アルナウト・ニースケンス
マクリルはギュッシング城将アルナウト・ニースケンスの歓待を受けている。
このギュッシングという城塞都市は、その成り立ちがかなり特殊である。
元々が防衛拠点として作られているのだが、これが諸王国共同での造営なのだ。
そのため、拠点の運営責任者も持ち回りで交代制となっている。
本来が防衛拠点であり、当初は各国の代表的な将軍が着任していたのだが、遊牧民族との交易の拠点としても活用されるようになってからは、時に武人というよりも文官が着任することもある。
露骨な国では、国内の有力商人を赴任させて暴利を貪ろうとすることもあるのだ。
「如何ですかな?この地の様子は。
アルナウト・ニースケンスはマクリルにそう尋ねる。
「面白き地ですね。
本来なら軍事施設であるにもかかわらず、商業の街でもある。」
ここで言葉を区切る。
「我々が通った道でさえ、普段は大きな賑わいを見せているのでしょうね。」
これは裏通りを通らされたことによる嫌味ではない。
ただし、“次も同じ扱いということはないよな“という釘刺しではあるが。
「たしかに賑わっておりますな。
ですが、陛下も見事にまとめられたものでございます。」
アルノ少年のことを言っている。
「あれを見た市民たちが噂をしておりましてな。
マクリル陛下は信用に足る御方であると。」
迂遠な物言いだが、“市民の信用を得た貴方に同じことはしませんよ“と、そう言っている。
穏やかな笑みを浮かべるマクリルに、
「ですが、あの少年に渡した短剣、贈られた物との対価としては不釣り合いに思えますな。」
その意図は如何に?
そう問いかけている。
「あの剣は少年の父親の形見なのだそうだ。
形見の品に対して釣り合うのは、やはり形見の品ではないかと。」
「では、あの短剣は陛下の近しき御方の形見で?
アルナウトはそう口にしながら考える。
マクリル王にとっての近しい者。
父ルドルフはまだ健在であり、また養父であったリューネブルク伯爵夫妻は共に健在。
近しき者で亡くなっているのは祖父ディルクに、ヴァルザル平原の戦いで戦死している叔父コンラートくらいのはず。
「私の母の物ですよ。」
事もなげに答えるマクリル。
そうだ。
マクリル王は産まれて間もなく、生母を亡くしている。
「まさか、御母堂の物とは・・・」
思わず絶句する。
そのアルナウトを穏やかな笑みを浮かべながら、マクリルは見ていた。
☆ ☆ ☆
「まさか御母堂のものだったとはな。」
アルナウトは腹心の部下たちを前にして、そう呟く。
「たしかに驚きましたな。」
そう応じたのはボニファース。
腹心の中でも最年長の、見るからに武人といった男だ。
「そして、些か厄介なことになるやもしれません。」
「そう、俺が一番危惧するのはそこだ。」
あの短剣を渡したことで、アルノという少年はこのギュッシングにおいて時の人となっている。
きっとあの少年のもとに、大勢の人々があの短剣を見るために訪れるだろう。
その中には、あの短剣の由来を知っている者がいるかもしれない。
たとえ知らなくとも、目利きの者がいればそれなりの逸品であることは知れ渡る。
そうなればどうなる?
「このギュッシングで、マクリル王の株は上がりまくりでしょう。」
最年少の腹心ディーデリックが、面白くもなさそうに口にする。
「株が上がるだけなら良いが、それで済まない場合もある。」
アルナウトはそう口にして、外を見る。
その視線の先にはマクリルら、キタイ族の宿舎がある。
「あれだけの美形で、それでいて人の心を掴むのがうまい。
おそらくはこのギュッシング市民にも、すでに心酔する者がいるだろう。」
「しかも、このギュッシングがキタイ族の手に渡るのを防いだ功績もお持ちときたもんだ。」
「敵には回せませんな。」
敵にした場合、内応者が現れる可能性が高い。
そうなると籠城戦はできないわけだが、野戦はキタイ族の得意とするところだ。
「敵にすることがないよう、本国に伝える必要があるな。」
アルナウトはそう締めくくった野だった。




