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三人の奴隷

 カミルが連れてきた馬車。


 その馬車に刻まれた紋章を見て、奴隷商人と群衆は沈黙し、それを尻目にマクリルたちはユーディンら、購入した奴隷を連れてディルク邸へと戻った。


 戻ったマクリルたちを見て、出迎えたバルトルトは驚き、そして呆れていた。


「なにか珍しいものでも買ってくるとは思ったが、まさか奴隷とはな。」


 その言葉にマクリルは反発する。


「この者たちは、私の師となる者たちです。奴隷ではありません。」


「師、とな?」


「はい。この者、ユーディンはその部族の中でも屈指の馬の乗り手だとか。

 二人の女性(にょしょう)は、ナザール語をいくらか理解できるとのこと。

 私に、遊牧民の言葉を教えてくれる者たちです。」


 バルトルトはその言葉に面食らうが、やがて笑いだす。


「そうか、乗馬の師と遊牧民の言葉の師か。」


 ひとしきり笑った後、


「わかった。ディルク殿には私の方から話しておく。

 だが・・・」


 そう言って三人の奴隷を見る。


「まずは着替えさせねばならんな。」


「それと、ユーディンの傷の手当てを。」


 その言葉に、バルトルトは改めてユーディンと言う名の奴隷を見る。


「なかなかに酷い傷を負っているな。」


「はい。ユーディンは、そこの二人の女性を守るために傷を負ったのです。」


 ほうっと、ユーディンを見るバルトルト。


「義侠ある者のようだな。」


 そう呟くと、ユーディンの傷の手当てと、三人の着替えの用意をさせるのだった。






 ☆ ☆ ☆






 ディルクが皇宮より戻ってきたのは、陽が落ちてしばらく経った頃。


 バルトルトからマクリルの行動の報告を受けたのは、遅い夕食を摂っている時だった。


「なるほど。その三人は信用できるのか?」


 マクリルのことだから、自分の側に置きたがるだろうことは間違いない。

 問題は、側に置いてもよいと思えるほどに信用できるかだ。


「ユーディンという男、なかなかに義侠ある者のようです。

 信用してもよろしいかと。」


 バルトルトが話をアーベルに聞いたところ、マクリルの言葉に間違いはなく、二人の女性を守るために体を張っていたという。

 そんな男なら、マクリルを裏切るようなことはないだろう。


「二人の女性はどうなのだ?」


「ナザール語をそれなりに解するようです。

 特に姉の方は、会話には不自由しないほどです。」


 ディルクはその言葉に頷くと、


「だから、自分の師であって奴隷ではない、か。

 面白いことを言うものだ。」


 ただ、いくらマクリルが奴隷ではないと言おうと、彼らはまだ奴隷でしかない。


「解放させてやりたいが、簡単にはいくまい。」


 解放奴隷となり自由民となるには、金を貯めて自らの身を買い戻すか、なんらかの功績を挙げて解放させるしかない。


 残念ながら、三人は買われたばかりであり、解放するに足る功績も無ければ金もない。


「なるべく良き待遇として、自身を買い戻せるようにしてやるくらいしかできんな。」


 それが二人の結論である。


「そういえばディルク殿。陛下の御用向きとは、如何様なことでございましたかな?」


「陛下には、内政と健康の相談をされた。」


 内政に関してディルクは、ナザール帝国でも屈指の実績を持つ。

 家督を継いで以降、ほとんどの時間を内政に費やしてきたのだから当然ともいえる。

 だが、その培ってきた経験と知識は膨大なものであり、それを活かさない手はない。


 そして健康。


 現皇帝ロタール三世は病弱であり、ディルクから健康についての秘訣を伝授してもらいたいのだ。


「そして、最後にお尋ねになられたのが、遊牧民の動きじゃな。」


「遊牧民の動き、でございますか?」


「うむ。なにやら、勢力争いか起きているようでな。」


「勢力争いですか。それならば、あの辺りではいつものことではありませんか?」


 遊牧民たちは、その遊牧をする地域での小競り合いなど日常茶飯事なのだ。

 だから、それほど注意するべきこととは思えない。


「私もそう思うのだが、どうやら今回はおもむきが違うようでな。

 遊牧民たちの部族、それを統一しようという動きが見られのだそうだ。」


「それは、たしかに不穏な動きですな。」


 遊牧民たちは、羊を飼い牧草地を移動する。

 その際に使われる移動手段は馬だ。

 言うなれば、遊牧民たちは生まれながらにして優秀な騎兵集団なのだ。

 それが統一され、大軍となって押し寄せてくれば、相当な脅威となる。


 統一されていなくても、ナザール帝国北東部国境地帯は常に遊牧民の襲撃を受けることを想定している。

 特に、夏から秋にかけては略奪に来る遊牧民の襲撃が相次ぐのだ。


「頭が痛い問題ですな。」


「そう思っておったのじゃが、まさかこれほどまでによい機会に恵まれるとは思わなかった。」


「それはどういうことでございましょうか?」


「マクリルじゃよ。マクリルが、遊牧民の奴隷を買ったのじゃろう?」


「なるほど、彼らから聞けばよいと。」


「そうじゃ。そうやって、少しでも功績として認められれば、その奴隷たちもマクリルの望み通りに自由民になる日も近づこう。」


 そう口にすると、バルトルトも大きく頷く。


「明日、陛下に御目通りを願い、話をしてみよう。」


 ディルクはそう締めくくった。






 ☆ ☆ ☆






 マクリルは、自分から「師」と呼んだことを忘れず、早速ユーディンから乗馬を教えられている。


 もっとも、まだナザール語に不自由しているユーディンから、言葉による指導は受けられず、ユーディンの動きを真似することで覚える。


 ただ、やはりそれだけではうまくいかないため、姉妹の姉サティエが通訳として間に入ることになる。


 妹のティティエも一緒に乗馬をしているが、やはり遊牧民の娘である。

 巧みに馬を操っている。


 それは、もしもに備えて側に控えているアーベルも舌を巻くほどだった。


 午前を乗馬訓練に費やすと、午後はサティエを教師として遊牧民の言葉を学ぶ。


 そしてユーディンも、ティティエがナザール語を教えている。


「あの坊やはなにを考えているんだ?」


 ユーディンが自分たちの言葉でそう呟く。


「私にわかるわけないでしょ。」


 ティティエはあっさりと言う。


「でも、変な奴らに買われなくて良かったと思うよ。

 あのマクリルって子だけじゃなくて、この(やしき)の人たち、みんな優しいし。」


「そりゃそうだが・・・」


「でも、あの子って女から見たらほんとに嫌になるわよね。

 女の子以上に可愛いんだから。」


「たしかに、嫌になるだろうな。お前より、よっぽど可愛い顔立ちしてるからな。」


 流石に男に言われると、ティティエはムッとする。


「ふんっ!そんなことより、早くナザール語を覚えないといけないでしょ!」


 強引にティティエは本来の役割に戻り、ユーディンは呆れながら付き合うのだった。






 ☆ ☆ ☆






 ユーディンとティティエとは違う部屋で、マクリルはサティエから言葉を学んでいる。


 ここでサティエが驚いたのは、マクリルの言語習得能力の高さだった。


 まだ子供だから、柔軟に習得できたのかもしれない。

 わずか三日で、片言ながら会話できるまでになっている。


 それが楽しいのか、サティエもマクリルにどんどん言葉を教えている。

 無論、マクリルの方も相手の言語で質問をして、その好奇心を満足させている。


 そして、まだ拙い遊牧民の言葉を使ってその暮らしぶりを聞いたり、遊牧民の暮らす土地のことを聞いたりしていた。


 そして、それが後々マクリルに大きな力を与えることになるのである。

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