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Ria-Huxaru  作者: 熾 あはの
6/13

おそれている事Ⅰ

わたしは。

わたしは、知っている。

何も知らない事、判らない事、

それがどれだけ愚かで、恐ろしい事を。



─────ガサッ

草むらから、小さな獣が顔を出す。大きさは兎のそれと同じで、体は不自然な程黒い。獣はキョロキョロと辺りを見回していて、動きが忙しない。

─────ガサッ

今度は別の草むらから、緑の頭が飛び出した。獣はそれに気付くと、まさに脱兎の如く逃げ出す。

「いたっ!」

若草色の髪が、その獣の後を追う。

童顔の少年だった。活発そうな燻し銀の瞳が輝き、その両手には短剣が握られている。ガサガサガサガサと草むらを掻き分けて、獣と少年は駆け抜ける。やがて獣はばてたようにスピードを落としていき、地面の出っ張りに躓いてごろごろと転がった。それを狙って、少年の短剣が振り上げられる。短剣で獣を切り裂こうとした瞬間、別の草むらから、長い棒のような物が飛んできた。

「!」

少年が驚いて目を見開く。それは白い杖のようだった。その淡く発光している杖の先端が、獣の頭を潰したきゅっ、と短い悲鳴を上げた獣は、無惨な姿となる。

やがて、それはさらさらと砂のように溶けていき、その中から"C"の形のチャームが現れた。少年は暫く固まってその光景を見つめていたが、やがてきっと眉を吊り上げて、草むらの方を睨み付けた。

「アストロ!」

草むらを掻き分けて出てきた少女は、勝ち誇ったようににっと笑った。金髪を頭の高い所でツインテールにし、勝ち気な瞳は、夕焼けのように朱い。

少女がチャームを拾いあげると、それは仄かに光り消えていった。対する少年はわなわなと震えて、少女の事を指差して叫んだ。

「アストロッ!あれは僕の獲物だったのにっ!」

「でも、仕留めたのはあたしよ」

少年の叫びをものともせずに、少女は地面に突き刺さったままの杖を引き抜いた。それは光の粒子となって、消えていく。少年も手から武器を消し去ると、その場に踞った。

「…アストロにどんどん先を越されていく……。武器もすぐ出せるようになるし…」

じめじめとし出した少年を呆れたように見つめて、少女は溜め息をつく。

「どうしてそんな落ち込むのよ、アリエッタ。アクアの話じゃ、チャームの魔物は二体いるって言ってたんだし、また探せば良いでしょ」

「そっか、そうだよね!」

「立ち直るの早っ」

「アストロも手伝ってよ」

「何であたしも……!?」


─────ガサッ


すると再び、草むらから獣が顔を出した。二人の視線が、交差し、獣を見つめて、きらりと光る。

「「いたっ!」」



日の傾いた、黄昏時。

「そう。二人共チャームを手に入れられたのね」

カラカラカポカポと馬車ななる音に、朗らかな声が重なった。

ケインから離れた、森の中。其処にアリエッタ達はいた。

薄い青色の足元まで伸ばした髪の、柔らかい美貌の女性は、少し困ったように微笑んだ。彼女の隣には、アリエッタとアストロが馬車に乗っている。何故か、アリエッタの身体は泥と擦り傷に塗れていた。

「それは良いんだけどさ、アクア……」

アクアとアリエッタの間を陣取るように座っているアストロは、げんなりしたように口を開いた。

「その追い掛けてた魔物が、う───っざい程素早くて、小さい穴に隠れるわ、高ーい木に登るわ、最後には崖の端まで逃げちゃって、捕まえるのにす───っごい苦労したんだから!」

「それを捕まえたのは、僕ね……」

対するアリエッタは疲れたように、乾いた笑みを漏らす。しかしその手に嵌められた指輪には、チャームを倒した証に、模様が更に刻まれていた。対するアクアは困ったようにするも、どこか微笑まし気に笑って、そんな二人を眺めた。

日の傾いた、黄昏時。

草木の生い茂った森を、赤い夕日が照らしている風景はひどく幻想的だ。アリエッタ達の乗る馬車も馬も、僅かに赤く発光している。アリエッタ達は、星の街ケインから離れた都市、シュタットへと向かっていた。其処に次の指輪の気配があるという。シュタットへ向かうと言ったアクアを見た途端、アストロは露骨に嫌そうな顔をした。

「都市って言ったら"グレイプニル"の本拠地がある所じゃない!危険よ、行かない方が良い!」

アリエッタは彼女の怒り様よりも、別の事が気になり首を傾げた。

「グレイプニル?」

するとアストロは呆れたように、アリエッタを見つめた。アクアも「知らないのか」と言わんばかりに、首を傾げ返す。アストロは言った。

「はあ?あんた知らないの?グレイプニルって言うのはね、異端者ーーあたし達ーーを捕らえて罰する役人の事よ。最近じゃ小さな子供だって知ってるわ」

その言葉にアリエッタは口を尖らせる。

「しょうがないじゃないか。僕は僕の生まれた街から出た事がないし、学校でも習わなかったんだから」

アストロひそんなアリエッタを見て、何故だかふふんと自慢気に無い胸を張った。

「言い訳は醜いわ、アリエッタ。学校へ通ってなかったあたしでさえ知ってるのよ」

また言い訳しそうになり、悄気るアリエッタを一瞥した後、アストロは再びアクアの方へ振り返った。

「……で、アクアはそれでもシュタットに行くって言うの?」

「其処に指輪を持った人がいるのだもの、行くしかないわ」

「"もしも"の時は……?」

アストロの問いに、アクアは静かな水面のような瞳を僅かに細めた。

「私が"どうにか"するわ」

その声が酷く冷たく、何の感情も入っておらず、アストロは空恐ろしくなって無意識に肩を震わせた。

まるで人を殺してもどうとも思わない冷酷さ。

それをアクアから感じ取った。

しかしそれも一瞬で、アクアはすぐに柔らかな微笑を浮かべる。

「……まあ、黒いフードの集団に正体がばれなければ良い話だわ。二人共、気を付けてね」

「え、ええ」

アストロは気丈に返事をして、再度アリエッタへ振り返る。

「アリエッタはっ!?聞いてたのっ!?」

「聞いてるよ」

アリエッタも負けじと言い返した。



森を通り過ぎ、墓地の横を渡る。

墓地の周辺は何処と無く、薄暗く恐ろしい。辺りは既に暗くなりかけていたが、墓地は輪を掛けて暗い、気がする。

「───アストロ」

「な、何よ」

「身体、震えてるよ」

「ばっ!馬鹿じゃなななないの!?あんただって怖いんでしょ!?だから声掛けたんでしょ!?」

「誰も怖いかなんて言ってないじゃないか……。あとアストロ、ラントさんの鍵握り締め過ぎ」

「だだだだから怖い訳じゃ───!」

顔色の悪いアリエッタと、祈るように鍵を握り締めているアストロの横で、アクアだけがいつも通り馬車を走らせている。

「大声を出すと幽霊は吃驚して逃げるって、聞いた事があるわ」

小さく微笑みながらアクアが呟くと、二人はギャーギャーと喚き出す。二人の素直な行動にアクアはくすくすと笑うが、すぐに眉を寄せた。


───確かに、此処だけ暗過ぎではないだろうか。


森を抜ける所まで、こんなに暗くはなかった筈だ。森を抜けて墓地に行くまで、そんなに時間はかからない。ここまで暗くなるのは、些か可笑しい。それに、指輪の気配も強くなっている。

アクアは目を凝らして辺りを見回すが、辺りが暗過ぎて見え難い。

そこで、異変に気付いた。

馬車を止める。

「────アクア?」

それに気付いて叫ぶのを止めたアリエッタが呟くのと同時に、


─────ドン!


と何かが爆発するような音が響き渡った。

辺りが一層と暗くなる。

「な、何!?」

驚き過ぎて声が裏返るアストロに、アクアは馬車から降りながら言った。

「アストロ、光を!これは闇の魔法だわ。光で打ち消せる!」

「わ、判ったっ」

アリエッタとアストロも急いで馬車から降りる。アストロは前に手をかざし、意識を集中させた。すると手の辺りから眩い光が漏れ出し、閃光する。辺りを光が埋め付くし、アリエッタは手をかざして目を瞑った。辺りから闇の靄が消え、通常の薄暗さに戻っていく。

「………凄い」

素直にそう思った。

まだこの力を使い始めて、数日しか経っていない。なのにこれ程の力が扱えるアストロは、才能があったのだろう。魔術に才能やあれこれあるかは判らないが。

関心している間に、墓地から闇の靄は晴れていった。アリエッタはゆっくり目を開けると、薄暗い墓地が見渡せる。

「アクア、アリエッタ!」

すると、アストロの声が右手の方向から聞こえてきた。何故だかその声は、少し困惑している。

「どうしたの?」

「人がっ、人が倒れてるっ!」

その科白にはっとして、アクアとアリエッタはアストロの方へ駆け出した。アストロが指差す方向、一つの墓の前に、一人の女性が倒れ伏している。

アリエッタ達は、その女性の元に駆け寄った。アクアが上体を膝に抱えるようにして、抱き起こす。女性に怪我をした様子はなく、身体は温かい。

女性は二十代位に見える。綺麗に切り揃えた銀髪を首の後ろで一纏めにし、燕尾服を動き易いようにした様な服を着ていた。その左手の中指には、銀の指輪が嵌まっている。紫色の小さな石が、微かに輝いた。

「大丈夫!?」

アリエッタが何度も呼び掛けると、女性は小さく呻き、ゆっくりと目を開いた。垂れ目がちで墨色の瞳が現れる。女性は暫く、アクアの顔を見上げていた。

「大丈夫ですか?」

アクアが優しく問うと、女性はぼんやりとしたまま、一人で上体を起こした。頭が痛むのか、頭に手をかざしている。

「──────ええ、大丈夫」

花のように甘く溶ける、声が鳴った。女性がアリエッタ達を順繰りに見回して、不思議そうに言う。

「あなた達が、助けてくれたのね?最初、凄く綺麗な女の人がいるものだから、天国にでも行ったのかと思ったわ」

どこかおっとりした口調で女性は言って、そして漸く、辺りを見回した。

「────あら?此処は、何処かしら?」

「何処か判らない?記憶を取り戻していないの?」

訝しげにアストロは問うた。

闇の靄を作りだしたのは指輪の力。

それをしたのがこの女性だとしたら、記憶は取り戻した筈だ。

「記憶?」

首を傾げる女性に焦れたように、アストロは言う。

「じゃあ、名前は?あんた、自分の名前言える?」

「名前………」

女性は暫く頭に手をかざしていたが、甘い声でその問いに答える。

「────ノビルニオ。わたしは、ノビルニオっていうのよ」

そして、人懐っこい笑顔を浮かべた。

「────なら、ノビルニオ」

墓地には静けさが戻っていた。難しい顔で唸るアストロとアクアに、ぽかんとしているノビルニオとアリエッタが向かい合う。

「って、何であんたまでぽかんとしてんのよ、アリエッタ!」

突っ込むアストロに、アリエッタはえーとと呟いた。

「だって、状況が読めなくてさ」

「あたしだって読めてないわ!それを今から確かめるのよっ!」

そうしてアリエッタがアストロ側に移動して。

「ノビルニオ。貴女はどうして墓地に来たのか、憶えている?」

アクアが気を取り直して問うと、ノビルニオはうーんと考えた。暫くして手を打ち鳴らす。

「そうだわ、わたし、兄さんの墓参りに来たのよ」

しかしノビルニオはそこで再度考え、

「───でも、"兄さん"って誰の事かしら?」

そう言って首を捻った。

「家族構成は?」

「母さんとわたしだけよ。───でも、母さんって誰の事かしら?」

この繰り返しだった。

どうやら彼女は、所々記憶が欠落しているらしかった。ある事はしっかり憶えていても、ある事は曖昧で思い出せない。

リア・ファルの力の影響だろうと、アクアは結論付けた。

「暫くすれば、治って記憶も元通りになる筈よ」

「ノビルニオには一緒に旅をさせるの?」

アリエッタが訊ねれば、アクアは頷いた。

「ええ。だって彼女が私達の探していた人だもの」

「……旅?」

アリエッタの科白に、ノビルニオは首を傾げる。そしてすぐに嫌々と首を振った。

「駄目よ。わたし、早く家に帰らなきゃいけないもの」

「でも貴女は、自分の家が何処だか判るの?」

アクアの問いにノビルニオな俯き、判らないと小さく呟いた。アクアは淡く微笑む。

「では、決まりね。グレイプニルのいるシュタットには行かなくて済むし、探し人は見つかった。一石二鳥ではないかしら?」

「そう言われればそうだけど……」

「アクアがそう言うなら……」

アストロとアリエッタは頷くが、ノビルニオだけが浮かない顔をしている。

当然だろう。

突然、見知らぬ人達と一緒に旅をすると、半ば一方的に決められてしまったのだから。

ノビルニオが何か言い出そうとした時、

「まてっ!」

子供の声が、墓地に響き渡った。

四人がはっとして振り返ると、草むらの中から、ぴょこんと白灰色の頭が飛び出した。ガサガサと草むらを掻き分けて、小さな子供が現れる。

十歳にも満たない位の、幼い少年だった。葉や小枝のついた白灰の髪を気にせずに、大きな碧の瞳は、純粋に輝いている。少年は右手に持った木の棒をアリエッタ達に突き付けて、大きな声で言った。


「おまえら、異端者だろ!」


突然の発言に、四人はぎょっとした。

「おれ、みてたんだぞ!きんぱつがてからひかりをだして、くろいもやをけしたのを!あれはぜったい、まほうだった!」

その科白に、アリエッタとアクアを腕で引き寄せ、アストロはさっと顔を青ざめる。そして小声で怒鳴る。

「言った傍からばれたじゃない!どうするのよ!?」

「あの位の子供の発言なら、グレイプニルは信じないかもしれないわ。───それとも」

冷静に言うアクアは、すっと瑠璃色の目を細める。

ぞっとする程冷たいものが、その目に宿る。

「────この場で片付けるか」

アストロはぞっと背筋を凍らせた。

「ちょっ、あんな子供を殺すっての!?それこそ非道よ!」

「でも、それしか方法がないのなら、私はそれを実行するわ」

淡々と言うアクアに恐れを覚えて、アストロはアリエッタの服を引っ張った。

「ア、アリエッタも何か言ったらっ」

「僕?」

アリエッタはぽかんとしていたが、暫く考えて、

「このままじゃグレイプニルに見つかって殺され兼ねないし……、アクアがそう言うなら」

「殺しても良いっての!?」

カッとしたアストロをアリエッタが宥める。

「もしもの時だって!そうでしょ、アクア?」

「ええ」

柔らかい表情に戻ったアクアは頷くと、視線をずらした。つられてアリエッタとアストロもそちらを見る。

そこでは、

「坊や、こんな時間に一人で出歩いたら危ないでしょ?」

ノビルニオが少年に近寄り、目線を合わせる為しゃがみながら話し掛けていた。少年が飛び跳ねて憤慨する。

「こどもあつかいするな!あぶなくないったら、あぶなくない!」

そう言って木の棒を振り回す少年に、ノビルニオは人懐っこい笑みを浮かべた。

「わたし、ノビルニオ。坊や、あなたのお名前は?」

その笑顔に気圧されたように、少年は黙りこくる。そして暫くすると、

「……………ムート」

そう呟いた。

「そう。ムート、夜道は危ないわ。家まで送ってあげる」

ノビルニオは立ち上がって少年、ムートの手を引こうとするが、

「ま、まてっ!」

ムートはその手を払い、アリエッタ達を睨み付けた。その碧の瞳は何処までも真っ直ぐで、濁りがない。

「おれは、おまえらをグレイプニルにほうこくするきは、ない!」

意外な言葉に、アリエッタとアクア、アストロは眉を寄せる。ムートの表情は、どこか切羽詰まっているように見えた。

「おまえら、まほうがつかえるんだろ?なら、おねがいだ!まほうでおにいのびょうきを、なおしてくれ!」



…NEXT?

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