えー、シオンさんショタコンなんですかー⁉︎」
話しかけてきたのは、弓使いのパーティメンバーだった。
隣を並んで歩く仕事仲間の声に、私は地図から目を離さずに返答する。
「ショタコンじゃないですってば」
「じゃあどうしてそのお花を大切に持っているんですか?」
私の頭に挿している花を触ろうとする弓使いさん。その手を私は振り払う。
「これは王子様から頂いた物ですから」
「やっぱり好きなんじゃないですか」
6階層の土質には水晶と同じ成分が含まれているらしく、壁自体が淡く発光していて、光源がなくても通路の先まで見渡すことができる。私が地図で現在地点を確かめることができるのも、壁から溢れる光が照明代わりになっているおかげだ。
実は新しい階層に向かうに当たってランタンを用意していたけど、今回は無駄な荷物になってしまった。
私が背負っているバックパックには、回復薬の他に探索に使う道具も入っている。
私達が会話をしながら通路を進む一方で、前方にいるマーガレットちゃんと剣士君も談笑をしていた。二人は同じ剣士だけあって話が弾む所もあるのだろう。
私達から少し離れた後方では、パーティで一番背が高いリーダーが一人で歩いている。この人は、他人に興味ない、といった感じ。
6階層に足を踏み入れてから随分経つが、未だ私達はモンスターと遭遇していない。
ダンジョン探索をしてもなかなかモンスターを見つけられない日もある。
仲間達が楽しそうに話しているのは、長い時間この階層にいて空気に慣れたからだろう。
私はまだそこまで気楽になれそうにない。
ただ私達はお金を手に入れるためにこの場所に来ているので、お散歩をして地上に帰りました、というわけにはいかない。
だからこうしてモンスターを捜しているんだけど……。
曲がり角の直前で、前を歩いていた二人が唐突に歩みを止めた。
弓使いさんは急停止することができたが、私は立ち止まれずにマーガレットちゃんの背中にぶつかってしまう。
「……どうしたの?」
鼻を触りながら尋ねる私の質問に、マーガレットちゃんは無言で前を指して答える。
迷宮の明かりが照らす通路の先、曲がり角の奥にそれはいた。
「ホブ・ゴブリン……」
6階層の探索にあたり事前にアンズさんから教えてもらったモンスターの名を呟く。
これまで散々私を苦しめてきたモンスターに姿形は似ている。しかしその体躯は一回り以上明らかに大きい。
腕力が強化され『最弱』と呼ばれなくなった緑色の怪物は、低級モンスターの区分けから外されるほどの戦闘力を有している。
視線の先にいるホブ・ゴブリンは一体。屈んだ体勢で壁から湧き出る水を飲んでいる。
周りに他のモンスターの姿は見当たらない。
新しい階層で見つけた最初の獲物を目の前にして、マーガレットちゃんと剣士君と大剣使いのリーダーが顔を見合わせて頷きあう。
三人はそれぞれの武器を握り締め、曲がり角の先に飛び出した。
剣士君が先行する。片手剣を構えて強襲するが、足音で接近を気付かれてしまう。
「こいつ、素早い……!」
剣士君の呟き通り、ホブ・ゴブリンはその体格に見合わない俊敏さで初撃を回避する。
距離を取り向かい合う一人と一体。
このまま戦闘が開始すると思われたが、ホブ・ゴブリンは剣士君に背を向けて逃げ出した。
しかしその行く先には、今まさに大剣を振り降ろさんとしているリーダーがいる。
ドンッ、と地面が大きく揺れた。
直撃こそしなかったもののリーダーの渾身の一撃は、ホブ・ゴブリンの行く手を塞いで立ち止まらせる程の衝撃を放った。
動きを止めたモンスターの背中に二人の剣士が斬りかかる。薄暗い通路の中で打ち上がる血飛沫と悲鳴。
狭い通路で行われる三対一。
私と弓使いさんは戦闘に参加できず、曲がり角の近くで取り残されてしまった。というか戦闘に関与する必要が無かった。
いつの間にかホブ・ゴブリンは三人の剣士に包囲されていた。
ホブ・ゴブリンがダンスを踊る度、緑色の体に切り傷が増えていく。反撃を行おうとしても、拳と剣の間合いの差によって一方的に斬り伏せられてしまう。
逃げ出そうとすれば三人の内の誰かが行く手を阻み、隙を見せた途端他の二人が斬撃を浴びせる。
戦闘の結末は、剣術の才が無い私から見ても明らかなものだった。
満身創痍のホブ・ゴブリンが、マーガレットちゃんに向かって駆け出す。
決死の表情で迫るモンスターに対し、白髪の剣士は反転して背後の壁を蹴り、跳んだ。
ホブ・ゴブリンの頭を飛び越える高さで静止するマーガレットちゃん。【ステイタス】によって強化された身体能力を駆使し、空中で強引に体を捻る。
遠心力と共に伸ばされる美しい左脚。落下の勢いを加算した蹴りの一撃がホブ・ゴブリンの顳顬に炸裂した。
ダンジョンの明かりを反射する白髪が半円を描く。左脚を振り抜いた姿勢のまま、左手で上半身を支えて着地。
一方、蹴り飛ばされたホブ・ゴブリンの体は錐揉み回転をしながら地面を跳ねた。数回跳躍した傷だらけの肉体は、うつ伏せの体勢で停止し、動かなくなる。気を失ったようだ。
地面に横たわるホブ・ゴブリンにリーダーが近づく。彼が握る身の丈程の大剣が断頭台のように突き立てられた。
肉体が二つに別れるホブ・ゴブリン。
6階層最初の戦闘は見事勝利を収めた。
「荷物持ち、さっさと魔石を抜き取れ!」
戦闘が終わった直後、役職を呼ばれた私は我に返る。自分の仕事を遂行するため、モンスターの死体に駆け寄ろうと走り出した時だった。
「あっ……」
マーガレットちゃんや他の仲間達とも違う、通路の向こうにいるもう一体と目が合った。
「えっ」
私の視線の先にいる新手のホブ・ゴブリンにマーガレットちゃんも気付いたらしい。
思考が真っ白になっている私と異なり、彼女は瞬時に判断して走り出した。剣士の機動力を駆使してホブ・ゴブリンに接近する。
しかしモンスターの行動の方が速かった。
『ジャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア‼︎』
——大叫喚。
ホブ・ゴブリンの叫び声が通路に響き渡る。
耳を塞ぎたくなるような大声。
しかしマーガレットちゃんは片手剣をモンスターの喉に突き刺し、一撃で大音声を止めてしまう。
だが、
『ジャアアアアアアア!』『アオオオオオオオン!』『ガルルルルルウ!』
とモンスターの雄叫びが6階層中から連鎖するように響き渡る。
そして聞こえてくる大勢が私達に向かってくる足音。その足音は勿論人間のものではなく、様々な種類のモンスターによるもの。
「退避ッ⁉︎」
マーガレットちゃんの指示を受け、パーティメンバー全員が弾かれたように走り出す。
未だ状況が飲み込めない私に「シオンも走って!」とマーガレットちゃんは手を引いて、これまで歩いてきた通路に引き返した。