第11話
青髪の天使が静かに地面に足を付ける。
足元に広がるのは天使が倒したモンスターの死体。舞い上がった遺灰が、ダンジョンの明かりを反射して眩く煌めく。
幼気な天使の真名は、デルフィニウム・ステイメン。
ブロッサム王国第一王子にして自らダンジョンに足を運ぶ五歳の冒険者。
騒音を立てるオークが居なくなったことで、迷宮に静寂が戻る。
敵がいなくなったことを確認した王子様の顔から警戒の色が消えた。
紺碧色の瞳が壁にもたれかかる私の姿を見る。
「ぉぅじさま、かわいぃ」
「喋っちゃダメなのです!」
力なく零れ落ちる私の声を聴いて、
王子様は戦闘前に本人が投げ捨てたバックパックを大慌てで拾いに戻る。地面に転がる両刃短剣も一緒に回収した。
バックパックから緑色の液体が入った試験管を取り出して、こちらに駆け寄ってくる。
「飲んでくださいなのです」
小さな両手が試験管を差し出す。しかし私の体は自分の意志で動かすことができない。
私の状態を理解した王子様は、試験管の蓋を外して私の口元に押し付けてきた。唇の奥に押し込まれるガラスの瓶。
試験管の中に入っていた液体が口内に注ぎ込まれる。喉の奥に詰まっていた異物を押し戻して私の体の中を侵食していく。
王子様が飲ませたのは、もちろん回復薬。
ピクリとも動かなかった体から痛みと疲れが回復する。
「もう一本、飲むのです?」
新しい試験管を取り出そうとする王子様に、「もう大丈夫ですよ」と言って私は笑みの表情を作る。
私の微笑みを見た王子様が花のような笑顔を咲かせた。
天使のように可愛らしい。にこやかな表情が王子様には似合っている。
そこで私ははたと気付いた。
迷宮で出会った二人。頬を綻ばせながら見つめあう。
これって、運命の出会い、というやつなのではないかと。
思い描いていた光景と違う気がしないでもないけれど、私が求めていたものは確かにダンジョンにあったんだ。
壁から背中を離して、膝を抱える。目の前の王子様と目線を合わせて会話を始めた。
「王子様、助けていただきありがとうございます。どうやって私を見つけることができたんですか?」
「お花さんが助けを呼んでいたのです」
王子様の手のひらの上に青い花飾りが乗せられていた。
それは、昨日王子様からいただいて、つい先ほど私が落とした花だった。拾おうとした矢先にオークに追いかけられたので踏み潰されていないか不安だったが、綺麗な状態で王子様に見つけられていたらしい。
「ありがとうなのです、お花さん」
王子様の言葉に反応して花びらが僅かに動いたような気がした。
王子様が両手を伸ばす。青い花を持ちながら私の頭の上で何かをしているようだ。
「これでもう離れ離れにならないのです」
そう言いながら一歩下がる王子様。
私は視界の右上を手で確かめる。王子様は花飾りを私の髪に留めてくれたらしい。
「ありがとうございます、王子様」
感謝を述べてから、王子様に手を引かれて立ち上がる。
「この辺りはオークがたくさんいる場所なのです」
オークは、6階層に生息するモンスターの中でも強い生物とされている。図体の大きさと膂力の高さで他のモンスターからも恐れられているほどだ。
モンスターの大群に追い掛け回されていた私は、オークの生息地域に迷い込んでしまった。だからオークに近寄ろうとしないモンスター達は、私の追跡を諦めてしまったのだろう。
王子様は頭を振って周囲の様子を確かめる。
「僕達も離れた方がいいのです」
私の右手を引っ張りながら王子様は走り出した。
といった感じで、私と王子様は一緒にダンジョン探索をすることになりました。
『シャアッ』
ホブ・ゴブリンが振り下ろす右手を、王子様は体の右側を後ろに引きながら躱す。
攻撃を空振りした相手に対し、王子様は右手に握る短剣を上半身の動きと一緒に前に突き出す。緑色の胴体に短剣が深々と突き刺さる。
体勢を崩すホブ・ゴブリンの体から短剣を引き抜いた王子様は、左下から右上へ右腕を大きく動かして胴体を斬りつけた。斬撃を浴びた怪物の体が地面に倒れ伏す。
無防備になった首筋に、短剣の切っ先が刺し込まれる。
ホブ・ゴブリンがまた一体絶命してしまった。
現在、私と王子様はホブ・ゴブリンの群れと戦闘中。
オーク程ではないとはいえ、自分よりも背丈が高い相手にも関わらず王子様は果敢に攻めかかる。剣士特有の機動力を生かした戦い振りにホブ・ゴブリン達の方がたじろいでしまうくらいだ。
私だって王子様の戦闘を見ているだけじゃない。気を取られているホブ・ゴブリンの背後に回り込んで様子を伺っている。
あの線がまた見えないかな~、なんてことを考えながら私のことを忘れているモンスターの背中にナイフの刃先を向ける。
灰色の線は見えなかったが、絶好の機会だったのでナイフを構えて走り出した。
緑色の後ろ姿に気付かれないように近付いて、ナイフの刃を突き立てる。
——背面刺突。
背中から挿入された刃物の先端が、ホブ・ゴブリンの魔石に到達する。体内の弱点を攻撃されたモンスターは灰に変わって崩れ落ちてしまう。
私が敵を倒した一方で、王子様は両手で掴んだ短剣を頭上に掲げた。
両腕で頭を覆うホブ・ゴブリンだったが、勢いよく振り下ろされた短剣は渾身の防御ごとモンスターの頭蓋を粉砕してしまう。
今の攻撃は剣士の技ではなく、戦士が使う技だ。大剣使いのリーダーが同じ動きをしていたから覚えている。
王子様が最後の一体を倒したことで戦闘は終了した。
私はホブ・ゴブリンの死体を集めて、魔石の回収を始める。
「さっきのシオンちゃんの攻撃は盗賊の技なのです?」
短剣を背中の鞘に納めた王子様が私に尋ねてきた。
ギルドではお金を払うことで先達の冒険者から技を教えてもらうことができる。
一つくらい戦闘技術を身に着けておいた方がいいとアンズさんに言われて、盗賊の先生から教わったのが先程の〝背面刺突〟だ。
「はい。だけど私は不器用だからさっきの技しか使えないんです」
「教えてほしいのです」
「いいですよ」
王子様は剣士、戦士そして騎士の技を巧みに使い分けながらモンスターと戦っている。きっと王子様に技を指導した人がいるのだろう。
その人達と比べたら拙い技術だけど、王子様の為のなるなら教えてあげよう。
「シオンちゃんのお友達は見つからないのです」
私が最後のモンスターの死体の処理を終える頃、王子様は小さな頭を振って周囲に人気がないことを確かめていた。
ダンジョン探索を行いながら、王子様にはマーガレットちゃん達の捜索を協力してもらっている。
まあ、怪物の行進から経過した時間から考えて仲間達は地上に辿り着いているはず。回復薬が入ったバックパックはリーダーが持っているし、マーガレットちゃん達の実力なら6階層の脱出も容易いだろう。
「王子様は、どうして一人でダンジョン探索をしていたんですか?」
王子様の戦闘能力は、技の鍛錬もさることながら、【ステイタス】の高さによって成り立っている。きっと以前から、一人でモンスターと戦ってきたのだろう。
こんなにも小さな男の子が命がけの戦いに身を投じなければならない理由を、私は想像することもできない。
「僕は強くならないといけないのです」
それはどうしてですか、ともう一度質問しようとしたが、王子様は私の顔から視線を外して別の方向を向いてしまった。するとそちらの方角から足音が響いてくる。
現れたのは複数のモンスター。
敵の接近を確認した王子様はモンスターの群れに向かって走り出す。
短剣を握り締めた王子様の後ろ姿に、私はどうしてか悲しい気持ちを覚えてしまった。
☆☆☆
「こちらが買い取った魔石とドロップアイテムのお金になります」
ギルド(ダンジョン入り口前支店)の受付嬢さんから受け取った小さな麻袋の中を、私と王子様は一緒に覗き込む。
「わーい」
「王子様、すごーい」
袋の中に入れられた大量の硬貨を目にして二人同時に喜びの声を上げた。
右手に握る麻袋が重たい。こんなに沢山の金貨と銀貨を見たのは初めてだ。
「王子様がいっぱいモンスターを倒したおかげですね」
ホブ・ゴブリンの群れと戦闘を終えた後も、王子様は一騎当千の活躍でモンスターを殺戮していった。
バックパックにこれ以上採取物が入らなくなるくらいまで探索を続けた私達は、時間的にもこの辺りで切り上げた方がいいだろうということで、一緒に地上に帰還した。
私の顔を見上げる王子様は可愛い仕草で両手を伸ばしてきた。小さな手のひらの上に硬貨が音を鳴らす袋を乗せる。
モンスターを倒したのは王子様だから、当然このお金も王子様の物。私がギルド嬢から麻袋を受け取ったのは、受付卓よりも背が低い王子様の代わりにすぎない。
「シオンちゃんがいてくれたおかげなのです。僕一人でこんなにお金を稼いだことはないのです」
「そうなんですか?」
私達のパーティがそうだったように、ダンジョン探索は複数人で行うのが基本。
王子様の実力ならモンスターの群れとの戦闘も一人で切り抜けられるだろうけど、索敵、戦闘、死体処理と全てを一人でこなすのは大変。
私が荷物持ちとして作業の一部を請け負ったから、王子様が戦闘に集中できた。その結果、普段よりもモンスターを倒すことができたのだろう。
「お金がたくさん手に入ったということは、それだけたくさんモンスターと戦ったということなのです。それは僕にとってすごく嬉しいことなのです」
王子様は麻袋を受け取ると、金貨を一枚だけ抜き取って袋を私に返してきた。
「残りのお金はシオンちゃんにあげるのです」
「そ、そんな。受け取れないですよ⁉」
両手を振ってお金は不要の意志を示す。
さっきも言ったように、このお金は王子様の物だ。私に受け取る資格はない。
「こんなに沢山のお金を持っているとアネモネちゃん達に怒られちゃうのです。それに僕はお金のためにダンジョン探索をしているわけではないのです」
だからいらないのです、と王子様は私の両手の上に麻袋を置いた。
大金を渡されて私は困り果てる。
これだけのお金があれば、アンズさんに借りているお金を全て返すことができる。その上で、数日間ダンジョン探索をしなくても生活できるくらいのお金が余るだろう。
たった一日でこれほどのお金を稼げるから冒険者は人気なのだと、私は改めて実感した。
しかし、このままこの麻袋を自分の懐に入れてしまえば、私は五歳児からお金を奪い取った最低女になってしまう。
どうしよう、と悩んだ私は王子様とのある約束を思い出した。
「そうだ王子様、晩御飯を食べませんか」
王子様は小さな両手で自分のお腹を触った。
「僕もお腹が空いているのです」
「一緒に食事をしましょう」
王子様から預かったお金で、王子様に美味しいものを食べてもらう。王子様はお腹いっぱいになるし、王子様の為にお金を使うなら私の良心も痛まない。
次にとる行動を決めた私は立ち上がって周囲を見回す。
私達がいる場所は、ギルド(ダンジョン出入り口前支店)の中。この建物の中にある螺旋階段からダンジョン1階層に向かうことができる。
冒険者の一団が、麻袋を手にして喜びあっている。
一方で、これからダンジョンに向かう人達もいる。
ぐるりと見渡した建物の中にマーガレットちゃんの姿はない。
先に地上に戻った仲間達がこの場所で私の帰りを待っているだろうと思っていたのだが、その期待が見事に外れてしまった。
見捨てられたのかもしれない、と落ち込んでしまいそうになる。
きっとここから離れなければならない理由があったのだろう、と考えて心の平衡を保つ。
「すみません」
麻袋を渡してもらったギルド嬢さんに、もう一度話しかけた。
「どうしましたか?」
スーツ姿の女性は採取物の換金を頼んだ時と同じく笑顔で対応してくれる。
「白い髪の剣士の女の子を見ませんでしたか?」
「すいません。ここは沢山の冒険者が行き来をするので……」
困り顔をするギルド嬢さんの表情を見て、ここでの情報収集は諦めた。
王子様の方を見る。早くご飯を食べたそう、そして若干眠そうにも見える。
「レストランで食べるのです? もうお腹ペコペコなのです」
ダンジョン探索をしていた時から、王子様のお腹の虫は鳴っていた。王子様が空腹で倒れかねないという懸念も、探索を切り上げた理由の一つだった。
「王子様、食事の前に体を綺麗にしてもいいですか?」
私は自分の首から下を見下ろす。
血と埃と吐瀉物で汚れたボロボロの上着。我ながら目を当てられない姿をしている。
ダンジョンの中ならばともかく、この格好で街の中を出歩くのは気が引けた。
自分の体の汚れを落としたいのもだけど、新しい服に着替えたいというのが今の感情。
「それじゃあ僕もシャワーで汗を流すのです」
この建物には、ダンジョンから帰還した冒険者向けにギルドがシャワールームを設営している。血塗れの姿を見た街の人が冒険者を怖がらないようにという配慮らしい。
男性用シャワールームに向かおうとする王子様の肩を掴んで引き止める。
「王子様、見てください。七歳以下の子供は保護者と一緒に利用してください、と書いてあります。王子様は五歳児です。だから保護者と一緒に体を清めなければいけません」
「僕は男の子なのです」
「ダメです」
逃げ出そうとする王子様の上半身を後ろから抱き抱える。
「も、持ち上げるのは卑怯なのです」
見た目から想像できる通り王子様の体は軽い。荷物を詰め込んだバックパックよりも持ち運び易いくらい。荷物持ちにとっては何の負担にもならない。
腕の中でじたばたする王子様と一緒に女性用シャワールームを目指す。
「僕は男の子なのでえええええす」
建物の中にいる大勢の人の間を可愛らしい悲鳴が駆け抜けた。
デルフィニウム・ステイメン
種族:ヒューマン
所属:デルフィニウム・レガリア
Lv.1
力:A835 耐久:B774 器用:A804 敏捷:A864 魔力:i0
≪魔法≫
【】
≪スキル≫
【光合成】
・太陽の光を浴びることで全能力値上昇、成長速度上昇。
【花冠】
・植物の声を聴くことができる。




