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ユストゥスの婚約

 ブロディルとの対話の翌日から、マクリルは行動を開始する。


 最初に接触したのは、祖父バルトルト。


 ブルノ男爵ユストゥスの祖父でもあり、そして後見人でもある。


 バルトルトは、マクリルの話を聞くと大きく溜息をつく。


「お前がそう言うのなら、他に手段はないのだろうな。」


 マクリルの言葉。

 ブルノ男爵家がブラウンシュヴァイク公爵の庇護下に入ること。

 そして、マクリル自身がこの国を去ると言う決断。


「この国を離れる、か。」


 アーダルベルト皇子を返還させるには、相手が要求しているというマクリルを差し出す他にはないのだろう。

 いや、アーダルベルト皇子の気性を知っているならば、たとえマクリルを差し出さなかったとしても、いずれはマクリルと対立することが予想できてしまう。

 それは、ナザール帝国を分裂させることになりかねない。


 それがわかっているからこそ、マクリルも自らこの国を去る決断をしたのだ。


「それにしても、庇護を受けるのがブラウンシュヴァイク公とはな。」


 その言葉には、サナキア公の庇護を受けた方が良いのではないかという問いかけがある。


「ブルノ男爵家は、私の生家ですから。」


「なるほど、そういうことか。」


 マクリルの生家であるブルノ男爵家。


 そのブルノ男爵家が、アーダルベルト皇子派の筆頭ともいうべきサナキア公クラウスに良い感情を持つわけがなく、またクラウスの側でもそのことを理解しているだろうし、そうなればブルノ男爵家は警戒対象となる。


 そうなると、ブルノ男爵家を守るためにはサナキア公に匹敵する後ろ盾が必要になる。


「リューネブルク伯爵家はどうするのだ?」


 当然の質問だろう。


「アウグストとルパートの二人を、養子に迎えるよう進言します。」


「?!」


 アウグストとルパート。

 二人はルドルフの七男と八男。

 マクリルにとって腹違いの弟である。


「なるほどな。リューネブルク伯爵家は無地貴族。

 固有の武力を持たぬゆえ、大した脅威になることはないと、そういうことか。」


「それだけではありません。」


 現サナキア公クラウスは、明らかに宮中の政治に食い込もうとしている。

 その足掛かりとして使えると思えば、リューネブルク伯爵家を粗略に扱うことはないだろう。


 そしてもうひとつ。


 それはサナキア公爵家としての後継者問題だ。

 当然、クラウスとしては自分の息子を後継者として考えるだろう。

 だが、もしも自分が早逝することがあったら?


 次弟エルンストは子を遺すことなく戦死している。


 そうなると、後継者として挙げられるのは四弟ツェーザルだが、本人は後を継ぐ気は無いと公言している。

 ただ、その軍才は優秀なものであるため、補佐役として留めさせておく必要はある。


 五弟ゲラルトもいるが、こちらはツェーザルと違って天邪鬼あまのじゃくめいた捻くれかたはしておらず、むしろ後見人として任せられる。


 そうなると、自分の子供たちの競争相手となりうる存在は、外に出しておきたい。


 ただ出すのではなく、恩を売れる相手に出しておきたいというのが、クラウスの思惑だろう。


「そこまで読み切った上での、その考えか。」


 自分の孫ながら、末恐ろしさを感じるとともに、この才能を失うこのナザール帝国の将来を憂う。


「ヒルデガルド殿下には、お前の考えをお伝えしているのか?」


 不意な祖父バルトルトの言葉。


「いえ。今回のことは、なるべく水面下で進めたいのです。

 そして、表に出てからは一気呵成に。」


「たしかに、その方がいいだろう。」


 交渉事というのは、タイミング悪く露見すると破談となることが多い。


 ヒルダに知れるということは、間違いなく露見する可能性が高くなる。


「殿下のお嘆きが目に見えるようだな。」


 バルトルトの呟きは、確実にマクリルの心を抉る。

 それを表には出さないが。


「お前の申し出はわかった。

 ブラウンシュヴァイク公との折衝、お前に任せよう。」


「ありがとうございます、お祖父様。」


「お祖父様、か。お前からそう呼ばれるのは、いつ以来かな。」


 その言葉は、感慨以上のものではないようだった。


 暫しの沈黙の後、マクリルはバルトルトの元を辞したのだった。






 ☆ ☆ ☆






 ブラウンシュヴァイク公クリストハルトは、私邸の書斎にてマクリルを迎えている。


「貴卿の申し出、受けさせてもらおう。」


 マクリルの申し出、それはブルノ男爵家に関することだ。


 すでに話を通していたこともあり、話は非常に良い雰囲気の元で進んでいる。


「そこでだ。ユストゥス殿に私の孫娘を嫁がせようと思うのだが、卿の意見はどうかな?」


「望外の喜びでございます。ですが、そこまでされてよろしいのですか?

 時と場合によっては、サナキア公爵家と対立する恐れもございますが。」


「何をいまさら。

 相手がルドルフならいざ知らず、クラウスのような小僧など取るに足らぬわ。」


 豪快に笑うクリストハルト。


 たしかにそういうものだろう。


 実父ルドルフはおのれを知っている。

 自分が戦う事しかできぬ存在だと自覚し、政治に口を出すことはしなかった。

 自身の決断が必要な時も、政治に知見を持つ者に意見を求めてから決断していた。

 それが、嫌っていた父ディルクであっても。


 自身に知見が無いことを恥じず、他人に広く意見を求めることができる度量、それこそがルドルフの最大の武器でもあったのだ。


 それに対してクラウスはどうか?


 残念ながら自身の能力を恃むこと多く、他者の意見を聞かない。

 それは弟の言葉でさえも。

 もし、次弟エルンストの言葉を聞いていたならば、ヴァルザル平原の惨敗はなかったかもしれない。


「お主が相手なら、こんなことは言えなんだのだがな。」


「御冗談を。

 私など、まだまだ公爵の足元にも及びません。」


「そう、今はまだ、な。

 だが、三年、いや二年もあれば俺を超え得るのだがな。」


「買い被り過ぎでございましょう。」


「そうかもしれんが、そうでないかもしれん。

 孫娘をユストゥス殿に嫁がせるのも、お主に貸しを作るためだ。」


「・・・。」


「貸しを返してもらわねばならぬ、そんな時が来ぬことを願ってはおるがな。」


「はい。」


 こうして、マクリルとブラウンシュヴァイク公クリストハルトの対談は終了する。


 ブルノ男爵ユストゥスと、ブラウンシュヴァイク公クリストハルトの孫娘シャルロットの婚約が発表されたのは、この三日後のことであった。

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