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王子様はダンジョンにいる  作者: めしべ
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第3話

 ダンジョンを有する、いや、ダンジョンの上に築かれた世界唯一の居住地、『迷宮都市』にはたくさんの冒険家がいる。富と名声を求めた荒くれ者がこの街に集まるのだ。

 そしてもう一つ、この街にやってくる人達がいる。【レガリア】という組織を作り、冒険家達にモンスターと戦うための【恩恵】を授け、冒険家相手に商売を行い、時に自らも冒険家達と同じようにダンジョンに挑戦する王子様達だ。

 彼らはギルドが管理するこの街で自分の血を分けた眷属と共に生活する。その仕組みは小さな国と言っていいだろう。

『迷宮都市』は世界で一番栄えている街だ。冒険家がダンジョンから持ち帰ってきたアイテムにより街は急速な発展を遂げた。

 ここから少し離れた場所にある農村の家に住んでいた私は、ダンジョンや冒険家だけでなく、この街そのものにも興味があったのかもしれない。


『王子様はダンジョンにいる』


 つい一ヶ月ほど前、そう言って私をこの街に送り出した母の言葉を今でも鮮明に覚えている。

 だけどお母さん、ダンジョンに王子様はいませんでした。ダンジョンにいるのは、凶悪なモンスターばかりでした。

 それが一ヶ月間、冒険家として生活した私の答えである。

 ダンジョンは『迷宮都市』が築かれる遥か以前からこの地に存在していた。

 たくさんのモンスターが迷宮から溢れ出し、地上へ進出していった。『迷宮都市』はモンスターの進路に蓋をするような形で作られた。


 ダンジョンとはそもそも何なのか。何故モンスターを産み出すのか。ダンジョンの最奥に何があるのか。その答えは誰も知らない。当然、そこまで辿り着いた者が一人もいないから。

 ダンジョンの謎の解明は、冒険家の目的の一つなのかもしれない。ただ明日の自分の命の行方も分から

ない私には関係のない話。

 四方を壁に囲まれたこの都市を二分する大通りは、たくさんのお店と様々な種族の人々でごった返していた。

 堅牢そうな鎧に身を包んだドワーフの男性。探索帰りと思われるエルフの一団。きっと彼等も私より遥かに強い冒険家なのだろう。

 数年前、『魔王』と呼ばれる存在が世界中をめちゃくちゃにしかけた時、その『魔王』を倒したのもこの街の冒険家だったそうだ。

 そんなすごい人達がこの街にはいる。きっと彼らがダンジョンの謎も解き明かしてしまうのだ。


 そんなことを考えながら私は大通りを歩いていく。探索用のバックパックを背負いながら、この先にある道具屋さんを目指して。

 今は隣に白髪の美少女はいない。彼女は武器の整備をしてもらうため、別の通りにある武器屋に向かっている。

 冒険者広場から伸びる大通りの真ん中。一つのお店の前で人集りができていた。

『迷宮都市』でも指折りの人気の魔法道具のお店。周りの商店と比べても一回り以上大きいその外観は、強い魔石灯の輝きに彩られている。

 私も周りの人達と同じようにそのお店の陳列棚に引き寄せられていく。


「うわぁ」


 明かりに照らされて光沢を放つ魔法道具達。ガラスの向こう側に並べられた商品に私は目を奪われてしまった。

 崇高な魔導士が身に付けるような魔法のローブ。最新型の魔法銃。エルフの住む森の聖樹の枝で作られた魔法の杖。素人である私が見ても一級品の物だと分かる品ばかりが鎮座している。

 中でも最も多く通行人の目を集めていたのは、金の装飾が施された一冊の本だった。


「魔導書……」


 読んだ者に魔法の力を授けるという神秘の魔法道具。この本を使えば誰でも【ステイタス】に魔法が発現して使えるようになるというわけだ。一流の魔導師が長い時間をかけてようやく完成する物らしい。

 魔法使いになった自分の姿を想像する。杖を持ち、呪文を唱えモンスターを撃退してしまう。強くなった自分にパーティメンバーはチヤホヤしてくれるだろう。顔を真っ赤にしながら褒めてくれるマーガレットちゃんの姿が目に浮かぶ。

 ガラスに映っていた私の顔は気持ちの悪い笑みをしていた。魔導書の下に置いてある商品の値札に視線を移す。


『70000000ヴァリス』

(0が七個⁉︎)


 その値段に仰天してしまい、バックパックが後ろにいた人物とぶつかってしまう。ヒューマンの男性。すぐに「ごめんなさい」と謝ったが、男性は何も言わずに立ち去ってしまった。

 何であんな近くにいたんだろう、と思ったけど私の意識はすぐに魔導書の方に向かう。

 こんな希少な品だからやっぱりとても高額。一日分の生活費を稼ぐのがやっとの私じゃ、一生かかってもこんなお金を用意することはできない。

 仮にこの本を手に入れることができても、私よりマーガレットちゃんが使った方が有意義な魔法を発現するだろう。

 そんなことを考えてから、私は人集りを離れて通りの反対側にある道具屋に向かった。さっきまで商品を眺めていたお店ではなく、こちらが本当の目的のお店。

 古ぼけた開き戸はガタガタと音を鳴らす。

 薄暗い店内。窓から差し込む僅かな光。節約のため、日中は魔石灯の照明を消しているらしい。


「いらっしゃい、シオンちゃん。今日も無事だったんだね」


 ダンジョン探索用の道具が並べられた商品棚の奥、カウンター代わりに使っているテーブルの向こう側に声の主は座っていた。


「クローバーちゃん、こんにちは。今日も死にかけちゃいましたけど」

「ふふふ、マーガレットちゃんにお礼を言わないとね」


 顔の両端に付いた細長い耳。ハーフエルフの顔が笑顔を作る。

 クローバーちゃんは私が冒険家になった直後からの知り合いだ。親友とパーティを組んで、日々ダンジョンに潜っていることを知っている数少ない人物である。

 クローバーちゃんは体が弱くて昼間は店番を任されている。森や草原の清浄な空気を好むエルフの体が、人の多い『迷宮都市』に合わないのかもしれない。

 私より年下で体も丈夫でないのにこうして働いているのだから立派だよなあと私は思う。


「今日も回復薬を買っていくの?」

「はい。明日は6階層に向かうから多めに用意しておきたいんです」


 このお店で私が買うのは、パーティ用の体力回復薬。試験管に入れられた緑色の液体で、効果は疲労の回復と若干の治癒能力。モンスターとの戦闘で怪我をすることの多い冒険家には欠かすことのできないアイテムである。

 明日の探索に必要な分を購入する。

 ダンジョン探索で手に入った私の収入のほとんどが回復薬の補充でなくなってしまう。

 パーティメンバー全員分を私のお金で用意するのはあまり腑に落ちないけれど、みんなは自分のお金で武器の整備なんかをしているのだ。文句は言えない。


「魔力回復薬も買ってくれると嬉しいなー、なんて」

「ごめんなさい、私のパーティに魔法使いはいないので」


 このお店が表している通り、クローバーちゃんもあまりいい暮らしはできていない。原因は通りの反対側にある大きな魔法道具店。そちらに客を取られてしまっている。

 私は知り合いの力になってあげたいけれど、お金とはままならないものなのだ。

 クローバーちゃんと会話をしているとガタガタとお店の入り口の扉が開けられた。

 店の中に入ってきたのは、容姿端麗の女性だった。肩まで伸びた深緑色の髪が逆光に映える。


「クローバー、今帰ったぞ。ふむシオンも来ていたのか」

「ハーブ様、お元気でしたか……?」


 美女の黄金比を再現してしまったお顔。一切の無駄がない細い体。逞しさを感じるゼラニウム様とはまた違った美しさ。洗練された美を身に纏う人物が私達の元まで歩いてくる。

 今、店の中に入ってきた女性はこのお店の店主であり、【緑の国】のお姫様。ゼラニウム様を除けば、私が面識がある唯一の王族のお方。

『迷宮都市』には、大勢の王族が眷属と一つ屋根の下で暮らしている。眷属にお金を稼がせて裕福な暮らしを享受している人がほとんどだけど、中には自分で働いて生活している人もいる。ハーブ様は後者の方。

 彼女は、自国の商品を普及させるために、冒険家の集まるこの街で単身このお店を任されたという。

 クローバーちゃんは、ハーブ様が『迷宮都市』に来てから契約を交わした眷属。【ハーブ・レガリア】の唯一の構成員なのだ。二人は、お店の奥の小部屋で一緒に暮らしている。


「シオン、私とお前の仲なのだ、畏まらなくてよい。それに泣きそうな顔をしていると幸せが逃げてしまうぞ」


 そう言いながら、細長い指が私の頰を触る。くすぐったくて思わず笑ってしまいそうになる。


「ハ、ハーブ様……」


 ゼラニウム様もそうだけど、この街に住む王族は見目麗しい方ばかり。

 ハーブ様のような美しい人に微笑まれながら体を触られてしまうと、心の奥底に良くない感情が芽生えそうになってしまう。


「ハーブ様、ちゃんと回復薬を売ってきてくださったんですよね!」


 私とハーブ様の間に割って入ってきたクローバーちゃんによってハーブ様の御手が弾かれてしまう。


「勿論だ」


 そう言って、ハーブ様は肩に提げていたカバンをテーブルに置いた。


「売り上げと回復薬の数が合わないようですが……?」

「怪我をした少女がいたのでな、回復薬を一つ渡してしまったよ」

「もう、そうやってハーブ様が商品を渡してしまうから私達の生活が一向に良くならないんですよ!」


 そしてこれがハーブ様達が貧しいもう一つの理由。ハーブ様はいろんな人に施しを与えてしまう。私もハーブ様に食料や回復薬を渡されたりしている。


「困っている民草に手を差し伸べてやるのが私達の仕事だよ」


 しかしハーブ様は当然のことのように言い切ってしまう。ハーブ様のような美女に言われてしまうと、それが当然のことのように納得しそうになる。実際はお店の商品を無償で渡してしまっているだけなんだけど。

 クローバーちゃんの頭を撫でながら、ハーブ様は私の方に視線を向けた。


「シオンはまだ誰の眷属にもなっていないのだろう? 行くあてがないならマーガレットと一緒に私の【レガリア】に入らないか?」


 ハーブ様に【レガリア】の勧誘をされてしまう。

 正確には私は【ゼラニウム・レガリア】に所属しているけれど、これはギルドが初心者冒険家のために用意してあるもの。いつかは自分で王子様を探して組織に入らなければならない。

 知り合いの二人がいる【ハーブ・レガリア】はこれ以上ないくらい理想的な環境だけど、私は自分の力で契約する王子様を探したい。


「ハーブ様にはお世話になっているんですけど、二人に負担はかけられないですし……」


 ハーブ様には本当にお世話になっている。というのも『迷宮都市』に来て冒険家になったのはいいものの、お金も稼げず住む場所も見つけられずに行き倒れていた私とマーガレットちゃんに手を差し伸べてくださったのがハーブ様だった。親元を離れて『迷宮都市』に来た私にとって、母親のような存在かもしれない。

 しかし狭い商店で四人が寝食を共にするのはやはり窮屈で、二人に負担をかけてしまう。

 それにハーブ様とクローバーちゃんの生活に邪魔をしたくないというか、二人の間に割って入るのは失礼というか。

 とにかく、これ以上ハーブ様に甘えるわけにはいかないのだ。


「そうか分かったよ。だけど困ったことがあったら私達を頼ってくれ」


 みなまで言わずとも私の気持ちを察してくださったハーブ様は、私をこの街に送り出してくれた母と似た表情で微笑んでくれた。


「そうだ、ここに売れ残りの回復薬がある。シオンにプレゼントしよう」

「お、お金払いますから!」


 ハーブ様が胸元のポケットから取り出した緑色の液体が入った試験管を受け取る前に、私はバックパックの中にある自分の財布を探し始める。

 探す。一生懸命に探す。


「……シオンちゃん、どうしたの?」


 バックパックの中を覗いたまま様子がおかしくなった私を心配するクローバーちゃんの声が聞こえる。しかし私の顔は一層蒼ざめただろう。

 ナイフ、ある。ダンジョンの地図、ある。回復薬、ある。財布……、ない。

 バックパックに入っているはずの財布の姿が消えていた。


「財布を落としたのか?」

「そ、そんなはずないです」


 ギルド本部で換金をした後、お金と一緒にこのバックパックに入れたはずだ。

 そしてすぐに財布がなくなった原因に思い当たり、私はお店を飛び出した。


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