旅立ち
マクリルの出発当日。
マクリルに同行するのは三〇〇名余。
この人数を多いと思うか、少ないと思うか。
それは人それぞれであるだろうが、マクリル自身は多いと感じている。
「一〇〇人もいれば良い方だと思っていたのだけど。」
一緒に来るだろうと初めから予想していたのは、ユーディンとサティエ、ティティエ。
そして乳母のレナータとその一族。
今は亡き祖父ディルクから付けられていた騎士数名とその家族に、ブルノ男爵家より付けられていた者たちとその家族。
マクリルは自分についてくるのは、それくらいだと思っていた。
だが実際には帝国学院でのマクリルの同期もいれば、先のヴァルザル平原の戦いで共に戦った者たちもいる。
「マクリルの人望よ。」
とはティティエの言葉。
「そうだと嬉しいね。」
マクリルはそう答えるが、ティティエの言葉は決して外れたものではない。
学院の同期たちは、
「学院時代には、マクリルに世話になったからな。
ここで恩返しをしとかない。」
という声も多かったのだから。
もっとも、動機の中には"マクリルといれば出世できる"という者もいるのだが。
マクリルを見送るのは、リューネブルク伯爵夫妻を筆頭に数多くの者が集まっている。
「キタイ族の生活する地は、とても寒いと言うから。」
そう言いながら、厚手の服を渡すのはヨハナ。
「身体に気をつけてな、マクリル。」
オットーはマクリルの肩を軽く叩きながら、そう言う。
そして新たにリューネブルク伯爵家の養子となった二人の弟。
「兄上、お元気でいてください。」
とはアウグスト。
「あ、後のことはお任せください。」
幼いながらに、ルパードはマクリルを心配させないように口にする。
「ああ、養父上と養母上を頼むぞ。」
「わかっております、兄上。」
アウグストとルパードは、そう元気よく返事をする。
「養父上、養母上も、お身体に気をつけてください。」
その言葉に、ヨハナはマクリルをギュッと抱きしめる。
「養母上、まだなにも息子らしいことをできず、申し訳ありません。」
「なにを言っているの。この十年、貴方は私たちにとって自慢の息子だっあわ。」
ヨハナは一層、その腕に力を入れてマクリルを抱きしめる。
「ヨハナ、そこまでにしなさい。
別れを惜しんでいるのは、お前だけではないのだぞ。」
そう、多くの者がマクリルとの別れを惜しんでこの場にいるのだ。
「そうでしたわね。」
ヨハナはマクリルを放す。
「やっと私たちの番だな。」
茶化すように口にしたのは、マクリルの祖父バルトルトと、幼いながらブルノ男爵家を継いだユストゥス。
「行くのだな、マクリル。」
「はい、お祖父様。」
「こんな日がくるとは、思いもせなんだ。」
「はい。」
「身体に気をつけて行くといい。」
「マクリル、私は何もできないけど、でも従兄弟殿の健康を、この地から祈っている。」
バルトルトとユストゥスの言葉に、マクリルは深々と頭を下げる。
そして、続く者たちの最後にギュンターがいた。
「気をつけてな。」
たったそれだけの言葉。
「ギュンターも、気をつけて
」
ギュンターは、マクリルの言葉に含まれているものを敏感に感じとる。
それは、帰還してくるアーダルベルト皇子を念頭にした言葉だ。
皇姉の子であるギュンターもまた、皇位継承権を持っている。
十分にアーダルベルトの政敵となり得るのだ。
「わかっているよ。だけど・・・」
ギュンターはそう言って皇宮を振り返る。
「ヒルダとはもういいのか?
まあ、昨日は一日一緒にいたようだけど。」
「しっかりと話はしたよ。
だから、今日はもういいんだ。」
「そうか。
じゃあ、気をつけて行けよ、マクリル。」
ギュンターは名残惜しそうに、そしてそれを振り切るように口にする。
マクリルはそんなギュンターの肩を軽く叩くと、自分を待つユーディンらのもとに向かう。
「さあ行こう!」
マクリルはそう号令をかけ、一団は北へと向かい出発した。
☆ ☆ ☆
「本当に見送らなくてなくてよかったの?」
皇宮の一室。
椅子に座って佇むヒルダに、同じく見送りに出なかったシグリダが問いかける。
「いいの。昨日、いっぱいお話ししたから。
それに、見送りに出ちゃうと、私も一緒について行きたくなっちゃう。」
「行ってもよかったんじゃないかしら?」
「ううん、ダメ。
今の私じゃダメなの。
もっと、王妃としての振る舞いと自覚を持たないと。」
そうでないと、マクリルに恥をかかせてしまう。
「そう。
それで、どんな話をしたの?」
「それはね、どういう国を作るかってお話し。」
「どんな国にしたいのかしら?」
「私はどんな国でもいいの、マクリルが側にいてくれるなら。
でもね、ひとつだけ、ひとつだけ譲れないことがあるの。」
「譲れないこと?」
「そう。それはね・・・・」
☆ ☆ ☆
「マクリル、ヒルデガルド殿下の見送りはなかったようだが、よいのか?」
とはユーディンの言葉。
「いいんだよ。昨日、しっかりと話はしたからね。」
「どんな話をしたのかしら?」
サティエの好奇心からの言葉。
「どんな国を作りたいかって話さ。」
「どんな国にしたいの?」
ティティエが尋ねる。
「色々と話したけど、ヒルダにはひとつだけ譲れないことがあるって。」
「譲れないこと?」
「そう、それは好きな者同士が離れ離れになることがない、そして身分の差に囚われない国。
それがヒルダが目指す国だって。」
「そう。」
サティエとティティエは、ヒルダと同じ女性としての立場からその言葉を受け止める。
「青臭い話だな。」
現実的な発言をするのはユーディン。
だが、ユーディンはサティエとティティエから睨まれる。
「私もそう思う。
それを為すには、それこそ大陸中の国を相手に戦わなくてはならないかもしれない。」
思わぬマクリルの言葉に、
「どういうこと、それって?」
ティティエが驚いて尋ねる。
「身分に囚われないってことは、奴隷をどうするかになる。
ヒルダの理想を実現しようとするなら、全ての奴隷を解放しなければならなくなる。」
それは奴隷を容認している、全ての国を敵に回すことになりかねない。
ナザール帝国などは、奴隷への労働依存が低いのだが、南方の国々ではそうはいかない。
そしてキタイ族の勢力を伸ばしていけば、必ずそういう国と接することになるのだ。
「ヒルダの理想を叶えるためには、富国強兵を実現しないといけないな。」
そう言ってマクリルはこの話を締め括り、前方に視線を移す。
その先には、マクリルたちを待つユリドの一行がいる。
それを視界に入れたユーディンが、
「それにしてもあの女、大した器量だな。
お前とヒルデガルド殿下の婚姻を認めるとは。」
自らの入婿としながら、それでいてヒルダの降嫁を受け入れる。
並大抵の女傑に出来ることではないだろう。
「戦略的には間違っていないわよ、ユリドにしてもナザール帝国にしても。」
互いに敵対しない状況となれば、キタイ族は安心して東へと勢力拡大が望めるし、ナザール帝国にしても先のヴァルザル平原の戦いで受けた損失を回復させる時間が出来る。
また、ナザール帝国にしてみれば、マクリルとの縁を保つことでキタイ族という強兵を手にしたともいえるのだ。
キタイ族としても大きなメリットがある。
ヒルダの降嫁により、ナザール帝国から国として認められたと喧伝でき、それは大きな権威を得たことになる。
それは平原の民にとっては非常に大きなことなのだ。
それらを理解したうえで、あのユリドはナザール帝国側の提案を受け入れたということ。
「油断も隙もあったもんじゃないわね。」
説明されて、ティティエがぼやく。
「それくらいの相手でないと、大陸中の国を相手にできないさ。」
マクリルの言葉にユーディンが笑う。
「大陸に覇を唱えるつもりか。
それはそれで面白い。」
「そうね。マクリルと一緒にいれば、忙しいことはあっても退屈になることだけはなさそうね。」
サティエが同調する。
「まったく、二人ともどうかしてるわ。」
呆れたように二人を見るティティエ。
この時点でこのやりとりが現実になるとは、四人は思いもしない。
ましてや、『好きな者同士が離れ離れになることがない、そして身分の差に囚われない国。』というヒルダの言葉が、マクリルにとっての聖約になるなどとは。
「待たせてくれるものだな、婿殿は。」
合流するマクリルたちを今かと待っていたユリドは、そう憎まれ口を叩く。
「旅は二十日ほどになる。
その間、しっかりと今後について話をさせてもらうぞ。」
そう言うと、ユリドはマクリルの隣に馬を並べる。
ユリド自身も高揚感を強く得ている。
この男はどこまで高みを目指してくれるのか?
それが楽しみでならない。
「さあ、行くぞ。」
ユリドの号令のもと、一行は北へと出発する。
☆ ☆ ☆
北へと進発するマクリルたちを見る者は、なにもナザール帝国の者たちだけではない。
友好使節団としてやってきていた、ロマリア帝国の者たち。
その中でも武官代表として来訪していた、ホルヘ・アンヘル・チラバート。
『ロマリアの盾』とも称される、ロマリア帝国屈指の勇将である。
「どうです、将軍の目に映る彼は?」
副官のファン・トラレスに尋ねられるが、スキンヘッドの壮年の将軍は、
「見ただけでわかるか。
話すらしてないんだぞ。」
あっさりとそう答える。
そして、
「聞いた話どおりの人物なら、このまま平原の民の王で終わる奴じゃないだろうよ。」
そう続け、宿舎へと足を向ける。
「それじゃ、戦うってこともありますかね?」
「さあな。」
トラレスの言葉に素っ気なく答える。
戦うとなれば、それはナザール帝国の援軍としてやってきた時だろうか。
ただ、現状のナザールとロマリアの関係は悪くないから、その線は薄いだろう。
戦うとすれば、それは・・・。
「まさか、な。」
そう呟くが、その『まさか』が訪れることになるとは、この時には思いもしない。
そして、自身がマクリルに仕えることになることも。




