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使者

 平原に漂うのは血の匂い。


 キタイ族軍と、東方の遊牧民族であるフヌガ族との戦い。


 フヌガ族は平原東方の覇者を自任する、有力部族であり、キタイ族とは長年の抗争状態にあった。


 数年前までは、アブーチにより攻勢に出ていたキタイ族だったのだが、ヴァルザル平原の戦いでろくに戦利品を得られず、その求心力が低下してからは逆にフヌガ族が攻勢を強めていた。


 だが、マクリルがアブーチの娘ユリドの入婿として入り、キタイ族の王として登極すると、状況は変化を見せる。


 宰相プロディルを中心に、急速に国としての体裁を整えていったのだ。


 それに危機感覚えたフヌガ族族長アグダは、一戦交えて様子を伺おうとしたのだ。


 五万の兵を率いてキタイ族の勢力圏に侵攻を開始。

 それに対してマクリルも、三万の兵を率いて迎え撃ったのである。


 その結果は、マクリル率いるキタイ族の圧勝。


 フヌガ族は戦死者五千人以上、捕虜三千人以上を出すという惨敗を喫したのである。


「深追いはするな!

 これ以上の圧勝は、シアを刺激しかねないぞ!!」


 東の大帝国シア。

 フヌガ族が平原東方の覇者を名乗れたのも、その後ろ盾があればこそ。


 その圧倒的な武力は、大陸一とすらいわれる動員力に裏打ちされている。

 なにせ、二十年ほど前には一〇〇万という未曾有の大兵力を平原に送り込んで来たことすらあるのだ。


 その時は、平原の民が結束して辛うじて撃退したが、その脅威は忘れられてはいない。


 フヌガ族はその脅威を味方につけることで、勢力を拡張してきた。


 そのフヌガ族を相手に完勝してしまうと、シアを刺激して大軍を呼び込みかねない。


 それを警戒しての、マクリルの指示でもある。


 最初に戻ってきたのは、ユリドの兄であるゴバツ。


 猪突猛進を体現したような猛将であり、中央の冷静な指示があれば、とてつもない武威を示す。


 マクリル麾下において、常に先鋒を務めている。


「ゴバツ、帰還いたしました!!」


 その巨軀に相応の大音声をもって、マクリルに報告をする。


「よくやった、ゴバツ。敵の先鋒を粉砕した手並、見事であった。」


「ははぁ!!」


 ゴバツはマクリルの元に平伏する。


 ユリドの兄であるゴバツひ、当然ながら先代であるアブーチの息子でもある。


 ヴァルザル平原の戦いでの失態から閑職に回されていたのを、マクリルが麾下に登用してその武威を大いに発揮させている。


 そのためか、ゴバツはマクリルに忠誠を誓い、その姿はマクリルらナザール帝国から来た者たちとキタイ族の融合を象徴しているとみられている。


 続いて戻ってきたのはユーディン。


 元々マクリルに仕えていた勇将である。


 個人の武勇ではゴバツにやや劣るかもしれないが、軍の指揮能力という点ではゴバツを遥かに上回る。


 そしてやや遅れて戻ってきたのは、ユーディンの妻であるサティエ。


「ユーディン、私を置いて先に戻るってのはないんじゃない?」


 呆れたような口ぶりでユーディンを責めると、


「ただいま戻りました、マクリル陛下。」


 そう一礼する。


「ユーディン、次からはサティエと一緒に戻るように。

 私はかまわないが、皆の前で痴話喧嘩をされると、周囲の者たちがどう対応していいのか困るからな。」


 マクリルの冗談に、幕僚たちが大笑いする。


「そうよ、ユーディン。サティエ(ねえさま)の追及が厳しいのは、身をもって知っているでしょ?」


 ティティエの言葉が、笑いを拡大させる。


 次々と麾下の将軍たちが戻り、そして最後に現れたのは別働隊を率いていたユリド。


「私には労いの言葉はないのか、マクリル。」


「ユリドが敵の後方を撹乱してくれたおかげで、戦いやすかった。

 ありがとう。」


「当然だな。

 この私に裏方をやらせたのだ。それだけの褒美は後でしっかりといただくぞ。」


 その言葉に、その場は再び笑いに包まれる。


「これは、陛下はしばらくゆっくりと眠ることができませんな。」


 そう、ユリドの言う褒美とは夜の営みのこと。


 平原の民は、性にたいして開けっ広げであり、ユリドも例外ではない。


 そして、ユリドには僅かながらの焦りもある。


 近々、ナザール帝国より降嫁するヒルデガルドよりも先に、マクリルとの子を為すことで優位に立ちたいのだ。


 そしてそれは、キタイ族の地位の維持にも繋がる。


 マクリル自身に、キタイ族の地位を低下させようという思惑などないだろうが、次代以降はどうなるかわからない。


「善処するよ。」


 マクリルもそう答える。


 マクリルもまた、ユリドの不安を理解している。

 異民族がくっついて国を作った場合、揉めるのはその後継者についてなのだから。


「では、凱旋といこう。」


 マクリルの言葉に、一同は勝鬨をあげる。


 そして王都ハラホリンへと凱旋したのである。






 ☆ ☆ ☆






 王都ハラホリン。


 王都といえど、建物といえるものは王宮くらいしかなく、ほとんどは遊牧民族特有のバルと呼ばれるテント型の家ばかりである。


 その王宮へ向けた大通りを、マクリル以下の軍が凱旋行軍していく。


 沿道には、凱旋するマクリルらを盛大に出迎える民衆の大群がいる。


 民衆たちから手を振られ、マクリルも手を振り返す。


 その行為に、民衆の熱気はより高まっていく。


「マクリルさま!!」


 マクリルには特に、若い女性たちからの声が多い。


 ナザール帝国にいた頃と変わらぬ美貌と、美しく流れる銀色の髪に、美しい声。


「お前には嫉妬する気にすらなれんな。」


 とはユリドの言葉だが、それはマクリルを取り囲む女性たち共通の思いだろう。


 このマクリルに熱のこもった歓声を送る女性たちも、あくまでも憧憬の対象としているのであって、将来を共にできる相手だとは思ってはいない。


 そんな歓声の中を、マクリルたちは抜けて王宮へと到達していく。


 迎えに出たのは、宰相プロディルと女官代表となっている乳母のレナータ。


「戦勝、おめでとうございます、マクリル陛下。」


「戻った、プロディル、レナータ。

 変わりはないか?」


「はい、陛下。

 それから、ナザール帝国より使者が参っております。」


「ナザールから使者が?」


 歩きながら報告を受ける。


「内容は、使者の方とお話しいただけるとよろしいかと。」


「わかった。レナータ、案内してくれ。」


「わかりました。では、こちらへ。」


 レナータは一礼すふと、マクリルを先導する。


 そして案内された部屋に待っていたのは、ギュンターだった。


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