黒き獣との遭遇
雷樹はしばらく放心したあと、ここを動くことにした。
この世界のことは、何も知らないので、いつ何が起こるか全く予想がつかないため、ここに留まってるより、動いた方がいいと考えたのだ。落ち着いてきたので、周りを見渡した。
雷樹がいた場所は、開けた場所で、周りは森みたいに見えるが、草木は全て枯れているように見える。空は見える範囲だと、全て、赤黒い空にしか見えない。
そして、雷樹以外に人はいないようだ。妹の唯香がいるかもと期待したが、やはり、雷樹一人でこの世界に来てしまったようだ。
一先ず、この世界の町みたいなところを目指すことにした。そこに行けば少なくとも、危険は減るだろうと判断したのだ。
動く前に、改めて周りを見渡して雷樹は……
(……しかしこれは、本当に森か? あの枯れてる木みたいなのに付いてる葉っぱが、一切落ちてないように見えるが?)
雷樹はそこら辺に見える草木を見て、枯れているようには見えるが、葉っぱや木の枝が、殆んど、地面に落ちてないのだ。少し不気味に思えるが、考えて仕方ないので、とりあえず動くことにして歩き始めた。
……暫く歩き続けていたが、景色が一向に変わらないため、不安になってきた。だが、動かないままでいたら、何が起こるかわからないので、歩き続けることにした。
雷樹は歩いている途中で、ふと思ったが、そもそもこちらの世界の言葉は、通じるのか?ということだった。
(唯香に聞くの忘れてたけど、この世界の言葉はどうすんだ? マンガだと、こういうのって、召喚されたときに理解できるようになるみたいな感じだけど、あの魔法陣にそんなのできたのか?)
雷樹は唯香に聞くのを忘れたため、かなり不安になってきたが、それはもう試すしかないので、この世界の人に会うまで、諦めることにした。
そんなことを考えてたところに、突如、後ろの方でーーーー
"ズズッーー"
という、不気味な音が聞こえてきて、雷樹は振り返って見たものは、いつの間にか出来ていた、黒く丸くて、渦みたいになってる、人が通れるくらいに、大きい穴だった。
と思っていたのもつかの間、穴から何かが出てきた。
穴から出てきたのは、犬みたいな動物に見えるが、全身が真っ黒で波打ってるのだ。見てるだけで、吐き気が込み上げて来るが、今はそんな場合ではない。
(くっ……不安が的中しちまった。とりあえずあれが、どう行動を起こすかだな、こっちを無視してくれるとありがたいんだけどな)
雷樹は無視してくれと思ったが、残念ながら、それは叶わなかった。
出てきてから、じっとしていた犬みたいな動物が、動き始めて、こちらに目線を送ってきたからだ。
少し見つめたあと、犬みたいな動物……黒い獣が、地面が割れるようなかなり大きな遠吠えを発した。
(ぐっ! 犬みたいな見た目なのに、なんだこのバカでかい遠吠えは! 見た目が動物なだけで、中身は全く別なのか!)
雷樹は近距離で聞いたため、耳が痛くなったが、そんなことを思ってる場合じゃないと思い、すぐにその場から立ち去ろうとした。
しかし、あの黒い獣は、それを許してくれないみたいだ。遠吠えを発したあと、ゆっくりとした動きで、こっちに向かってきたのだ。
「なっ! こっちに来やがった! とりあえず逃げるしかない!」
あの黒い獣は恐らく、普通の動物とは違うように見えるので、今の雷樹では為す術もないと思い、走って逃げることにした。
だが、あの黒い獣はしつこく追ってきている。
「完全に俺がターゲットってわけか……このままじゃ追い付かれる!」
いずれ追い付かれるので、どうしようかと考えていたら、前方に、木の枝が落ちているのを見つける。木の枝でどうにかなるとは思えなかったが、ないよりはマシなので、拾って応戦することにした。木の枝で怯ませて、怯んだところを全力で逃げる、という算段にした。
「中身は違うんだろうけど、結局は、動物は動物だろうっ! ならやるしかない!」
と言ってたところに、黒い獣がこっちに突っ込んで来たので、それをなんとか避けて、木の枝を思いっきり振り上げて、黒い獣に叩きつけた。
だが、
"ガンッ!"
と音がなるだけで、特に、黒い獣の身体は傷つかず何も起きなかった。さらには、打ち付けたはずの木の枝も、何一つ傷つかず折れてなかったのだ。
その異常な光景見て、雷樹はびっくりしてしまった。
「なっ! こいつめちゃくちゃ硬いぞ! 体に全然食い込まねー! ……それになんで、硬いところに打ち込んでるのに、木の枝も折れてないんだよ! やっぱりここは異世界なんだな!」
雷樹は謎の結論に達し、考えるのを諦めた。だが、考えを諦めたところで、黒い獣が諦めて帰ってくれることもなかった。
…………数十分後、奇跡的に黒い獣の攻撃を、何回か回避し続けたり、木の枝で攻撃してたが、それも長くは続かなかった。体力がなくなってきたのだ。
「はぁ……はぁ……はぁ……くそっ……もうっ……体力が……持た……ねーよ。マジ……で……どう……する……?」
そろそろマジでヤバくなってきて、膝に手をつけて、ほんの少し休んでた雷樹は、どうするか考えてたところに、あの黒い獣が、いい加減切れたのか、突如、スピードを上げてきて、雷樹の目の前に迫ってきてた。
(あっ…………ヤバい……死んだな……これは……。…………唯香……ごめんな……俺……生きて……唯香に……もう……会えない……)
雷樹は心の中で、唯香に謝罪し、死を覚悟した。その時ーーーー
「伏せてっーー!」
と言う声に、咄嗟に動いて、体を伏せた。
そしてすぐに、前の方から、黒い獣の悲鳴が聞こえて、地面に落ちる音が聞こえた。
少しして静かになったので、体を起こそうとしたところの、前の方から声を掛けられた。
「大丈夫、君?」
そう言い、手を差し出して来てくれたので、手を取り、顔を上げたら、そこにいたのはーー
帽子からちらりと覗く、銀色の、綺麗な髪をした人だったーー