第14話
体が宙に浮いている。横抱きに支えられ脱力する私の手足。背中と腰に地面を蹴る振動が伝わってくる。
数秒前まで意識を失っていた私は、自分の体が何者かの手によって運ばれていることを知覚した。
瞼を開く。ぼんやりと滲む視界が写し取ったのは、金色の髪で縁取られた美しい人の顔の造形だった。
「王子様……?」
大好きな御伽話の一節にこんな場面があったな、と思い返す。
「すみません、私は女です」
こちらを見下ろす金髪の人物の声を聴いて、意識が現実に引き戻された。
私が男性だと勘違いしていた人物は女性だった。
「目覚めたようですね」
私が意識を取り戻した場所は、ダンジョンの中ではなく、地上の迷宮広場。6階層で倒れている私を見つけた目の前の人物がこの場所まで運んでくれたに違いない。
お姫様抱っこから解放された私は、近くにあった長椅子に座らされた。
私がダンジョンに向かった時、大粒の雨を降らしていた雨雲は、今は遠くへ流れてしまった。満月と星々の光が広場に降り注ぐ。
魔石街灯に照らされながら私達は会話を続けた。
「応急処置は施しました。体は痛むかもしれませんが、我慢してください」
確かに、モンスターに付けられた傷が回復薬で治療されている。
自分の右脇腹から視線を外し、長椅子の前に立つ女性の顔を見上げた。
こちらを見下ろすこの美人を私は知っている。正確には、彼女の顔に見覚えがあった。
王子様と食事をしたレストランの店長。名前は確か、ストックさん。
エプロンを外し冒険者用の外套を羽織った彼女は、長い木刀を腰に挿している。
冒険家の衣装に身を包む彼女は、やはり王子様に見間違えてしまうほど格好いい。
「助けてくださって、ありがとうございます」
命を救ってくださった恩人に感謝を伝える。
「礼は花の国の王子に言ってください。私は、彼から受けた依頼を遂行しただけです」
「デルフィニウム王子様……」
私が店から飛び出した後、王子様が元冒険者のストックさんに依頼を出して私を捜す運びになったそう。
レストランでの出来事を知った私は、長椅子から立ち上がる。ふらふらとした足取りで広場の中央を目指した。
緑色の外套が行く手に立ち塞がる。
「どこへ向かうつもりですか。返答によっては、貴方を止めなければならない。」
「……ダンジョンです」
「その体では6階層に辿り着くことも不可能でしょう。それとも自分が武器を持っていないことも気付いていないのですか?」
ストックさんに指摘されて初めて、ナイフを持っていないことに気付いた。続けざま、「私が預かっています」と告げられた。
両肩を掴まれて、再び長椅子に座らされる。今度はストックさんも一緒に腰を下ろした。
「貴方の事情のおおよそは聞いています。私は貴方が何を考えているのかを知りたい」
「……はい」
緑玉の瞳で見つめられた私は、胸の内で燻るものを白状した。
ダンジョンで異常事態に遭遇したこと。私の勝手な判断の結果、仲間達が犠牲になったこと。友人が殺されたことを知ってダンジョンに向かったこと。私は、自分の行動に責任を感じていること。
「闇雲に走り回っても、ご友人は見つからないでしょう」
話を聞き終えたストックさんは無謀な行動をした私を咎める。
だが、その忠告は私の心には響かない。
「そんなこと、分かっています。マーガレットちゃんはもういないんです」
私がダンジョンに向かったのは、マーガレットちゃんを捜すためじゃない。私は——。
その時、私の思考を「待ってください」とストックさんが遮った。
「あなたのご友人は女性だったのですか?」
「……マーガレットちゃんは可愛い女の子です」
何を今更、というような質問に答える。そういえばマーガレットちゃんの性別については説明していなかっただろうか。
しかし、疑問が解決した筈のストックさんは神妙な面持ちで何かを考え続けていた。
「店に来た冒険家達が言っていたのは、『白髪の剣士の女が、三名の男性冒険家を見捨て逃げ出した』というものでした」
ストックさんが語ったのは、私がレストランを飛び出した後の話の続きだった。
この時初めて知る又聞きの会話の内容に私は驚嘆してしまう。
「それは違います! それは私じゃなくてマーガレットちゃんです‼」
『白髪の剣士』。それは私ではなく友人の特徴だ。
私の発言に同意するようにストックさんも頷く。
「私も不自然に思っていました。貴方は白髪でなければ剣士でもない」
男性客達が私とマーガレットちゃんを見間違えた、さすがにそれは考えにくい。見た目が全く違いすぎる。それに仲間達の人数も合わない。
一体どういうことだ、と思考を慌ただしく巡らせる。
「これは可能性の話ですが」
と前置きをしてストックさんが話し始めた。
「怪物の行進に見舞われた際、貴方は囮となってパーティを離脱した」
私とは対照的にストックさんは冷静な口調で時系列を整理していく。
「その後、貴方のご友人も仲間と別れて行動を行った。店に来た男達が見たのは、貴方ではなく、パーティから離れていくご友人の姿だった」
「それって、つまり」
勘違い、正確には途中までしか話を聞いていなかった私の早とちり。
「それじゃあ、マーガレットちゃんは……?」
「殺される瞬間を誰も目撃していないことになります」
長椅子から立ち上がった私をストックさんが呼び止める。
「自力にせよ何者かの力を借りたにせよ、ご友人は既に地上へ帰還していると考えます」
だからダンジョンに向かっても無駄だろうと、そう伝えてくる。
「マーガレットちゃんの行方は⁉」
手がかりは何もないことになってしまう。
分かりきっている答えをストックさんは答えなかった。
自らの認識の誤りに気付けても、私は喜ぶことができない。それはマーガレットちゃんが現在も生きている保証にはならないからだ。
金髪の美人は顔を動かして月を見上げる。
「今夜はもう遅い。貴方も私の部屋で体を落ち着けた方がいい」
「……わかりました」
ストックさんの指示に従う。
長椅子から立ち上がるストックさんを待って、一緒にレストランへ向かった。
移動しながら自分の姿を見下ろした。
買ったばかりの白いワンピースが血や土埃で汚れてしまっている。
痛々しい。
我ながらそう思ってしまった。
「ギルドに所属している冒険者なら」
前を歩くストックさんが声を発した。
「ゼラニウムが安否を分かるはずです。明日の朝、ギルド本部に行きなさい」
マーガレットちゃん捜索に関する手がかりを教えてもらう。
いや、目的か。私がまた無謀な行動をとってしまわないように、次の行動の指針を示しているのか。
「わかりました」
歩き始めてからすぐにレストランに辿り着いた。
数時間前、私が飛び出していった店の出入り口。ストックさんが鍵を開けて店の中に入る。
営業時間を過ぎた飲食店は暗澹とした雰囲気に閉ざされていた。
ガチャンと鍵をかける音を聞いた後、ストックさんに続きテーブルの間を移動する。
次に立ち止まったのは、厨房にある従業員用出入り口の前だった。
扉を開けると厨房は中庭と繋がっていた。
舗装されていない土の上には何も存在しない。
中庭の左端に目をやると、簡単な造りをした二階建ての建物が建っていた。あれが、ストックさん達が暮らしている従業員用の宿舎らしい。
中庭を突っ切って
「ここが私の部屋です。就寝時間なので静かにしていてください」
その時、ギギィ、と隣の部屋のドアが開いた。
部屋から姿を現したのは、私も面識がある橙色の髪の少女だった。
「オンシジューム、まだ起きていたのですか」
寝間着に着替えた女の子は眠そうに目をこする。
「うん。二人が帰ってくるのを待っていたから」
そして、瞼を開いた瞳で私の顔を見据えた。
「シオンさん、無事だったんですね」
「……はい」
「ねえ、ストック」
背の低いオンシジュームちゃんが背伸びをして耳打ちをする。
「分かりました」
とストックさんから許可を貰ったオンシジュームちゃんは、両手で私の手を握った。
「シオンさんは私の部屋で休んでください」
そして、訳が分からずにいる私を部屋の中に引きずり込む。
「オンシジュームちゃん、どうして……?」
動揺する私の背後で扉が閉められた。そして隣の部屋のドアを閉める音も伝わってきた。
「シオンさんに会わせてあげたい人がいるんです」
その人物はベッドの中で眠っていた。可愛らしい寝息を立てている。
枕元まで近づいてその顔を確かめる。
「デルフィニウム、王子様」
既に家に帰っていると思っていた。
「起こさないであげてくださいね」
オンシジュームちゃんは部屋の中にある台所へ向かった。
「王子様の知り合いもお店に来たらしいんですけど『シオンちゃんが戻ってくるまで、僕はここで待つのです』、って帰らなかったんですよ」
九時を過ぎたら眠っちゃったんですけど、と私が知らない王子様を教えてもらう。
寝台の近くに置いてある背もたれ付きの椅子に腰かける。
「シオンちゃん、どこに行ったのです」
夢の世界にいる王子様が呟く。
瞼を閉じるその顔を見つめると、王子様が涙を流していることに気付いた。
「シオンさん、これを飲んでください」
いつの間にか近くにいたオンシジュームちゃんからマグカップを渡される。
中身は、ホットココア。
「美味しいです」
「そうですか。私、ココアは結構こだわっているんですよ」
甘い液体が体の中を温めてくれる。
「王子様はシオンさんのことが大好きみたいですね」
そう、王子様は大切な人。
守らないといけない人。
だけど私は、王子様を悲しませてしまった。寂しい思いをさせてしまった。
王子様の瞳から流れる滴を指で拭う。ほんの少し王子様が笑顔になったような気がした。
「私は隣の部屋に行きますね。何かあったら壁を叩いて呼んでください」
オンシジュームちゃんはそう言って、私を一人部屋に残して出て行ってしまう。
私は、王子様を傷つけてしまった。
この埋め合わせは私自身が行わないといけない。
死ぬ訳にはいかない理由がまた一つ増えてしまった。
まずはマーガレットちゃんを捜すことからだ。私は不器用だから複数のことを同時に行うことができない。
飲み干したマグカップを近くにあったテーブルに置く。
椅子の背もたれに体重を預け、深い眠りに落ちた。




