プロローグ
〈この世界〉は、かつて魔王によって世界を支配されていた時代があった。
だがそれは遥か昔の話、今はその面影は一切なく、平和な日常が続いていた。
そんなある時、とある小国に《ひとつの闇》が舞い降りた。
その《ひとつの闇》は、とてつもない力を秘めていて、世界を支配できる力を持っていることがわかった。
そして《ひとつの闇》の力を知った小国は、その秘められし力を自国のものにして、全世界に対して「この世界は我々が支配する」と宣言したのだった。
こうして〈この世界〉は、平和な日常から一転、無秩序な非日常に変貌することになるのだったーーーーーー
ーー朝、目が覚めると、いつもと変わらぬ、部屋の天井が目に入ってきた。
少年ーー霧ヶ峰雷樹は、眠い目を擦りながらベッドから起き、いつものように学校に行く準備をし、朝食をとり、そして学校に向かう。そんな毎日を、日々送っていた。
そして雷樹の日常は、学校が終わると、大抵は一日中……人助けだ。
重い荷物を持ってるおばあちゃんを見かけたら、その荷物を持って、目的地まで一緒に行ってあげたり。街でケンカが起きてれば、それを仲裁したり。子供が困ってたら、その手伝いをしたりなど。困ってる人がいれば基本的に人助けをしてしまう性格だ。なので毎日、人助けをして一日が終わることがほとんどだ。
そしてもう一つ、雷樹には一つ下の妹がいるのだが、約10年前、【ある事件】があり、それがきっかけ(その事件の記憶を雷樹はなぜか覚えていない)で、妹は兄の雷樹と、一切会話をしなくなってしまった。
当然、学校に一緒に行くはずもなく、いつも別々で登校していた。
そして、家でも会話をしない。ただ一応ご飯を食べるときは、たまに一緒になるときがあれば、その食卓には座るみたいだ。しかし、食卓で一緒になるときは、一切この兄妹は会話をすることがない。なので、両親は困ってたりする。
最初は、雷樹も妹と会話を試みようとしたのだが、妹の方が全く喋ろうとしてくれなかった。
その後、雷樹は両親と協力し、よりを取り戻そうと色々、頑張っていたのだが、結局、無駄に終わって、今ではもう諦めている。
そうしていつしか雷樹の方からも妹と喋ろうと、思わなくなっていった。
ーーちなみに妹は、両親とは普通に喋っている。ただし、兄の雷樹が一緒にいるときは、喋ることがないようだがーー
そんな雷樹の、日々の人助けと妹との変わった日常以外は、毎日平凡な日々が続いていた。
そして、そんなある日の放課後、家に帰ってきて部屋に戻るなり早々……。
「お兄様、お話があるのですが」
と言いノックして、部屋に入って来たのは、少女ーー妹の霧ヶ峰唯香だった。
「……………………おっ……おう、ど、どうした、唯香?」
雷樹はかなり狼狽しながら答えた。
約10年間、全く喋っておらず、急に声を掛けられても、戸惑うのは当たり前だ。
「お兄様? どうしました?」
と、唯香の声を聞いて、少し放心していたところ、再び声を掛けられたので……。
「い、いや、かなり久しぶりに唯香の声を聞いたからな、ちょ、ちょっとぼっーとしちゃってな、悪い悪い」
「ーーっ! そっ、そうですか? 私はよくお兄様の声は聞いてますが?」
と言われ、え?ってなった雷樹は、疑問に思ったので聞いてみた。
「そうなのか? 俺は全くこれっぽっちもこの10年間、聞いてないんだが、……唯香はいつもどこで俺の声を聞いてるんだ?」
「そ、それはですね、……学校でとかです」
「……そりゃまぁ学校にいれば、話し声くらいはたまに聞くかもしれないけど、俺は学校で一度も聞いたことないぞ? ……まぁいいや唯香とは、家でも学校でも喋ってなかったからな…………たぶん10年ぶりくらいだと思うぞ」
と言ってこの約10年間をしみじみ思っていたところ……。
「それでですね、お話と言うのが……」
唯香が急に、真剣な感じになり始めたので、雷樹も緊張した面持ちで聞き返した。
「あぁ……それで話ってのは?」
「はい、お兄様、私と一緒に……」
と、一拍、間を空けてから……。
「私と一緒に、異世界〈ダームズ〉に行っていただきたいのです!」
……雷樹は一瞬、何を言われたのか、全く分からなかった。
聞き間違いかと思い、唯香にもう一度聞き返した。
「唯香、すまないがもう一度、言ってもらえないか?」
「今言ったことは聞き間違いではないですよ、お兄様。……ではもう一度言います。ーーお兄様、私と一緒に、異世界〈ダームズ〉に行っていただきたいのです」
やはり聞き間違いではなかったようだ。だが、さすがに意味がわからないので理由を聞いてみた。
「異世界に行くってあれか? マンガとかアニメでよくある、異世界転移とか、異世界転生ってやつか?」
「……転生は今回行う方法とは違いますが、まぁ簡単に言ってしまえば、そうなりますね」
「だがなんで突然、異世界に行くってなるんだ? それにそんな突拍子もないこと急に言われても、中々信じられないと思うぞ? あとなんで行かなくちゃいけないんだ? その理由は?」
と、いろいろ質問してしまうが、仕方のないことだろう。いきなり異世界に行くだなんて、非現実的なことを急に言われても普通に言って意味が分からないし。それで、はいそうですか、と簡単に言えるはずもなく、すぐには信じられないのだから。
「一辺に聞かれても困ります」
案の定、唯香は困ってしまった。
そして、雷樹が落ち着いたところを見計らって、唯香が話を再開した。
「では一つずつ答えていきます。元々私が行こうと思ったわけではなく、あちらの世界……異世界〈ダームズ〉から私達……正確には私にですが、接触してきた者がいたのです。まぁ接触と言っても、正確には姿が見えない何者かに声を掛けられてですが……。それでですね、その者が言うには、本来私達を召喚で呼び出そうとしたそうなんですが、なぜかできなくて、原因を探ろうにも、召喚出来なかった理由が全く分からなかったみたいなんです。それで結局、原因が分からなかったので、召喚が出来ないと諦めて、直接、私に接触してきたみたいなんです。それで召喚しようとした理由なんですが、私達に何か協力をしてほしいことがあるからとのことなんです」
その話を聞いて雷樹は、
(……なんだ姿が見えない何者かに声を掛けられたって、めっちゃ怖いな! 唯香はよくそれで平気だったな! それに俺達……召喚されそうになってたのかよ! よく召喚されなかったな! マンガとかだと普通こういうのって確か、気づいたら召喚されてました、みたいな感じじゃなかったっけ? ……まぁ今はそんなこと考えても答えなんて出るわけないんだからあとで考えるか……とりあえずは今のことだ)
話を聞いて色々と思ったことがあり、怪しさこの上ないのだが、一先ず話を進めることにした。
「……まぁ言いたいことは色々あるが、とりあえずその協力してほしいことって言うのは、世界を魔王から救ってほしい、みたいなことか?」
「…………いえ、内容までは聞いてませんので、協力してほしい理由までは分からないのです」
「分からないだって? それって怪しくないか? それになんで聞いてないんだ?」
その話を聞いて、ますます怪しさを覚えた。
そして、その続きを唯香が話し出す。
「もちろん私も最初は、かなり怪しいと思いはしましたが、その接触してきた者が『あること』をして、その話が真実なのだと思うことにしたのです」
「思うことにした?」
「はい、証拠がないので、言葉でしか伝えられませんが、その接触者が『魔法』と言うものを使用したのです。もちろんこちらに被害がおよぶような、強力なものではなかったので大丈夫でしたが、そしてこれが異世界があると判断した理由の一つです」
「魔法だって? とてもじゃないが信じられないな」
その話を聞き、胡散臭いと思った。
「……まぁいい、それで?」
だが、話を聞いたのだから最後まで聞くことにした。
「二つ目は、私も最初は、行く理由がないので断ろうとしたのですが、ふと思ったのです。これをきっかけによりを取り戻せるのではないのかと」
「ーーーーなんだって?」
雷樹は唯香の言葉に驚いた。
「私は……10年前の【あの事件】を引き起こしたことをいまだに後悔してます。なので10年前、私はその戒めとして自らに、大好きな兄と喋ることを禁止にすると決めたのです」
10年経って今初めて、喋らなかった理由を知りびっくりしたが、ふと、疑問に思ったことがあったので、先にそれを聞いてみるとこにした。
「でもそれって、こっちから何か聞きたいことがあるときとかは喋っちゃダメだったのか?」
「……その事には後で気がついたのですが、そのときにはもう……ある理由から無理だったのです。なので、そのある理由で私からお兄様に声を掛けることが一切できず、近くにお兄様がいる場合、私は喋ることが一切できなくなってしまったのです……」
その戒めとやらをしただけで、喋ることができなくなるなどと、とても信じられないが、とりあえず理由を聞くことにした。
「その理由ってのは?」
「申し訳ありませんが、その理由については、今は言えません」
理由については気になるが、どうやら、言えない事情があるみたいだから、今は無視して、話を進めることにした。
「分かった。その理由については、言えるようになったときに教えてくれ、続きを頼む」
「お兄様、ありがとうございます。では続きをお話します」
唯香はお礼を言ってきて、話の続きをし始めた。
「そして時が約10年過ぎたある日、その戒めが急に解けたのです。そして解けたその日に、先ほどお話しした、異世界から接触してきた者がいて……今に至ります」
その話に気になるところがあったので、聞き返した。
「戒めが解けた、だって? それはどういうことだ?」
「解けた理由まではわかりません。それで詳しいことは言えないのですが、その戒めとは、ちょっとした呪いで行ったことなのです。それが急に解けたことによって、私はお兄様と喋れるようになり、先ほど言った、これを気に、よりを取り戻せるのではないかと思ったのです。自らが約10年間、喋らずにいたのに、いきなり喋れるようになったからと、よりを取り戻そうなどと思うことは……お兄様にとってはおこがましいと思われるかもしれませんが……」
そんな想いを語った唯香に、雷樹は思ったことを伝えた。
「そんなことはない…………とは言いきれんが、喋れなくて色々思ったこともあったし、どうして喋ってくれないんだろうと悲しく思うこともあった。だが今日、唯香がその想いを打ち明けてくれて、喋ってくれなかった理由もわかったからな。そして久々に唯香と喋れて、とても嬉しかったし、楽しかったよ。……何より10年ぶりに聞いた、唯香の声は、すごく綺麗だった」
と言った直後、最後の方、自分は何を口走ってるんだとすぐに気づいたが、ときすでに遅し、唯香はそれを聞いて、かなり顔を真っ赤にしていた。
「すっ、素直にありがとうございますと、いっ、言っておきます!」
そんな、照れた唯香を見て可愛いと思ったことは……秘密だ。
「ごほんっ! ……以上が、私が異世界に行くと決めた理由の全てです」
唯香は咳払いをして誤魔化した。雷樹はそれに気づかないふりをして、話を再開した。
「なるほどな~、けど、異世界に行かなくても、こっちでよりを取り戻すこともできるよな?」
「……おそらく、あの接触者がこの世界から立ち去ったとき、私の戒めが再び起こるような気がするのです。……実は戒めの解き方が分かっていないので、解けているのか確認する方法がないのです。なので戒めが完全にはまだ解けてはいないのでは?と思っているのです。それで、その異世界には『魔法』があるとのことなので、異世界に行くことにより、その戒めを完全に解除する方法があるのではないかと思い、行く決断をしたのです!」
雷樹はここまでの話を聞き、唯香も色々と悩みこんで、色々と覚悟を決めて、この決断をしたのだと思い至った。
そして雷樹は……。
「……よしっわかった! 唯香が覚悟を決めて、こう決断してるのに、兄貴の俺がうじうじ悩んでても仕方ないな! 俺も一緒に行こう!」
雷樹はすぐに、異世界に行く決断をした。
「ーーっ! よ、よろしいのですか! そんな簡単に決断してしまって! お友達と別れることになるのですよ!!!」
「それは唯香だって一緒だろ? そこも悩んでの決断なんだろ? なら、俺が悩んでても仕方がない! 俺は唯香の兄貴だからな! たまには妹のために兄貴らしいことをしなくちゃいけないしな! ……と言っても、10年も経っちまったけどな……。それに、仮に唯香が一人で行くって言ったとしても、結局は父さんと母さんに言わなくちゃいけないだろ?」
「ーーっ! ……はい……そうですね。父様と母様にも言わなくてはいけません…………」
やはり唯香は、両親に伝える覚悟を、まだ決めきれていなかったみたいだ。
「よし! なら今日の夜に早速、話をして了承を得ないとな!」
「……ぐすっ……はいっ……、お兄様……、ありがとう……ございます」
唯香は涙ぐみながらお礼を言ってきた。
雷樹は胸がほっこりした。約10年間、唯香と喋れなくて寂しかったけど、今日喋ることができて、とても嬉しかったし、楽しかった。
雷樹はそれで十分だと思ったが、唯香はそれで納得しないだろう。なので唯香の願いを叶えるために、雷樹は必ず両親を説得して異世界に行くことを決意した。
雷樹は両親にどう説得しようか悩んでるところに、あることを思い出した。
「……なぁ、そういえば、どうやって異世界に行くんだ? 向こうから召喚はできないんだろ?」
そう、異世界に行くにはどうしたらいいのか、雷樹は今さらながらに思い出したのだ。
唯香はもうすでに泣いてはおらず、兄の質問にしっかりと答えた。
「一応あの接触者が、ある『魔法』を伝授してくれまして、こちらの世界でも、その『魔法』だけを使用できるように改造したみたいなんです。なのでそれに関しては問題ありません」
「改造ね~、改めて異世界の魔法とやらはすごいなと思うしかないな」
「………………そうですね」
雷樹は(ん?)と思い、唯香の返事が遅かったことを気になったが、深く考えることはしなかった。
そして夜に向けて、雷樹はどうやって両親を説得しようか悩むのだった…………
数日後…………結局、あの日の夜の説得は思いの外、すんなりと進んだ。
と言うのも、両親はその話を聞いて、最初の方は、驚いたり困惑したりして、その話がかなり怪しい感じしかしなかったので、反対していたのだが、雷樹と唯香が喋ってる姿を見て、再びこの光景が見れて嬉しかったみたいで、二人とも涙を流したのだ。
この世界に残れば、二人は再び喋ることができなくなると聞き、それに二度とこの世界に戻ってこれないわけではないと聞いたので、最終的に二人を送り出すことを、両親は決断してくれたみたいだ。
ーーそして出発の日、雷樹の部屋の窓の外からは、満月の光が一面に冴え渡っている、そんな光景がよく見える。
満月がよく見える日でなければ成功しないとのことなので、今日この日に決まった。
「いよいよか……」
そう言って雷樹は、自分の部屋に展開してると思われる、魔法陣と呼ばれるものを見ながら答えた。
「……はい、いよいよ今日この日、異世界〈ダームズ〉に行くのですね。緊張してきました」
唯香が緊張してると聞いてびっくりした。いつも学校とかで見かける唯香は、まさしくクールと言っていいほどの一言に尽きるのだ。
「唯香でも緊張はするんだな、結構、冷静だと思ってたよ」
「酷いですお兄様! 私だって緊張ぐらいしますよ!」
と言って怒り出す唯香に。雷樹は謝った。
「悪い悪い、それにしてもしばらくはこの世界ともお別れか~、その戒めの解除の方法って、すぐに見つかるもんなのか?」
「さすがに異世界といえど、どの『魔法』を使って解除すればいいかなど、すぐにはわからないのではないかと思います。なので早くても数年は掛かるかもしれないですね……」
その答えを聞き、さすがに数ヵ月で帰還はできないか、と思ったが、そこで雷樹は別のことを、今思い出した。
「……なぁ唯香? 今の今まですっかり忘れてたんだけど、異世界に行く理由って、戒めを解除するのが本命なんじゃなくて、あの接触者?から協力してほしいことがあるからって言われて、異世界に行くことが本命なんだったな、すっかり忘れてたよ」
「ふふっ、お兄様、お忘れになってたのですか? 私はそれを含めて、数年掛かるとおっしゃったのですよ」
なるほど、それを含めての数年だったみたいだ。ならば、友人達ともうちょっと話をしておけばよかったと、雷樹は少し後悔した。
ーーそして、いよいよそのときが来たーー
「お兄様、時間になりましたので、魔法陣の上に乗ってください。準備を始めます」
「わかった」
こう答え、唯香と一緒に魔法陣に乗り、唯香が呪文?みたいのを唱えようとした、その時ーー
「そうはさせぬっ!!!」
と、突如、知らない声が、窓の外から聞こえてきた。そしてすぐに窓の外から声を発した何者かが中に入ってきた。
そしてーーーー目の前に現れたのは、口許を黒い布で隠し、黒装束を着込みーーーーまるで忍者みたいな格好をした少女だった。
「貴様らを、〈あの世界〉には行かせぬ、ゆえにここで死んでいけ!!!」
いきなり現れては、意味不明なことを言ってきたこの少女はなんなのか、雷樹はとりあえず、思ったことを聞いてみることにした。
「お嬢さん、迷子か? こんな時間に出歩いてたら危ないだろ? 家に送っていってあげようか?」
「黙れっ! 穢れた悪魔どもがっ! 我ら《神霊協会》は、何千年経とうと、貴様ら悪魔を許す筈がない!!!」
何を言ってるのか全然わからないが、何やら、あの謎の少女には、並々ならぬ事情があるみたいだ。
「………………お兄様、申し訳ありません。私の代わりにこの……呪文を唱えてもらえませんか?」
と、小さい声で唯香が言ってきて、呪文?みたいなものが書かれている紙を渡してきたので、それを受け取った。
「? あぁ、それは構わないけど、唯香はどうするんだ? それになんかあの子、尋常じゃないくらい、俺達のこと恨んでないか?」
「あの子のことは、私が対処しますので! 早く呪文を唱えてください。お願いします! お兄様!!!」
そう言いながら、魔法陣の中から飛び出した唯香は……。
「…………我が理を今ここに、解除する! 来て! 我が《…………………………………………》ーぁぁぁーーーーーー!!!」
そう唱え(一部、日本語ではなかったので聞き取れなかった)、周りを光が発した。そして、唯香の手に現れたのは、とてもこの世のものとは思えない、綺麗な深紅色のーーーー言ってしまえば、マンガやアニメに出てくるような、本物にしか見えない剣だったーーーー
雷樹はあり得ない光景を目にして、思ったことを、思わず呟いてしまった。
「…………唯香? …………なんだそれは? あの接触者?とか言うやつに受け取ったのか?」
「お兄様! この事については後でちゃんと説明しますから、今は早くっーー!」
唯香がそう言ってる途中で、突如、あの謎の少女がこちらに突っ込んできていた。そして、いつの間にかその手には剣を持っていて、その持っていた剣で、唯香の持っていた剣と激しいぶつかり合いを始めていた。
ーーその光景はとても、現実のようには見えなかった。
「……なんだこれは? こんなことが現実にあるのか……?」
雷樹はその光景に呆然と見とれたまま、呟いていた。
そして唯香と対峙している、あの謎の少女が、かなり驚いた感じで呟いていた。
「くっ! こちらの………………と聞いたが、この………………とは…………ないぞ! あの…………め! 我を……たな!」
だけど、所々、あの謎の少女が言ってる言葉をうまく聞き取れなかった。
「お兄様! あまり長くは持ちません! 早く……早くお願いします!」
唯香の声に「はっ!」となって、目の前の光景は現実だと突きつけられた。そして、なぜか唯香の声は、はっきりと聞こえるので疑問には思いはしたが、唯香の切実な声を聞き、今はその疑問を一旦忘れ、覚悟を決めて、呪文を唱えようとしたが、その紙に書かれている文字を見てびっくりしてしまった。
なんて書かれているのか、まるで読めなかったのだ。
「ーー唯香っ! すまない! これーーなんて書いてあるんだ!? 全く読めないんだが!」
「ーーっ! …………分かりました。少し……お待ちくださいっ!」
剣と剣とで激しく打ち合ってるのに、そんな状態で唯香は何かをし始めーー
「ーー今、あの接触者にお願いして、日本語に直してもらいましたので、読めるようになっている筈です! お願いします! お兄様!」
どうやって会話したのか、気になったのだが、おそらく魔法とやらで会話をしていたのだろうと思い直し、改めて紙を見直すとーー読めるようになっていた。
「よしっ! これなら読めるな! 何々、{新月満ちるとき、今、この者達を異世界に導かん! 我らーーーーってなんだ!!!」
呪文を唱えてる途中で、急に魔法陣が輝き始めた。
「……っ! なんだいきなり!」
「まさか……! そんなはずはありません! しかし、これは……!」
と、魔法陣の光に驚いて、謎の少女と唯香は剣の打ち合いをやめ、その様子を見てたところ、突如、魔法陣が動き始めてーー
「ーーっ! いけません! お兄様、その魔法陣から早く退いてください!」
だが、ときすでに遅し、魔法陣はすでに動き出している。
「そんなっ! 魔法陣の暴走! もうすでに起動を始めている! ーーダメ間に合わない! お兄様! お兄様ぁぁぁーーーーーー!」
そんな声を聞き、これはもうどうにもならないなとは思いはしたが、それでもーー
「唯香! 唯香ぁぁぁーーーーーー!」
と声を出して、手を伸ばそうとしたが、突如、目が開けられないほどの光が周りに満ち、ーーそして魔法陣は起動した。
そのあとすぐに雷樹は、起動した魔法陣の余波で意識を落としてしまったーーーーーー
ーーーーお兄様ーーーー
そんな、唯香の声が聞こえた気がして、雷樹は目を覚ました。だが、起きたはいいが、まだ目を開けることができなかった。
なんで目を開けられないのか、自分はここで何をしていたのかと、考えようとした矢先、直前のことを思い出す。
ーー自分の部屋で、異世界に行く準備をしていて、突如、謎の少女の襲撃を受け、唯香が、その謎の少女の対応をする代わりに、自分が呪文を唱えることになり、そして唱え始めたところ、いきなり魔法陣が暴走し、その後、強烈な光が発生し、気を失ったのだと思い至った。
幸い、時間が経つにつれ、目が回復してきたので、特に問題はないと判断し、数分後、徐々に開けられるようになってきたので、光に慣らすために少し目を開けた。
……そして少し経って、目が光に慣れてきたので、どこにいるのか見ようとして、周りの景色を見て雷樹はーーーーーー
「なんだこれは…………! どんよりとしたどこまでも続いてる赤黒い空と、周りの植物が全て枯れているだと? ……ここはどこだ? …………まさかっ! ここが異世界〈ダームズ〉なのか……」
それは地球では、見ることのない、気分の悪い……今まで見た景色の中で、一番の最悪の景色だった。