表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
王子様はダンジョンにいる  作者: めしべ
6/15

第6話

 ダンジョン——この地に昔から存在する巨大な穴。無限の迷宮。凶悪なモンスターの棲家。

 ダンジョンの最奥部には、聞くも恐ろしい怪物達が闇の中でうごめいているらしい。

 そんな化け物を涼しい顔で倒してしまう人達がいる。

『英雄』と称される彼らの冒険は、伝説と呼ばれ世界中で語り継がれている。

 きっとそんな偉業を成し遂げてしまう彼等なら、こんな状況も鼻歌交じりで切り抜けてしまうのだろう。


『ガルッ!』『ガルルッ!』『ガルルウ‼︎』

「やっぱり無理だー⁉︎」


 草原の風が肌に当たる。

 5階層の地面を踏みしめ、私は一人全力疾走を敢行していた。

 背後には人間サイズの二足歩行のオオカミ——『コボルト』の群れが私を追いかけている。

 英雄でもなければ一般の冒険家より遥かに弱い私にとって、ゴブリンと並んでダンジョン最弱と呼ばれている低級モンスターであったとしても、三匹を同時に相手取ってしまえば命に関わる脅威になってしまう。


 バックパックを地面に投げ捨て、上半身を身軽にする。走行速度が僅かに上がるが、背後にいるコボルトを振り払うことはできない。

 このまま逃げ続けても、いつか人型狼の健脚に追いつかれてしまうだろう。

 私は意を決して、曲がり角に飛び込んだ。

 胸に手を当てて、呼吸を落ち着かせる。

 マーガレットちゃんを始めパーティメンバーは近くにいない。走り回る内に離れてしまったのだろう。

 仲間達に頼ることはできない。自分の力で切り抜けなければ、地上に帰ることができなくなってしまう。


 もう一度、深く呼吸をして鼓動を落ち着かせる。

 昨日までの自分ならば、目の前の危機に取り乱して泣き出していた。

 だけど今は違う。もう一度会うと王子様と約束したんだ。頭に挿している花飾りを触って、あの時の王子様の言葉を思い出す。

 生まれ変わる。親友に迷惑をかける私は地上に置いていった。

 息を潜め、右手でナイフを握り締める。

 仕掛けるのは、奇襲。一撃一殺を三度繰り返す。

 壁に身を寄せ待ち構えていると、曲がり角からコボルトの長い犬鼻が姿を現した。


「うわあああああ‼︎」

『ガルッ⁉︎』


 叫び声と共に、先頭にいたコボルトの体を押し倒す。

 地面に転がるコボルトと私の体。

 起き上がろうとするコボルトを押さえつけ、鋭い毛が生える胸部に刃物を突き立てる。魔石が砕ける確かな手応え。一匹目を刺殺。

 手早くナイフを引き抜いて立ち上がり、標的を次の一匹へ。

 仲間が殺され浮き足立っているコボルトに、全体重を一点に集中してナイフで突撃。

 急所を攻撃されたコボルトは、力無く地面に崩れ落ちてしまう。


(残り、一匹……!)


 二つの死体が灰に変わる。

 風が吹き灰が舞う視界の中で、私は最後の敵の居場所を探る。首を振ってコボルトを捜すが見つからない。


『ガルウ……』

(背後か!)


 僅かに聞こえた獣の声に、私の体は反応して振り返る。

 頰を掠める狼の爪。右の頬肉を削り取られながら、私はコボルトの姿を認めた。

 しかし咄嗟の急回転により、バランスを崩した体勢。致命傷を免れることはできたが、次のコボルトの攻撃を防ぐことも回避することもできない。

 もう片方の爪か、健脚による蹴りか。

 二撃目を体で受け止めるべく、歯を強く噛み締めたその時。

 横から割って入った片手剣によって、伸ばされていたコボルトの片腕が叩き折られた。


「マーガレットちゃん!」

「はあああああッ!」


 両手で握られた片手剣が力強く振るわれる。それは斬るというより、滅多打ちと言うべきものだった。

 叫び声を上げながら何度も体を斬りつける剣戟に、コボルトは完全に怯んでしまう。

 踏鞴を踏みながら後退するコボルトの首に片手剣が突き刺さる。狼の両腕がだらりと垂れ下がった。

 剣身を引き抜くと、コボルトの体は灰に変わることなく地面へ倒れ込む。魔石を砕くことなくモンスターを倒してしまった。


「マーガレットちゃん、凄い!」


 尻餅をついて感嘆の声を発する私に、剣士の少女は体の向きを変えながら回復薬が入った試験管を投げ渡してきた。


「怪我してるわよ。それで治しなさい」


 友人は自分の右頬を指す。

 渡された試験管の蓋を開けて中身を一口だけ口に含んだ。

 すると頰の痛みが引いていく。ついでに少しだけ疲れが取れたような気がした。


「ありがとう、マーガレットちゃん」


 試験管を渡して返すと、彼女も残っていた回復薬を一気に飲んだ。怪我をしている様子はないけど、マーガレットちゃんも戦闘を終えた後だから疲れていたのかもしれない。


「シオンが戦っていたコボルトで最後よ」


 彼女は自分の相手を倒した後、まだモンスターと戦っている私に加勢してくれたらしい。仲間達も戦闘を終えて待っているようだ。

 私はマーガレットちゃんが倒したコボルトの死体に近づく。

 体毛を血で染めた狼の胸をナイフで切り開く。どうしてこんな事をしているのかというと、ある物を取り出すため。


「よっと」


 血が溢れ出すコボルトの胸の中に右手を突っ込む。指に伝わる固い感触を確かめると、それを掴んで引き抜いた。

 摘出したのは、硝子玉の様に光り輝く紫紺の球体。

 これが『魔石』。モンスターの体内に存在するもので、簡単に言うとエネルギーの供給器官。これが無くなると、モンスターは体を維持することができなくなって、骨も含めた全身が灰に変わってしまう。

 先程まで熱が残っていたコボルトの死体が跡形もなく地面に崩れ落ちる。残されたのは、こんもりと積もった灰の山。


 初めてこの光景を見た時、私は驚いてしまった。今では見慣れた現象になっているけど。

 死体同様生きているモンスターの肉体も魔石を失うと灰になってしまう。私が倒した二匹のコボルトは魔石を砕かれたせいで死んでしまったのだ。

 魔石は弱点。これはどんな凶暴なモンスターにも通用する絶対の法則。窮地に陥った冒険家を救う最後の突破口だと、前にアンズさんに教えてもらった。


 モンスターの死体があった場所を見下ろしていると、地面に積もった灰の中からキラリと光る物を見つけた。それを手に取り、ポンポンと灰を振り落とす。

 それは『コボルトの爪』だった。

 魔石を摘出してもこのように体の一部が残ることがある。『ドロップアイテム』と呼ばれ、冒険家はこれも集めている。

 魔石とドロップアイテムは、ギルドで換金することができる。この二つをダンジョンで収集するのが冒険家の主な仕事。


 当然だけど粉々に砕けた魔石は素材としての価値が無くなってしまう。ギルドでもお金に換えてくれないので、私みたいに魔石を破壊してモンスターを倒すのはあまり良くない戦い方。

 またゴブリンやコボルトなど低級モンスターから採れる魔石やドロップアイテムを集めても、ギルドで貰えるお金は少ししかない。

 だから私達のパーティは、高価な換金素材が手に入る6階層を目指している。

 採取した魔石とドロップアイテムをポケットに入れる。


 バックパックを投げ捨てた場所まで戻ろうと立ち上がった時、「荷物持ち、さっさとアイテムを集めろ!」と遠くでリーダーの怒声が轟いた。

 モンスターの死体から魔石を採るのは、荷物持ちの仕事。

 他のメンバーがモンスターと戦い、私が素材を集めるのが私達のパーティの役割分担。

 だけどそんなに余裕のあるパーティじゃないから、私も戦闘の手伝いをしている。大抵はマーガレットちゃんに迷惑をかけてしまうけれど。

 大剣使いの男性リーダーに呼び出され、その場から駆け出す。

 仲間達の元へ急いで走っていると、マーガレットちゃんが並走してきた。


「私も手伝うよ」

「うん!」


 その後、二人でモンスターの処理をして、私達は次の階層を目指した。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ