帝都見学
帝都にて、マクリルが滞在するのはブルノ男爵邸ではなく、ディルクの私邸であり、ブルノ男爵バルトルトも一緒に滞在している。
バルトルト自身は、一応とはいえ帝都に私邸を持っており、そこに滞在するつもりだったのだが、ディルクに押し切られる形で、その従者と共に滞在することになったのだ。
ディルクが皇帝との会談のため、留守にしている間のマクリルの相手などという些細な理由ではなく、ディルク自身の相談相手としていてもらいたいというのが、その理由である。
というのも、皇帝の相談事の中にはディルクがほとんど関わっていない、軍事に関する事柄が含まれていたからである。
そのため、二人の祖父が話し合いをしている間、マクリルは広い庭で武芸の訓練をしたり、学問に励んでいた。
だが、聞き分けが良すぎるとはいえマクリルは六歳の子供である。しかも、好奇心がとても強い。
帝都の賑わいを直に見たくなってきた。
そこで、
「お祖父様。帝都を見学してきてもよろしいか?」
そう申し出る。
マクリルの申し出に、ディルクとバルトルトは顔を見合わせる。
やがて二人は頷くと、
「供の者を連れて行くならよかろう。」
ディルクがそう答える。
「ありがとうこざいます、お祖父様。」
マクリルはそう礼を述べると、駆け出していく。
その様子を見て、
「もっと早く、帝都の見学をさせてやるべきだったかな。」
そう呟くディルクに、バルトルトも、
「そうだったかもしれません。」
そう応じたのだった。
☆ ☆ ☆
マクリルは自分の世話係であるアーベルと、護衛役であるクルト、そして帝都の案内役を務めるディルクの従者カミルをお供にして街に出る。
カミルは、従者とはいっても帝都の私邸付きの者であり、帝都のことはよく知っている。
それこそ、近づいてはいけない地域や、安全な地域。
はたまた、美味しい食事の出る料理屋であったり、お得な小物を買える店など、帝都の知識は多岐にわたる。
案内役としては、うってつけの人物だった。
だが、そのカミルにしてもマクリルの行動は、まったく読めなかった。
まさに好奇心の赴くままに動き回り、そしてカミルを質問攻めにする。
二時間もすると、カミルは一つのことを悟った。
それは、この案内役として支払われる特別報酬が極めて高かった理由。
たった二時間で、クタクタになってしまうほどの行動と質問攻め。
カミルは根をあげて、新市街と呼ばれる地域の広場が見渡せる、馴染みの料理屋で休息を取らせてくれるよう嘆願する。
気性の良い子供とはいえ、そこはわがままが入るかと思っていたのだが、
「そんなに疲れるまで引き回してすまない。
少し休もう。」
あっさりと申し出が受け入れられる。
そのことに軽い驚きを覚える。
カミルはディルクの私邸に仕えていただけあり、マクリルの兄弟のことを知っている。
そのマクリルの兄弟たちなら、
「この程度でへばるのか。情けない。」
そう言われ、休むなどさせずにさらに引き回されるのがオチだっただろう。
だが、この綺麗な顔立ちのお坊ちゃんは、目下の者へも気配りができるようだ。
「この店の二階からの眺めが、私のお気に入りなんですよ。」
カミルは皆を先導して、二階に上がって行く。
途中、顔見知りらしい女性の店員と軽く挨拶をしている。
その女性の店員は、マクリルの顔を興味深そうに見ながら軽く会釈している。
相当な常連なのか、カミルは慣れた様子で窓際のテーブルに着く。
それに続いてマクリルらも席に着く。
カミルはこの店の名物料理を皆に話しながら、注文をする。
マクリルがとても聞き分けが良く、自分の言葉を受け入れてくれたことで気が緩んだのだろう。
カミルは自分のミスに気づいていなかった。
そして、そのミスに気づいたときには、それは始まってしまっていたのである。
目の前の広場で、月に一度開催される奴隷の競売が。