ブロディル
面識はあるが改めて互いに名乗り、決して表に出ることのない接触は始まる。
まず最初に出た言葉は、
「あのゴバツ殿は相当な剛の者と聞く。
それを閑職に回せるほど、キタイ族には人材が余っているのか?」
好奇心から発せられたマクリルの、この言葉だった。
マクリルの言葉に思わず面食らったブロディルだが、
「先のヴァルザル平原で、失態をしてしまいましてな。
そのために閑職へと回されてしまったのです。」
「その失態とは?」
そう問われ、ブロディルは全てを話し始める。
それを聞き終えてのマクリルの言葉は、
「それはおかしい。」
だった。
「それはどういうところがでしょうか?」
マクリルの言葉に興味を持ち、口元を軽く緩めながら問いかける。
「ゴバツ殿がそういう人物であると、アブーチ殿は知っていなくてはならないだろう?
ならば、ゴバツ殿に合わせた命令をしなくてはならない。
それをしなかったアブーチ殿の落ち度ではないか。」
親子であるならば、なおさら子の能力を知っていなくてはならないだろう。
マクリルの言葉に、ブロディルは思わず声を出して笑う。
ひとしきり笑った後、
「いや、失礼しました。
たしかにその通りです。
アブーチ殿の失策でございます。」
面白いものを見た、そんな表情でマクリルを見る。
「なるほど、ユリド様が貴方を気にいるわけだ。」
そう呟くが、それは呟きというには大きな声。
「ん?ユリド"様"?」
このブロディルという男は、アブーチに仕えているのではないのか?
それなのに、主君には"殿"でその娘ユリドには"様"というのは、敬称として間違ってはいないだろうか?
マクリルの表情の変化を見たブロディルは笑みを見せる。
「ええ、私はアブーチ殿に仕えております。
ですが、私はキタイ族の未来はユリド様にあると考えております。」
「なるほど。お主は元々は商人、キタイ族との関係から察するに隊商を率いていたか。」
幼い頃、ブルノ男爵領にいた時に商人とはよく接していた。
その時、相手の商人が追い詰められるほどの質問責めをしていたことが、ブロディルの本質を見抜くのに役立った。
「その通りです。私は隊商を率いて大陸のあちらこちらへ、旅をしておりました。」
そこでブロディルはマクリルに問いかける。
「隊商にとって、厄介なものはなんだと思いますか?」
不意な問いかけに少し考え、
「普通に考えるならば、野盗や山賊といったところなのだろうが、お主の期待している答えは違うのだろうな。」
そう口にしつつ、さらに思考を進める。
「そうか。税だな、厄介なのは。」
その答えに、
「ご名答!」
手を叩いて言うブロディル。
「野盗や山賊も厄介ですが、それ以上に厄介なのはマクリル卿、貴方の言われるように税金ってやつなんですよ。」
砕けた物言いへと変わり、
「大陸中央部にどれだけの数の国、部族の勢力圏があるか、知っていますか?」
「私の知っている範囲では十前後だが、遥かに多いのだろうな。」
「ええ、もっと多い。卿の言われた十前後というのは、それなりに名の通った国の数にすぎません。
実際には、公認されていない小国であったり、地域によってはそれなりに有力な部族が乱立しております。」
「それらを通過するたびに、税を徴収されるということか。」
マクリルの言葉に、ブロディルは大きく頷き、
「だからこそ、アブーチ殿に期待して協力、仕えておりました。」
「おりました?」
過去形になっていることに疑問を感じるが、ブロディルは構わずに話を続ける。
「先の戦いで求心力を失っておりましてな。
そこでユリド様に鞍替えをしたというわけです。」
「ユリド殿に?」
「その先見性に、ですな。」
そこでブロディルは目の前のコップに注がれた酒を、ぐいっと飲み干す。
「ユリド様は、あの皇子を返還することで"国"として認めさせ、そして西方の憂いを取り除こうとしておいでです。」
この大陸の不文律。
国として承認できるのは各地域に覇を唱える、七帝国のみ。
承認された国は、承認した帝国の下に着くことになるが、同時に帝国は承認した国を守る義務を負う。
ユリドはそこに目をつけ、西方の憂いを取り除くと同時に、平原を統一する足がかりにしようとしたのだ。
「ですが、一つだけ難点がありましてな。」
「難点?」
「平原の部族では、女の族長は認められておりません。
ですので、その夫となる者が王になることになります。」
「・・・」
「その王が無能では困るのですよ。」
たしかにその通りだろう。
それだけではない。
権力欲が強くても困る。
最悪なのが、無能なだけで権力欲が強い者。
そして、理想を言うならば有能かつ権力欲が少ない者。
「先の戦いでユリド様が貴方に出会い、そして御執心であると知りましてね。
この二年、貴方のことをを調べさせていただきました。」
そこで一息つく。
「貴方が必要なのですよ、私たちには。」
真剣な表情で、正面からマクリルを見る。
「どうせあの皇子が返還されれば、貴方はこの国で居所がなくなる。
ならば、新たな地で自分の力を揮ってはみませんか、思う存分に。」
「それは、お主の単独での考えか?」
「いえ、ユリド様御自身のお考えです。
今頃は、皇宮にて交渉の真っ只中でございましょうな。」
「ユリド殿が?」
「正使ですからな。
なかなか、交渉は上手くは進んでいないようでございますが。」
「私になにをさせたいのだ?」
「ロタール三世陛下の背を押してもらいたいのですよ。
陛下は、貴方を手離すことに難色を示されておりましてな。
ですから、貴方から申し出ていただけるならば、否とは言わないのではないかと、愚考したのですよ。」
ロタール三世が拒むのは、マクリルが愛娘ヒルデガルドの婚約者であるからであって、自分の能力を惜しんでのことではない。
そのことをマクリルは理解している。
そしてなにより、自分はすでにこの国を出る決断をしている。
このブロディルの言葉は、マクリルにとっては最大級の高評価であり、これ以上を望むべくもない。
「わかった。だが、しばしの時をもらいたい。」
「いかほどの時を?」
「断言はできぬが、十日とはかからないだろう。」
「わかりました。そのようにユリド様にお伝えしましょう。」
その言葉を聞くと、マクリル一行は立ち上がる
。
だがそこに立ちふさがった者がいる。
「おい、小僧!」
ゴバツだ。
「お前は親父のことを言っていたが、お前ならこの俺を、親父以上に使えるというのか?」
「ゴバツ殿。貴方がどれほどの武勇を持つのか、私は知らない。
だが、貴方の能力と気性を知ったならば、アブーチ殿よりも上手く使ってみせましょう。」
「ふん!その言葉を忘れるなよ!」
そう言うとゴバツはどかっと椅子に座り、再び酒をあおり続ける。
それを横目に、ユーディンとサティエ、ティティエが歩きだし、マクリルは最後となる。
マクリルはゴバツの耳元でなにかを囁き、そしてこの場を後にした。
マクリルが酒場から出たことを確認すると、ブロディルはゴバツに確認する。
「なにを言われたのですかな?」
「酔ったふり、ご苦労さまだとよ。いけ好かない野郎だ。」
「見抜かれていましたか。」
苦笑するブロディルだが、
「貴方はどう見ましたか、マクリル卿を。」
「知らん!」
ゴバツはにべもなく言う。
「だが、アイツの下で働くのは悪くはなさそうだ。」
そう続けた。
「それは良かった。」
ゴバツの返答にブロディルは満足そうに頷く。
後に、ブロディルはマクリルの覇業草創期において宰相として辣腕を振るい、ゴバツは常に先陣を切る斬り込み隊として活躍することになる。




