欠点
同じヴァルタリア城塞にいるからといって、マクリルとヒルダが自由に会えるわけではない。
会うどころか、出席する来賓たちの挨拶と会談に忙殺されている。
外交の大家であるリューネブルク伯の薫陶を受けたとはいえ、さすがに緊張しっ放しの状態である。
「ユリドの時は、こんなことはなかったのになあ。」
ティティエの前でボヤく。
「そりゃ、ユリドの時は平原の民のやり方だったし、出席するのも傘下の部族長と友好部族長くらいだったでしょ。」
そう、それが大きな違いでもある。
それに、先代たるアブーチに反感を持つ者も多く、それがために友好的な部族が少なかった。
そのため、マクリルは傘下にある部族との関係の再構築や、離反した部族への対処に忙殺されていたものだった。
「それとも、そんなに早くヒルダに会いたいのかしら?」
意地悪そうなティティエの言葉だが、
「そうだね。なるべくならすぐにでも会いたい。」
あっさりとマクリルはそう答える。
「臆面も無くそう答えるのよね、マクリルって。
揶揄い甲斐が無くて残念だわ。」
いかにも残念そうな口ぶりのティティエに、
「そう言ってやるなよ。
なにせ二年ぶりなんだから。」
とは、ギュンターの言葉。
使者として来訪してから、行動を共にしている。
「二年、二年経つんだなあ。
手紙と一緒に肖像画も送られてきたけど、実物のヒルダはとても綺麗になったんだろうな。」
そう呟くマクリルに、
「ヒルダが愚痴ってたぞ。
マクリルは肖像画一つ送ってこないって。」
「それを言われると辛いな。
手紙でも、送れってせっつかれてはいたからね。」
「それでも送れなかったのは、なぜかしら?」
突然の、懐かしい女性の声。
「シグリダ!シグリダも来ていたのかい?」
「ええ、ギュンターだけに任せるわけないでしょう。」
弟を一瞥しながら、シグリダが言う。
「それで、なぜ肖像画を送れなかったのかしら?」
再度の問いかけに、
「絵師がいないんだよ、キタイ族をはじめ、平原の民には。」
「いないの?本当に?」
マクリルの返答にシグリダが驚く。
さすがにその返答は予測していなかったらしい。
「戦いばかりで、まとまりがあまりないからね。
文化というものは、安定していないと発展しないのだって良く理解できたよ。」
「なるほどね。
でも、マクリルが安定させるんでしょ、これからは。」
「そのために尽力しているんだけどね。」
「まだ二年じゃ、そこまでは無理か。
さすがのマクリルでも。」
「シグリダは、随分と私を過大評価してくれているのだな。」
マクリルは笑う。
「過大評価だとは思っていないのだけど。」
シグリダはそう口にするが、
「マクリル陛下、ナムソス王国よりウィレム五世陛下が来訪されております。」
そうクルトが来客を告げに入室する。
「わかった。すぐに行く。」
クルトにそう答え、
「ティティエ、二人を頼む。」
シグリダとギュンターのことをティティエに任せる。
マクリルの姿が扉で消えると、シグリダは呟く。
「マクリルはとても優秀なのだけど唯一、野心が無いのが欠点なのよね。」
と。
「ユリドも同じことを言っていたわ。
野心とは言わずとも、何か大望を抱くことがあれば良いのだと。」
彼女らは知らない。
この後、マクリルの元で巨大な動乱の時代に突入することを。