ギュンター
「ギュンターじゃないか?!」
扉を開け、中にいた人物に驚くマクリル。
「君が使者とは、なにか大きなことでもあったのか?」
ギュンターは現皇帝たるロタール三世の甥にあたる、立派な皇族である。
それが使者として来訪する時なると、なにか重大な案件があるのかと思われる。
「なにを言ってるんだ、マクリル。いや、マクリル陛下だな、今は。
改めて、陛下と我が国の皇女ヒルデガルド殿下との婚姻の話です。」
婚姻そのものは、三ヶ月後に城塞都市ヴァルタリアで執り行うことが決定している。
「婚姻には、ロタール三世陛下も参列される御予定でありましたが、体調を崩しており代役としてアーダルベルト殿下が参列なさることになりました。
無論、体調が全快されれば陛下が参列いたします。
なお、イレアナ皇后陛下は御予定通りに参列いたします。」
淀みなく伝達し、そして親書を手渡す。
「伝達御苦労。」
そうマクリルは応じ、
「公的な顔はここまででいいのかな?」
「そうしてくれると、俺としてもありがたい。」
二人のやりとりが続く。
「皆の様子はどうだい?」
「皆、元気にやってるぞ。
リューネブルク伯爵夫妻も、ゲラルトもルパードも元気だ。
二人とも、帝立学院でも上位に入る秀才として、名が知られているところだ。」
「そうか。」
「エルマー卿も、行政官として順調に歩んでいるし、ブルノ男爵を継いだユストゥスも、ブラウンシュヴァイク公の後見もあって、立派にその務めを果たしている。
ただ・・・」
「ただ?」
「バルトルト殿が、最近は病に倒れることが多くなっているそうだ。」
「そうか。」
祖父の身を案じることしかできない、現在の状況が歯痒い。
「あと、ルドルフ殿も最近は表に出ることもなくなっているな。
詳しいことはわからないが、病に伏せっているとも悠々自適な暮らしをしているとも、噂は色々と流れている。」
中央から引退して以降、表に出ることは無いということだろう。
「それから、アーダルベルトだが・・・」
“殿下”という敬称を省略したあたりに、ギュンターの思いが現れている。
「どうかしたのか?」
「どうも、良からぬ企てをしているようなんだ。」
「良からぬ企て?」
「サナキア公と何やら密談めいたことを繰り返していて、ね。」
「密談?」
「なんていうか、こう、嫌な雰囲気を感じるんだよ、あの二人から。
極端なことを言うと、お前を暗殺でもしようとしているんじゃないか、とね。」
「私を暗殺?
まさか。」
一笑に付すマクリルだが、ギュンターの目は真剣そのものである。
「お前は最近のアーダルベルトを見ていないから、笑っていられるんだよ。
今のアーダルベルトは、妄執に凝り固まっている。」
「・・・」
「アーダルベルト、あいつがナザール帝国の宮廷、いや帝都でなんと言われているか知っているか?」
すでに帝都から離れているマクリルに、そんなことなどわかるはずもない。
「恩知らずの馬鹿皇子。
無為に兵を死なせた無能者。
そんな風に呼ばれている。
だが、本人の自己評価は凄まじく高い人間が、そんな風評を受け入れられると思うか?」
「・・・」
「自らを犠牲にして皇子を取り戻した忠臣と、その許嫁の為に健気に振る舞う妹。
それがお前とヒルダへの民衆、王宮内の風評だ。
それを耳にして耐えられるような男だと思うか?」
思わない。
だが、マクリルとしてはどうしようもない。
「アーダルベルトがお前に対して何かをしようとするなら、今回が最初で最後の機会なんだ。」
たしかにその通りだろう。
マクリルは平原を主戦場として戦い、国造りをする。
そのため、よほどの事が無ければナザール帝国に赴くことはない。
同じように、アーダルベルトもわざわざ平原まで出てくる理由はない。
もし今回、何かを仕掛けて失敗すれば、それは開戦を意味することになるため、暗殺をするような隙は無くなる。
成功すれば、マクリルはこの世の人でなくなるのだから、やはり次は無くなる。
「わかった。可能な限り、警戒することにするよ。」
「頼む。俺とて、友人を失いたくないし、従姉妹の悲しむ姿を見たくはないのだからな。」
☆ ☆ ☆
マクリルとユリドは、夫婦として褥を共にしている。
「なるほどな。あの小者めが、大それたことを考えておるということか。」
「プロディルに、ヴァルタリアの詳細な地図を手に入れるよう命じている。
警備を厳重にしなければならないだろう。」
「そうだな。その手のことに長けた者を連れて行く必要があるな。」
寝所においても、二人は政治や軍事の話をしており、色気もなにもあったものではない。
だが、それはマクリルが来てからの習慣であり、今更変えられるものでもない。
「だが、そのような者を送り込んでくるナザールの思惑も知りたいものだな。」
そう口にするユリド。
「思惑などなにもないだろうね。
ただ、慣習的にそうしているだけだろう。」
伝統ある国ではよくあることだ。
「そのようなものか。」
「そんなものさ。」
「伝統というのも、時に馬鹿馬鹿しいことをするのだな。」
このユリドの感想を、マクリルは苦い気持ちで思い出すことになる。




