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悲劇の種

 リューネブルク伯オットーは帝都へ帰還し、その間に起きていたことを知り愕然とする。


「さほど、帝都を留守にしていたわけではないのに、ずいぶんと時が経っていたかのように感じるな。」


 長い嘆息の後、オットーはそう口にする。


 マクリルが第二王子アーダルベルトと、いわば人質交換としてこの国を去る。


 それはもはや決定事項であり、オットーにはどうすることもできない。


 妻ヨハナからは、


「どうにかならないのですか?」


 と言われるが、オットーはかぶりを振るだけだった。


 外交家であるオットーにも、これを拒否した先の未来が予測できてしまうのだ。

 マクリルを残したところで、アーダルベルト皇子が解放されてしまうと最悪、内乱を引き起こしかねない。


「陛下は、優しさと甘さを混同されておられるからな。」


 家族思いであることは、基本的には美徳である。

 ただし、権力者の場合には時と状況による。

 今回の場合は、甘さに属する行為といえる。


 はっきりと言ってしまえば、アーダルベルト皇子など切り捨てて仕舞えば良いのだ。

 あの皇子がいなくとも、病弱とはいえ第一皇子アードルフは健在であり、第三皇子アルフレートもいるのだ。

 さらに言えば、アードルフにはすでに子供もいる。

 アーダルベルト皇子など見捨てても、ナザール帝国には大した影響はないのだ。


 むしろ、アーダルベルト皇子を帰還させた方が多くの害悪が発生する。


 間違いなく起こるであろう後継者争い。


 そこでアーダルベルト皇子が勝利した場合、他の二皇子が勝利したとき以上の粛清が起こる可能性が高い。


 オットーはこの日、何度目になるかわからぬ嘆息をする。


「決まってしまったことを、私らがどうこう言っても覆ることはない。

 受け入れるしかなかろう。」


 諦めたような夫の声に、ヨハナも沈黙する。


「まあ、悪いことばかりではない。

 マクリルに代わり、二人の子を養子として迎えられるのだ。」


 確かにそれは良きことだろう。

 サナキア公との縁は切れず、二人の子を養子とすることでむしろ強化される。


 だが、ヨハナは夫の表情にわずかに翳りが見えたことを捉えている。


 アウグストとルパードの二人の子。


 両者ともに年齢に比して優秀だとは聞いている。

 だが、マクリルは年齢に比してではなく、このナザール帝国中を探しても二人とはいないほどの天才だった。


 その天才は、わずかな時間でリューネブルク家が培ってきた外交のノウハウを吸収して、さらには若くして十分すぎる武功まで立てている。


 後継ぎとしてこれ以上ないほどの存在。


 それを国のためとはいえ手放さなければならない。


 オットーはこの日、もはや数えられないほどの長い嘆息をするのだった。






 ☆ ☆ ☆






 リューネブルク伯オットーが長い嘆息を繰り返していた頃、ナザール帝国皇帝ロタール三世は、妻イレアナ皇后と姉アッペルフェルト大公夫人の立ち合いのもと、娘であるヒルデガルドの説得に当たっていた。


「嫌です!!マクリルと離れるなんて!!」


 年相応に御転婆なところはあれど、それでも聞き分けが良く、わがままもあまり言わないヒルダだが、ことマクリルに関することは話が別である。


 マクリルと初めて出会ってから、マクリルに関することだけは極めて強情になる。


 父ロタール三世として言葉を尽くして説得にあたるのだが、ヒルダにはそれが通用しない。


 ロタール三世がほとほと困り果てたころ、アッペルフェルト大公夫人が口にする。


「ヒルダ、マクリルは遠い国に行くのですよ?

 貴女は一緒に行けると思っているのですか?」


 この言葉に詰まってしまうが、


「それでも!!」


 マクリルと一緒にいたい。


「仕方ないわね。だったら、二年我慢なさい。」


「二年?」


「そう二年。二年経ったら、マクリルの方でも受け入れる体制を整えられるでしょう。」


 "受け入れられる体制を整えられる"、その言葉がヒルダに疑問を植え付ける。


 ヒルダがその言葉の意味を理解するのに、少しの時間を要した。


「伯母上様、それはもしかして・・・」


 アッペルフェルト大公夫人は大きく肯く。


「マクリルはキタイ族の王として迎えられるのです。

 王にはきさきが必要でしょう。

 わかりますね、ヒルダ。」


「はい、伯母上様。」


 返事をするヒルダと、驚きの表情を見せるロタール三世。


「姉上、マクリルが王になるというのは、一体どこからの話なのですか?!」


 これは極々一部の、交渉に携わっている者しか知らぬはずのもの。


「マクリル本人からです。

 キタイ族にも策士がいるのでしょう。

 交渉を進ませるために誰を動かせばよいのか、はっきりと理解している者がいるのでしょう。」


 マクリル本人を動かすことで打開を図る。

 言葉にするのは簡単だが、本当にマクリルが動くかを見定めるのは簡単なことではないだろう。

 マクリルの能力を知らなくては。


 アッペルフェルト大公夫人は一通の書状を取り出して、ロタール三世に手渡す。


「ブラウンシュヴァイク公とルドルフ殿の連名よ。

 心して読みなさい。」


 姉の言葉に沈黙しながら、ロタール三世は書状を読み進める。


 そして、


「マクリルをナザール帝国に繋ぎ止めるためにも、ヒルダとの婚姻を成立させなくてはならないのですね。」


「その通りよ。

 私も、ブラウンシュヴァイク公とルドルフ殿の意見に賛成します。

 そして、ヒルダの望みを叶えるためにも。」


 アッペルフェルト大公夫人はヒルダに向き直り、


「いいですかヒルダ。

 貴女はその二年の間に、王の后としての素養を身につけなさい。」


「わかりました、伯母上様。」


 ヒルダのホッとした表情を見てから、


「イレアナ、しっかりとヒルダを教育なさい。

 ヒルダのために。」


「わかりました、義姉上様。」


 これより三日後、ナザール帝国とキタイ族の交渉は成立する。


 その大きな条件は、キタイ族の勢力を国として認めること。


 アーダルベルト皇子とマクリルの交換。


 キタイの作り上げる国とナザール帝国との交易の開始。


 そしてキタイ族の作り上げる国の王をマクリルとし、その后としてヒルデガルド皇女を迎えること。


 以上が骨子となっている。


 そしてここに、この大陸の歴史を大きく動かす悲劇の種が植え付けられたのである。

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