表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Ria-Huxaru  作者: 熾 あはの
8/13

おそれている事Ⅲ

日が高く昇った頃、ムートも元気になり、アリエッタとアストロはムートの家へ戻った。出迎えてくれたアクアは、柔らかく微笑んだ。

「おかえりなさい」

「おにいのようすは?」

ムートが訊ねれば、アクアは悲しげに眉を伏せた。

「回復の兆しは、ないわ。それに、魔病が進行している」

もう長くはないかもしれないと、アクアは告げた。

「そんな……」

ムートは呆然と呟いて、アリエッタから貰った金の指輪を握り締めた。そしてとぼとぼと、ユーニの寝ているベッドの元へ歩いていく。

「ノビルニオは……まだ帰って来てないんだね」

アリエッタが言うと、そうね、とアストロが答えた。

「記憶はまだ戻らないのかしら?」

「解らないわ。今は彼女を信じてみるしかないわね」

アクアは言うと、アリエッタ達に別の事を訊ねる。

「"黒いフードの集団"は見当たらなかった?」

「ええ、影も見なかったわ」

アストロが答えると、アクアはほっとしたようだった。優しく美しい微笑みを浮かべるアクアに、アストロは胡乱気な視線を向ける。

「……アクアって、優しい人だと思ってたのに、そうじゃないのね」

するとアクアは、静かな瑠璃色の目を細めた。アリエッタは突然そんな事を言ったアストロを、訳が判らず見つめる。

「アストロ……?」

「いつも優しげににこにこしてるかと思ったら、あんな小さい子供を殺そうとか言い出したり。……あんたは、あたし達異端者を集めて、何をするつもりなの?」

厳しくアクアを見つめるアストロに、アクアは静かな声で言った。

「私には、使命がある。その為に私は貴女達を探していたの」

その瞳は冷徹で、いつもの彼女とは別人のような気迫がある。

「その為には、私はどんな手段をとっても構わないと思っているわ。例えそれが、人殺しでも」

「───ッ、あんたっ!」

「ちょ、止めなよ!」

アクアに掴み掛かろうとしたアストロを止めて、アリエッタは慌てた声で言った。アストロはきっ、と彼を睨み付ける。

「あんたもあんたよ、アリエッタ!あんたはそれで良いと思ってる訳!?」

アリエッタは咄嗟に叫んだ。

「僕はアクアを信じてる!だから、だから……!」

何故、そこまでアクアを信じられるのか、自分でも判らない。けれど、彼女の言う通りにしていれば、全てが上手く行くような気がした。それはただの直感だ。

それよりも、今は。

「────喧嘩は、止めようよ………。折角の仲間なんだから」

するとアストロは、ぽかんと呆けた顔をした。なかま、とその唇が動く。そしてみるみる内に顔を真っ赤にさせると、慌てたような声で叫んだ。

「なっ、仲間ってっ。確かに、な、仲間だけどさっ」

そう言った後、アストロはアクアを遠慮がちに見つめると、済まなそうな表情で呟いた。

「ア、アクア、ごめん。言い過ぎた」

するとアクアは柔らかく笑い、首を横に振った。

「いいえ、私こそ、ごめんなさい。何も言わなくて」

そしてアクアは真剣な顔で、付け足した。

「───いずれ、教えるわ」

そこに、この空気を感じていないのか、無視しているのか。ムートがこちらに向かって歩いて来た。その口は、ノビルニオノビルニオ、と反芻している。

「ムート、どうしたの?」

アリエッタが訊けば、ムートは難しい声で唸った。

「ノビルニオって、なにかできいたことがあるきがするんだ。なんだったっけ……」

そう呟いたムートは、とことこと再びユーニの方へ歩いて行った。ヒューヒューと、ユーニの苦し気な呼吸音が、やけに大きく聞こえた。



ノビルニオは、息を切らしていた。貴族の家が並ぶ、都市の某所。其処に彼女は立ち尽くしていた。痛む頭に堪えながら、ノビルニオは必死な形相で辺りを見回す。

ムートの兄ユーニを助ける為でもある。

しかしそれよりも、何よりも、恐ろしかった。

何も知らない事、判らない事、覚えていない事。

それがどれだけ愚かで、恐ろしい事を、彼女は知っているからだ。


────その所為で、わたしの兄は死んだのだから。


微かな記憶を辿って、ノビルニオは思い出す。

「わたしの……家……」

ノビルニオの足は、とある館の前で止まった。白い壁に白く大きな玄関が特徴的な、大きな館だ。標識には"Plum"という文字が彫られている。彼女は自然と、その館に足を踏み入れていた。ノックもせずに大きな扉を開く。

ぎぃ、と、扉の軋む音が鳴った。



「おもいだしたっ!」

突然、ムートは叫んだ。どうしたのかと少年を見つめるアリエッタとアクア、アストロに構わず、ムートは早口で捲し立てた。

「ノビルニオって、ノビルニオ・プラムのことだ!いちりゅうおんがくかの、むすめだってきいたことがある!」

ぽかんとするアリエッタ達を他所に、ムートは急ぎ足で外へ出る扉へ向かった。

「おれ、いってくる!おまえら、おにいのことみててくれ!」

「ちょ、ちょっと待ちなさいよ!」

アストロの声にムートは応えず、駆け足で家を出て行った。突然の事で反応出来ずにいた三人は、ムートを追い掛ける事が出来なかった。

「どういう事?プラム?一流音楽家?」

訳が判らず困惑するアリエッタに、アクアは考えるようにして呟いた。

「聞いた事があるわ。五年位前に流行していた有名な音楽家、プラム。其処の娘だったのね。知っている?」

アリエッタとアストロは互いに顔を見合せてから、首を横に振った。生きる事で精一杯だったアストロと、世間知らずなアリエッタにとって、音楽の事など知らなくて当然だろう。

「とりあえず、アリエッタはムートを追って……」

眉根を寄せたアクアの言葉に頷き掛けた。

その時。

人のものとは思えない絶叫が、小さな家に響いた。



館の中は静まり返っていた。

白を基調とした家具や装飾品は、何処か見覚えがあり、心が落ち着く気がする。広い玄関を見回して、ノビルニオは懐かしさを覚えて目を細めた。玄関の先に行くと、グランドピアノが置かれたリビングになっていた。その先は長い廊下になっており、いくつもの部屋へ続く扉が整列している。

ノビルニオはその廊下へ進み、一番手前にある扉に手を掛けた。しかし中の部屋を見るや否や、すぐに扉を閉め、別の扉を開く。

それを何度も繰り返していった。

しかしその手は、4回目の扉を開くと止まった。部屋の中で一番最初に目に付いたのは、グランドピアノだった。ピアノは窓から差し込む日の光に照らされ、黒く光っている。その次に目に入ったのは、豪奢なベッド。部屋の奥に机と椅子が一つ正しく置いてあり、その机の上には紙の束が乱雑に積まれていた。

此処が、自分の部屋。

そう思ったのは、殆ど直感だった。しかしそれは、確信めいてもいた。

ノビルニオは部屋の中に入り、一直線に机へと向かった。そして机の引き出しを開き、両手で漁り始める。暫くして、三段目の引き出しに、目当ての物があった。

「万能薬……!」

それは、小さな瓶に入った白い粉末状のものだった。日に翳すと、宝石のようにきらきらと輝く。ノビルニオはほっと胸を撫で降ろし、万能薬を大事に握り締めた。

これでユーニの魔病が治る。

急いで帰って、ムートの喜ぶ顔が見たい。

アリエッタ達の安心する顔が見たい。

そう思って、扉へと振り返った瞬間、


「遅いじゃない……」


低い低い、女性の声が鳴った。アルコールの匂いが鼻を衝き、冷たい手に心臓を掴まれたかのように、ぞっとする。開けっ放しの扉の前に、暗い顔をした中年の女性が立っていた。肩より上で切り揃えた銀髪、垂れ目がちの墨色の瞳。女性は暗い顔をしているものの、滲み出る華やかさが存在した。

その女性が誰なのか、判るのに、数秒掛かった。

「…………母さん」

暗い瞳でノビルニオを睨み付けていた女性、彼女の母は、ぶつぶつと小さく、声を漏らした。

「父とクレセントの墓参りをしに行くと言ってそれきり。あなたは何をやっていたの?……まさか、また勉強じゃないでしょうね……」

ふらりと母は部屋に一歩、踏み出した。扉が遮り見えなかったその左手には、酒瓶を持っている。

「あなたには、他にやらなければならない事があるでしょう……?ピアノよ。練習はどうしたの?やりなさい……やりなさいよ!」

大きな声で怒鳴られて、ノビルニオはびくりと身体を震わせた。

知っている恐怖だ。

知っている状況だ。

途端、今まで思い出せずにいた記憶の欠片が、走馬灯のように駆け抜けていった。



父の名前は、グレンという。

プロの指揮者であり、寡黙で雄大な父は、五年前、天災で亡くなった。

兄の名前は、クレセントという。

12歳という幼さでプロのヴァイオリニストになった兄は、五年前、父と同じ天災で亡くなった。

母の名前は、ケティという。

プロのピアニストであった母は、父と兄が亡くなった後、気が病んで酒を大量に飲むようになり、自分を罵倒するようになった。

そして、自分の名前は、ノビルニオという。

一流の音楽一家に生まれた彼女は、けれど音楽の才能がなく、その事実から逃れるかのように、勉学を勤しむようになった。

いくら頭が良くなっても、誉めてくれたのは兄だけだった。

それでも彼女は、図書館に引き篭り、勉強に没頭するようになった。

今まで思い出せなかった記憶が、みるみると思い浮かんでいく。その事にノビルニオはほっとし、けれどそこで、我に返った。

母がゆらゆらとこちらに近付いて来る。

「もう私には、あんたしかいないのよ、ノビルニオ……。やりなさい、やりなさい、やりなさい!」

酔っているのだろう、今にも縺れそうな足取りで、母はこちらに近付いて来る。その度手に持った酒瓶がゆらゆらと揺れ、不気味に輝いた。そして母は、瓶を持っていない手で、自らの頭を乱暴にぐしゃぐしゃと掻き回した。泣き叫ぶように、彼女は呻き声をあげる。

「どうしてあんただけが、生き残ったの!どうしてあの人とクレスは死んだの!……そうよ、あんたが、あんたが代わりに死んでいれば良かったのよ!!」

その科白に、ノビルニオは不思議と傷付かなかった。五年もの間、言われ続けていたからだろうか。

それとも。

「………母さん。わたしは」

ゆらゆらと近付いて来る母に、ノビルニオは話し掛けた。真っ直ぐと母を見据え、曇りのない声で、彼女は告げる。

喜ぶムートの顔が見たいから。

「わたしは、誰かを楽しませる仕事よりも、誰かを喜ばせる仕事がしたい」

すると母は、ぎらりとした目を彼女に向けた。尋常ではない輝きに、ノビルニオは思わずはっとして後退る、

「あんたは!私の言う事を聞いていれば良いのよ!」

殺気の籠った声で、母は叫んだ。

そして母は左手に持っていた酒瓶を振り上げると、ノビルニオに向かって振り降ろした。



断末魔のような絶叫は、ユーニの口から破裂したかのように漏れていた。

「ユーニ!?」

驚いて思わず口を開くアリエッタに、ベッドの上で苦しそうに悶えているユーニは、辛そうに碧色の目を開けた。

「…………に……げ……ろ……─────」

それきりユーニは、静かになった。

「ユーニ?ちょっと、大丈夫なの!?」

心配して彼に駆け寄るアストロは、ユーニの傍に来ると、きゃっ!と短い悲鳴を上げた。口元を押さえて、小さく震える。アリエッタもユーニの元に行くと、小さく息を呑んだ。

彼の、ユーニの身体は、真っ黒に染まっていた。剥き出しの首も顔も、耳も、腕も、全てが黒い斑点に覆い尽くされていた。そして腕から手にかけて、まるで獣のように毛が生え、鋭い鉤爪がある。

目を見開くアリエッタの後ろで、アクアが沈んだ声で呟いた。

「……手遅れみたいね」

するとアクアは宙に手をかざし、泡の粒子で銀槍を出現させた。それに気付いたアストロは、驚いたように言う。

「何をする気なの!?」

「この場で始末するわ」

「どうして!?まだ助かるかもしれないじゃない!」

「これ以上は、ユーニを苦しませるだけよ。それなら、早く楽にさせた方が賢明だわ」

静かに、悲しそうに瞳を翳らすアクアに、アストロは尚も反発しようとするが、


むくり。


突然、ユーニがベッドから起き上がった。

「え─────?」

アリエッタが声を漏らすよりも速く、真っ黒になったユーニは四つん這いになり、跳躍した。同時に、見えない衝撃がアリエッタ達にぶつかる。

「うわっ!」

「きゃっ!」

その衝撃で、アリエッタとアストロは成す術もなく吹き飛ばされる。

──────ダンッ

獣そのものの唸り声を上げて、ユーニは風の如くアクアに突撃した。アクアはそれの隙を見逃さず、銀槍で凪ぎ払う。

──────ダンッ、ダンッ、バゴンッ

ユーニは銀槍を紙一重で交わすと、再び跳躍し、家の薄い壁に突っ込んだ。家の壁は簡単に壊れ、ユーニの姿が外へと消える。

あっという間だった。

何が起きたのか、状況が掴めなくぽかんとしていたアリエッタだが、アクアの声で我に返った。

「アリエッタ、アストロ。外に行くわよ」

「外……?ユーニを追いに?」

起き上がりつつ問うアストロに、いいえ、とアクアは首を振った。

「魔物となったユーニを迎えに、魔物がこちらに来るわ。このままでは、シュタットに魔物が襲ってくる……!」



next

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ