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許嫁

 ロタール三世は苦笑している。


 本来なら自分の隣に座るはずの愛娘たるヒルデガルドが、マクリルの隣に座って動かないことに。


 シグリダやギュンターが促しても、決して動こうとしないのだ。

 

「我が娘が、こんなに頑固だとは思いもしなかった。」


 ロタール三世は苦笑とともに、そう口にする。


「いやはや、これはなんと申してよいのか・・・」


 ディルクとしても、ロタール三世の内心を考えるとどう言葉を返してよいのか戸惑ってしまう。


「いや、ヒルダがあれほどの笑顔を見せるのは、初めてのこと。

 その笑顔が見られただけでも、ここに来た甲斐があったというものだ。」


 ロタール三世の視線の先には、マクリルに世話を焼いてもらい、ニコニコと笑顔で過ごしている。


 マクリルが席を立とうとすると、その服の裾を掴んでじっと見つめる。

 それは、絶対に離さないとでもいうかのようである。


 そして、シグリダがマクリルに話しかけたり、近づこうとすると、キッと睨むような様子を見せる。


「取らないわよ、ヒルダ。」


 シグリダも呆れたように言う。


「まるで、恋人を取られないようにしているみたい。」


 シグリダの言葉に、この場にいる大人たちは顔を見合わせる。


「まさか?」


 異口同音に出る言葉。


「だが、言われてみれば、そうとも見えるな。」


 ロタール三世の呟き。


 考え込み沈黙する大人たち。


 その沈黙を破ったのは、意外なところからだった。


「あらあら、ヒルダったらもう良人(おっと)となる方を見つけたのかしら?」


 部屋の入り口に立つふたりの女性。


「皇后陛下!それに、アッペルフェルド大公夫人も。」


 ディルクとバルトルトが驚きの声をあげる。

 それはロタール三世も同様のようで、


「どうしたのだイレアナ、姉上も。」


 思わずそう口にしている。


「市井だけでなく、宮中でも話題になっている俠気(おとこぎ)ある美少年に興味を持ったのは、貴方だけではない、そう言うことですよ。」


 そう口にしたのは艶やかな笑みを浮かべた美女。

 それは、


「母上も、マクリルに興味を抱かれていたのですか?」


 ギュンターの言葉。


「当然でしょう?

 奴隷市での出来事は、宮中にいる者ならば聞き及んでいるもの。

 それがまだ幼い少年となれば、誰もが興味を持つでしょう。」


 ゆっくりとアッペルフェルド大公夫人は歩み寄り、マクリルをじっと見つめる。


「良き気性の者ならば、シグリダの許嫁(いいなづけ)にと思っていたのですけれど・・・」


 そう口にするアッペルフェルド大公夫人の目の前では、ヒルダがマクリルに抱きついている。

 それこそ、誰にも渡さないとでも言わんばかりに。


「お、御母様!」


 許嫁という言葉に反応したシグリダから、抗議の声があがる。


「私とマクリルは、六つも歳が離れているのですよ?」


「あら?私と貴女のお父様と同じじゃない。」


 そう言われて、シグリダも黙ってしまう。

 たしかに、自分の両親も母親の方が六つ歳上だった。


「家格も、公爵家の令息とあれば問題はありませんからね。」


 問題が無いどころか、アッペルフェルド大公からすれば、むしろ好条件である。


 というのも、"大公"というのはナザール帝国においては皇帝の娘が降嫁した家の、一代限りの敬称に過ぎないのだ。


 アッペルフェルド家の本来の家格は伯爵であり、公爵家と縁つづきになるのは喜ばしい限りなのだ。


義姉上様(あねうえさま)、残念ながらマクリル殿はヒルダが離さないようですわ。」


 穏やかな笑みを浮かべる、イレアナ皇后がそう指摘する。


「そう、そうなのよね、問題は。」


 そう呟くアッペルフェルド大公夫人だが、ディルクに席を勧められて着席する。


「どうしたものかしらね?」


 悪戯っぽく笑うアッペルフェルド大公夫人と、優しげな笑みを浮かべてマクリルを見るイレアナ皇后。


「姉上も気が早いのではありませんか?

 シグリダは十二歳、マクリルに至ってはまだ六歳ですぞ?」


「別に早くはありませんわよ?十二歳となれば、許嫁がいてもおかしくはない歳頃なのですから。」


 これは事実で、貴族ならばマクリルと同年で許嫁がいる者だって珍しくはない。


「ですが、そのためにはヒルダを説得せねばなりませんよ?」


 イレアナ皇后の言葉に、


「そうなのよね。あそこまでがっちりと捕まえていると、説得も難しそうね。」


 その口調は残念というより、明らかに面白がっている。


「そうね。それなら、いっそのことヒルダの許嫁にしたらどうかしら?」


 そしていきなりの提案。


「それは、あまりに早過ぎましょう。」


 ディルクとバルトルトの言葉。

 あまりの急展開についていけなくなってしまい、一般論を述べる。


「ふむ、それは悪くない提案だな。」


 考え込むロタール三世。


 実のところ、ナザール帝国は大きな問題を抱えている。


 それは、藩屏(はんぺい)となる者の少なさ。


 ここ数代、病弱な皇帝が続いており、皇族の人数が著しく減少している。


 一応は、五つの公爵家が血のスペアとして存在してはいるのだが、そこにまた大きな問題がある。


 それぞれの公爵家も、元を辿れば帝室に繋がるのだが、代を重ねることにより血縁は薄くなっている。

 むろん、途中で帝室からの降嫁もあるにはあるのだが。


 それだけでなく、五公爵家の一つから養子として迎えた場合、養子を出した公爵家の力が強くなる可能性もある。

 そうなると国内におけるパワーバランスが壊れかねないのだ。


 その点でいうと、マクリルは確かにサナキア公爵家の人間ではあるが、六男であることから重要度は低くなる。


 だから、マクリルをどこかの爵位持ちの貴族の養子とし、そこから帝室に婿養子として迎えるという手段を取りうる。


 家を一つ挟むことにより、大本のサナキア公爵家の影響力を削ぐことができるのだ。


「マクリルを、ヒルダの許嫁としよう。」


 ロタール三世の決断。


「ほ、本気でございますか?」


 バルトルトは驚き、皇帝に確認する。


「許嫁としたからといって、必ずしも結婚するわけではあるまい。」


 これもまたよくある話で、より相応しいと思える相手が現れれば、その関係を解消されるのだ。


「そ、それはそうですが・・・」


「ならば決定だ。」


 ロタール三世のはっきりとした物言いに、誰も口を挟めない。


 もっとも、イレアナ皇后は最初から口を挟む気などないようであるが。


「マクリル。貴方、学校に行く気はないかしら?」


 アッペルフェルド大公夫人は、弟ロタール三世がディルクとバルトルトと話をしている隙に、マクリルに提案する。


「学校、ですか?」


「そう。色々な学問から政治や軍のことを学べる場所。

 ギュンターと一緒に、行ってみない?」


「ですが、ギュンターとは年齢も違います。

 一緒にというのは、難しいのではないでしょうか?」


「それは大丈夫。

 どう?行ってみる気はある?」


「学校というものに、興味はあります。」


「なら決まりね。すぐに手続きをするから。」


「せっかちですわね、義姉上様も。」


 イレアナ皇后が揶揄うように口にする。


「当たり前でしょう?見込みのある者がいるなら、少しでも早く学ばせたいじゃない。」


 こうして、マクリルは王立幼年学院に通うことが決定される。


 それだけでなく、翌日にはマクリルは皇女ヒルデガルドの許嫁となることが発表されたのである。




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