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ひとつの出会い

 給仕の少女が、運んできた料理を並べる。


 そして、給仕の少女はマクリルの顔を見てから、


「カミルさん、今日はこんな綺麗な女の子を連れてきてどうしたの?

 育ちが良さそうだから、どこかの貴族のお嬢様みたいだけど。」


 その言葉にカミルは、


「ま、待て!お嬢様じゃなくて、公子様だ。」


 そう反論するが、少女の方は首を傾げている。


「え?どう見ても、女の子でしょ?」


 そう言う少女に、カミルは頭を抱える。


 なにせ、彼の仕えるサナキア公爵家は武門の名家。

 前当主ディルクは温和な人物だが、現当主ルドルフはむしろ武に偏った人物であり、なによりも無礼な行為や侮辱と取られる行為には苛烈な報復をする。


 そしてそれは、ルドルフの子らにも受け継がれている。


 マクリルがどのような生活をしてきたかを知らないカミルは、ルドルフとその子らを基準として考えてしまう。


「残念だけど私は男です。」


 カミルの予想は裏切られ、給仕の少女は驚きの声をあげる。


「ウソ!?そこいらの女の子よりも、よっぽど女の子っぽい顔立ちなのに!?」


 女の子を連発してしまう少女に、カミルが堪らず、


「やめないか、シンディ!」


 そう遮ろうとする。

 マクリルという少年が、少なくとも父ルドルフや兄弟たちと違って、寛容な少年なのはわかった。

 だが、お付きの二人はどうなのか?


「女の子みたいな顔立ちだとは、よく言われる。」


 マクリルが気にしていないからか、アーベルとクルトのお付きの二人も、ただ穏やかな表情を浮かべてその様子を見ている。


「そうでしょ?だって女の私から見ても、とっても綺麗なんだもん!」


 マクリルの穏やかさに、給仕の少女シンディはカミルが仕えているのがサナキア公爵であることを忘れている。


 それを見て取ったカミルが、強引に話を自分の方へと持っていく。


「広場が騒がしくなってきているが、なにかあったのか?」


 その言葉を聞き、マクリルは広場へと視線を移す。


「たくさんいるな。」


 正直な感想を呟くマクリル。


「あら、カミルさん忘れたの?

 今日は、三カ月に一度の奴隷の競り市よ。」


 さらりと答えるシンディに、


「そうか、今日はそんな日だったか。」


 何気なく口にするカミル。


「なんでも、遊牧民のお姫様が競りに出されるって噂よ。」


 マユツバだけどね、そう悪戯っぽく笑うシンディに、カミルをはじめ、アーベルとクルトもそうだろうと頷く。


 本当にお姫様と呼ばれるような貴人ならば、権力者に回した方がいい。

 その方が、今後の便宜をはかってもらえるし、覚えもめでたくなる。


「競り市を見ることはできないかな?」


 唐突なマクリルの言葉に、カミルが驚く。


 奴隷そのものなら、マクリルも見ている。


 シュドルツェでマクリルの世話をする者たちの中に、奴隷がいるのだから。

 だが、奴隷の売買そのものは見たことがない。

 だから、非常に好奇心を呼び覚ましたのだろう。


「奴隷の競り市など、見るようなものではありませんぞ。」


 さすがにアーベルが止めようとする。


 実のところ、奴隷と言ってもいくつかの種類がある。


 ひとつは犯罪を犯した者。

 こういった者は、通常は鉱山などで重労働を課せられる。


 そして借金のカタに奴隷へと落とされる者。

 自身を売った金で、借金を返済することになるのだ。


 この二つは、競り市に出ることはまず無い。


 どのような者が競りにかけられるかというと、人狩りによって連れ去られた者。

 そして戦争に敗れて捕虜となった者。


 当然ながら、そういった者たちはまともな衣服を着せられることはなく、その扱いも酷いものである。


 いくらマクリルが好奇心の強い子供とはいえ、子供だからこそ見せたくはないのだ。


 だが、マクリルはそんなことは御構い無しである。


 幾度かのやりとりの後、


「それでは、今から行っても混み合っておりますので、終わりの頃合いを見計らっていくのではいけませんか?」


 根負けしたアーベルが、そう妥協案を示す。


 終わり頃となれば、人混みもある程度は治るであろうし、あまり酷いところを見ることもないだろうと、そう考えての提案である。


 マクリルはその提案を受け入れることにしたのである。


 そして、マクリルが広場に向かうまでの間に、この美少年の顔を見ようと、店の給仕の女性たちによって人だかりができてしまっていた。






 ☆ ☆ ☆





 マクリルが広場の競り市に来た頃、奴隷が一人競り落とされて、残り三人となっていた。


 姉妹らしき二人の少女と、それを守ろうとするかのように、奴隷商人の前に立ちはだかる若者ーといってもマクリルよりははるかに年上だがー。


 邪魔をする若者を、幾度となく鞭で打ち据えながら、奴隷商人は二人の少女を競り台の上にあげようとする。

 するのだが、若者は打ち据えられる鞭に怯むことなく、少女たちを守ろうとする。


「これはちと、判断を間違えたか。」


 アーベルは、マクリルに一番見せたく無い状況を見せてしまったことを後悔する。


 アーベルが後悔している間にも、業を煮やした奴隷商人は複数の人間の手を借りて、若者を少女たちから引き剥がすことに成功する。


 そして、競り台の上に引き上げられる二人の少女。


「さあ、お集まりの皆さん!この二人が本日の目玉でございます!」


 奴隷商人は乱れていた息を整えると、そう声高に呼びかける。


「この二人は、さる遊牧民の姫君にございます!」


 奴隷商人の言上は続く。


 たしかに二人の少女は、それなりに品のある顔立ちをしている。

 あくまでも、それなりにである。

 王族はもちろん、上級貴族の姫には及ばない。

 よくいっても、中級貴族くらいだろう。


 だが、集まっている者たちにはそこまで見抜く目は無い。

 それどころか、若者が抵抗して守ろうとしたことが、奴隷商人の言葉に信憑性を与えてしまっている。


 この時、マクリルの興味は台上の二人の少女ではなく、取り押さえられている若者の方に向いていた。


 悔しそうに、それでいて絶望感がその顔に現れている。


 突然、少女の悲鳴が台上から響き渡る。


 振り返ったマクリルの視界に入ったもの。

 それは、下卑た野次に応じるように、奴隷商人が少女の粗末な衣服を剥ぎ取った様子だった。


 公衆の面前で裸を晒され、羞恥からその身を隠そうとするものの、枷を嵌められた腕ではうまく隠すことができず、うずくまって隠そうにも首に付けられた縄を引っ張られて隠すことができない。


「銀100枚で二人だ!」


「いや、俺は150枚出す!」


 二人の少女を買った後は、すぐにでも慰み者にでもするつもりなのだろう。


 マクリルの目には、この競りに参加している者たちの表情が、欲望に歪んでいるように見える。


「醜いな。」


 マクリルの小さな呟き。

 その呟きが聞こえたのは、隣にいるアーベルだけだった。

 アーベルは諦めたような表情で首を軽く横にふる。


 アーベルはわかってしまっていた。

 彼の仕える小さな主君が、この後にどういう行動をとるのかを。


 子供とは思えないほど聞き分けが良く、そして聡明な小さな主君マクリル。

 マクリルが生まれた時より仕えているアーベルは知っている。

 小さな主君が、その内に持つ激情を。

 そして、それが現れた時には誰にも止められないことを。


「銀350枚!!」


 そこまで値が釣り上がり、落札が決まりかけた時、


「銀500!」


 大きくはない。だが、他を圧するような美しい声が上がる。


 その声の主を見て、周囲から失笑が漏れる。


 身なりの良さそうな服を着ているが、明らかに子供だ。

 子供がそんな金を出せるわけがない。


 そんな思いから出た失笑。


 奴隷商人も、子供の悪戯と見ているのだろう。

 明らかな侮蔑の表情が見て取れる。


「聞こえなかったのか?銀500。

 ただし、彼も含めての値段だ。」


 そう言ってマクリルが向けた視線の先には、取り押さえられている若者の姿がある。


 奴隷商人は呆れた表情で、


「お嬢ちゃん、悪戯はそこまでにしてくれよ。

 どうせ金なんて持ってないだろう?」


「金ならある。アーベル、出してやれ。」


 このことを予測していたアーベルは、マクリルに言われるままに銀貨500枚を出す。


「数えろ。」


 マクリルの言葉は、子供とは思えぬほどに強く鋭い。


 その姿に、カミルは戦慄すると同時に確信する。


 "間違いなく、サナキア公ルドルフ閣下の子だ"と。


 奴隷商人は完全に気圧されている。

 その証拠に、受け取った銀貨の入った袋の中身を確認することができないでいる。


 動けずにいる奴隷商人を尻目に、マクリルはアーベルとクルトに目配せをする。


 それを見た二人は台上に上がり、裸身を晒している少女たちに、自らの纏っていた外套(マント)をかけて、衆目の視線から隠す。


 クルトは自分の外套をかけた少女をアーベルに任せると、奴隷商人の元に行く。


「鍵はどうした?」


 その言葉に、奴隷商人は慌てて鍵を差し出す。


 その鍵のひとつをマクリルは受け取り、カミルを伴って取り押さえられている若者のところに行く。


「私の言葉がわかるか?」


 先ほどまでと違い、マクリルの表情も口調も穏やかなものだ。


「ナザール語はわかるか?」


 もう一度問いかける。


「す、少し、なら。」


 たどたどしいながらも、遊牧民の若者は返事をする。


「私の名はマクリル。お前の名は?」


「ゆ、ユーディン。」


「ユーディン、今からお前は私のものだ。ついてくるといい。」


 ユーディンは、なぜかこの自分よりはるかに年下であるマクリルの言葉に従ってしまう自分に困惑している。


 マクリルの元に、アーベルとクルトが二人の少女を伴ってやってくる。


「カミル。屋敷に戻り、馬車を呼んできてくれないか。」


 マクリルの指示に、カミルは弾かれたように走り出す。


「後にも先にも、あの時ほど急いで走ったことはない。」


 カミルは後にそう述懐する。


 そして、このとき手に入れた遊牧民出身のユーディンは、マクリルの覇業の初期において、その片腕として活躍することになる。


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