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王子様はダンジョンにいる  作者: めしべ
15/15

第15話

 ——時は半日ほど前に遡る。

 四方八方から押し寄せるモンスターの雄叫び。

 通路を埋め尽くす怪物の影。

 とある冒険者の一団が、ダンジョン内での緊急事態《怪物の行進(モンスターパレード)》に見舞われている頃。

 パーティの先頭を走る少女——マーガレットは、一心不乱に片手剣を振るっていた。


「振り下ろし(スラッシュ)! 薙ぎ払い(リジェクト)!」


 前方から跳びかかってくる敵を切り伏せ、返す刀で別のモンスターの攻撃を弾き返す。

 体に負担がかかる剣士の(スキル)を連続行使して敵の猛攻を切り抜ける。

 マーガレットは壁であった。

 機動力と戦闘力に優れる剣士が先頭を走り、敵の猛攻を防ぐ。

 マーガレットと並走するもう一人の剣士のどちらかが倒れれば、後方にいる仲間達にモンスターがなだれ込んでしまう。

 人数が少ないが故の薄氷の陣形において、マーガレットは重要な役割を担っていた。


「すみません、少し下がります」


 戦闘により息の上がる体を落ち着かせるため、マーガレットは一度休息を取る。

 回復薬(ポーション)を口に含んだマーガレットは、予兆や予感を感じ取ったわけではない。

 ただ、首を捻り、後ろを見た。

 そして、後続の仲間達を確認する金色の瞳は、限界まで見開かれることとなる。

 本来ならば四人いる筈のパーティメンバーが一人足りない。

 それが意味することをマーガレットは瞬時に理解した。

 全身を反転させ、進行方向に背を向ける。

 上体を前傾姿勢に傾け、地面を蹴り抜く。


「マーガレットさん⁉」


 と背後で打ち鳴らされる仲間の声を置き去りにして、マーガレットは突貫する。

 親友を救助に向かうマーガレットは、全力疾走で自らの役割を放棄した。


「きゃっ⁉」

「お、おいっ!」


 後方にいた仲間達——驚嘆する弓使いと大剣使いの間を走り抜ける。彼らの声はマーガレットの耳に届かない。

 逆走を開始してすぐに、もう一人のパーティメンバーは見つかった。

 走行途中で(つまず)いたのかモンスターに転ばされてしまったのか、彼女は地面で横になり(うずくま)っている。


「シオーーン!」


 マーガレットは叫ぶ。

 名前を呼ばれた紫色の髪の少女は、地面から顔を引き剥がした。


「手を伸ばせッ‼」


 命令する。

 歳上の姉が行動を急かすように。

 出来の悪い妹を助けるために。

 走行しながら、マーガレットも片手剣を握っていない方の手を前に突き出す。

 命令を受けたシオンも体を起こし右手を伸ばそうとした。

 しかし、二人の間には決して少なくない距離が開いている。

 親友の背後に見える大量のモンスターが、マーガレットの脚を急がせる。

 一方、シオンは伸ばしかけていた右腕を引っ込めてしまった。

 動揺するマーガレットに対し、親友は微笑む。


「私は、いつも………………から、今度は私が…………………たいんだ」


 怪物の吠え声がシオンの言葉を掻き消す。彼女の言葉はマーガレットまで届いていない。

 だが、そんなことはお構いなしに、シオンは行動に移る。

 立ち上がると同時に、横の通路の壁に空いていた穴の中へ跳び込んだ。

 直後、殺到するモンスターの大波によって穴の入り口は塞がれてしまう。


「待て! シオン!」


 マーガレットは、一連の光景を目で追うことしかできなかった。


「どうして……?」


 やがて、モンスターの大群を前に選択を迫られる。

 一人の親友と。

 三人の仲間達。

 どちらを見殺しにするのか。

 逡巡する時間は一瞬で済んだ。

 片手剣の柄を握り締め、マーガレットは怪物の海の中へ跳び込む。

 白髪の剣士は、モンスターに傷付けられながら、親友を追いかけた。


 ——他方、一部始終を見ていた男達の存在にマーガレットは気付いていない。


 ★★★


 ——時は、少し先へ進む。

 モンスターを振り払い喧騒が消え去った迷宮の通路を、マーガレットは一人歩く。

 走ることはできない。前に進むためには、負傷した右脚を引き摺るしかなかった。

 壁に付ける手から力が抜ける。

 決して長い時間が経過したわけではない。

 ただ、一人の女の子が彷徨い続けるにはダンジョンはあまりにも広大すぎた。


 マーガレットの耳に奇妙な音が届く。

 ダンジョンには似つかわしくない音が、壁を反響して聞こえる。

 それは、音というよりも音色と表現するのが正しいのかもしれない。

 マーガレットは引き寄せられるように音の発信源を目指した。

 移動する途中でマーガレットは、この音が弦楽器(バイオリン)によるものだと気が付いた。


 交差路を左に曲がる。

 曲がり角の先でマーガレットが見たものは、一組の少女と美女であった。

 一目見て、背の低い少女が『王女』であると判断する。

 少女は、楽器を奏でていた。

 美女は、壁に背を預け、目を瞑る。少女が演奏する音楽に耳を傾けているようにも見える。

 まるで演奏会(コンサート)

 但し、ここがダンジョンであることを除いて。

 そして、マーガレットに演奏を傍聴する理由などなかった。

 音色に異音が交ざることを躊躇(ためら)わず、少女達の元へ歩みを進める。


 美女の瞳が開かれた。

 壁から背を離し、灰の虹彩がマーガレットの顔を捉える。

 迷宮光に照らされる白髪。

 明かりを反射する銀の鎧。

 こちらに向かって歩みだす美女は、瞬間移動のように音を立てず消えた。

 ——真実は、マーガレットには知覚できない速度での疾走。


 マーガレットの背後で爆砕音が轟く。

 音に反応するマーガレットが見たものは、壁に打ち付けられたオークの姿だった。

 厚い胸板を貫通し、後ろの壁にまで亀裂が走る。

 6階層で最も巨大とされるモンスターの肉体から、赤く濡れた右脚が引き抜かれる。胸部を粉砕された死体は灰に変わり崩れ落ちた。

 一撃粉殺。

 マーガレットに僅かに芽生えた冒険者の勘が告げる。

 この女こそが化け物である、と。

『英雄』などと呼ばれ、憧憬の眼差しを向けられる者。

 あるいは、強大すぎる力故に畏怖される者。

 目の前の人物が協力的な人なのか判断できない。

 ただ、マーガレットには縋ることしかできなかった。


「お願いします。友達を助けてください——」


 しかし、ここでマーガレットは力尽きる。

 限界を迎える満身創痍の体を、美女は両手で抱き止めた。

 『英雄』の腕の中で意識を失う。

 灰の瞳が少女を見下ろした。

 弦楽器(バイオリン)の音色は鳴り止まない。


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