ヴァルタリア城塞
ギュッシングを出立した、マクリル以下のキタイ族がヴァルタリア城塞に入ったのは三日後のことだった。
それに遅れること七日。
マクリルの元に輿入れするヒルデガルド皇女と、その行列は翌日にはヴァルタリア城塞に入城できる距離にいた。
「明日には、ヴァルタリア城塞に入れるのですよね?」
逸る気持ちを抑えることなく、ヒルダは母親であるイレアナ皇后に幾度となく尋ねている。
「もう、ヒルダったら。
何回目なの?」
呆れたように口にするのは、従姉妹のシグリダ。
「マクリルの方はすでに入城したそうだから、あと一日くらい我慢なさい。」
とは、シグリダの母親であるアッペルフェルト大公夫人である。
「そうですよ。
二年も待てたのだから、あと一日くらい待てるでしょう?」
イレアナ皇后はそう言って笑う。
「二年も待ったのだから、これ以上は待てないのです!」
そう反論するヒルダに、車中の者たちは互いに顔を見合わせて笑うのだった。
ーーー
ヒルダの乗る馬車の後方に、参列するアーダルベルトの乗る馬車がある。
車中のアーダルベルトは、不機嫌の極みにあった。
この世で最も嫌うマクリルの結婚式なんぞに、なぜ参列しなければならないのか。
しかもその相手が妹であり、縁ができてしまうことが腹立たしい。
「手筈は整っているのだろうな?」
不機嫌そのままの口調で、同乗しているのはサナキア公クラウス。
いまやアーダルベルト派の中心人物であり、アーダルベルトの最側近と目されている。
アーダルベルトが皇帝に即位したならば、宰相とはいかなくても、それに準じた役職を与えられると言われている。
「はい。すでに一月前より、我が手の者を送り込んでおります。」
「下調べは十分にできているのだな?」
「無論でございます。
その者たちがもたらす情報をもって、結婚式までの間に計画を立てていきます。」
「結婚式か。」
吐き捨てるように口にする。
「まあよい。
得意絶頂になるその時に、奈落の底に叩き落としてくれるわ!」
昏い情熱に満ちた、呪詛にも似た言葉を発する。
そう、彼等はマクリルの暗殺を目論んでいた。
それがどのような事態を招くのか、ろくに考えもせずに。
ーーー
ヴァルタリア城塞には、今や多くの人々が集まっている。
幼い頃から婚約者となり、さらに二年の別離を経てようやく結ばれる、若い二人のロマンスの結実を見ようという市井の者たち。
招待されて参列する諸王国の王や貴族たち。
また、有力な商人たちも多くやってきている。
諸王国の王や貴族たちにとっては、ナザール帝国とキタイ族の結びつきの強化は、自身の国の安定に大きく寄与する。
商人たちにとっては、平原の安定により安全な旅が行えるようになり、それはより大きな商機を得ることに繋がる。
そして一般の人々は、ロマンスの主人公を一目でいいから見ようと押しかけている。
商魂たくましい者は、その一般の人々を相手にした屋台を開いたりして、金儲けに走る。
本来、軍事要塞であるはずのヴァルタリア城塞は、知らぬ者が見れば王都と見間違えるほどの賑わいを見せていた。
結婚式直後に起こる悲劇など、この時点で予見する者はアーダルベルトとその一党以外には存在しない。




