怪盗に心を奪われて悪役令嬢に堕ちてしまいました
わたくしの部屋に怪盗が侵入しました。
数々のセキュリティをくぐり抜け、わたくし以外の誰にも気付かれずにです。
月明かりに照らされるその姿は盗っ人であることを忘れるほど美しく、その姿に心を奪われてしまいました。
そう、文字通り心を奪われてしまったのです。
「あの怪盗はまだ見つかりませんの!? このグズどもが!」
わたくしは声を荒げます。こんなに声を張ったのは人生で初めてかもしれません。
今まで良心で抑えつけていた不満や愚痴が口から溢れてきてしまうのです。
良心を怪盗に奪われたと言っても誰も信じてくれません。
わたくしは瞬く間に悪役令嬢と呼ばれるようになってしまいました。
かつては一緒に紅茶を楽しんだメイド達も、今はわたくし抜きで集まり陰口を言い合っています。
あえてわたくしの耳に入るような声量を出すのです。
「文句があるなら本人の前で言いなさい!」
そう一喝するとメイド達はバツが悪そうに仕事へと戻ります。
彼女達には本音を抑え付ける心があるからこその行動だと思います。
ある晩、再び怪盗が現れました。
「わたくしの心……良心を返しなさい!」
「フフ。あなたが自分から差し出してくれたのでしょう?」
「ぐっ……!」
何も言い返せません。彼の美しさに見惚れたのは間違いなくわたくしの心だからです。
「あなたの本性、僕は嫌いじゃないですよ」
「怪盗風情に何がわかるというのです!」
「わかりますよ。だってあなたの心は今、僕が持っているのですから」
彼が光り輝く宝石を取り出しギュッと握り締めると、わたくしの口も手で押さえ付けられるような感覚に襲われます。
「あなたの良心は本音が外に出ないように口に封をしていたのですね。可哀想に」
そう言って宝石に口付けすると、わたくしの唇に生暖かい感触が伝わってきました。
「どうして睨みつけるんだい? あなたは僕に見惚れたからこうして心を奪われているんだろう? 現に心は今もここにある」
心を奪われ続けているのは事実です。しかし、心を好き勝手に弄ばれるのはわたくしのプライドが許せないのです。
「いいよいいよ。僕はその眼がほしかったんだ」
わたくしの心を奪った怪盗は恍惚な表情を浮かべています。
見てなさい。良心を失い、悪役令嬢に堕ちたわたくしの本気を。
どんな非道な手を使っても心を奪い返してみせますわ!