接触
リューネブルク伯爵邸。
マクリルの朝は早い。
マクリルより早く起きて活動しているのは、厨房を担当する者だけと、リューネブルク伯爵邸の使用人たちは口にする。
その習慣は、このリューネブルク伯爵家に養子になる前から続いてるものである。
この日もそれは変わらず、伯爵邸の広い庭を散策している。
そして散策から戻って来た時、侍女のイレナから声をかけられる。
「マクリル様。
先程、ブロディルという方からの使いだという男性から手紙を渡されたのですが、お知り合いの方でしょうか?」
ブロディル、その名を聞いてマクリルは悟る。
キタイ族からの接触であることを。
「ああ、知り合いだよ。」
手紙を受け取りながら答える。
「そうですか。」
なにか腑に落ちない表情のイレナに、
「なにか気にかかることでもあったのかい?」
そう尋ねる。
「はい。
その、使いと言われた方の纏っている雰囲気が、尋常な方のものではないと、そう感じられました。」
イレナはそう答え、
「それに、ナザール語を母語とする者とは明らかに違う発音がありました。」
そう締める。
「なるほど。流石だね、イレナは。」
イレナの生家の女性は代々、このリューネブルク伯爵家に侍女として仕えており、その信頼も厚い。
このイレナも当主オットーからの信頼厚く、だからこそマクリル付きの侍女として仕えており、マクリルもその能力を高く評価している。
「その使い、いや使いを寄越したブロディルも異国の者だ。
その使いの者は平原の民だろうと思うが、ブロディルはどうだろう?」
ヴァルタリア城塞での交渉で顔を合わせてはいるが、あの者がどこの国の出身であるかまではわからない。
マクリルはその場で手紙を開くと、
「イレナ、今日は昼前に出かける。
戻る時間はわからない。
だから、夕食の準備はしなくてもいいと料理人に伝えておいてくれないか。」
「わかりました、マクリル様。」
イレナは一礼すると、その場を離れていく。
その後ろ姿を見ながら呟く。
「イレナには、何か勘付かれたかな。」
と。
☆ ☆ ☆
昼前に、マクリルはユーディンとサティエ、ティティエを伴い、馬車に乗って出かける。
馭者を務めるのは、マクリルとともにリューネブルク伯爵家に来たカミル。
帝都のことなら隅から隅まで知っている、そう豪語する男だ。
そのカミルが操る馬車でやって来たのは、帝都でも人気の酒場だった。
「昼間っから酒場で会おうなんて、随分な相手ね。」
ティティエの辛辣な感想。
「そうでもないさ。酒場なら大声で話したって、周りはたいして気に留めることもない。
なにせ、みんな酒に酔って大きな声で話しているんだから。」
マクリルの指摘に、
「それもそうだな。」
同意するユーディン。
そんなマクリル一行に近づいて来る者が一人。
剣呑な雰囲気を纏い、尋常ならざる気配を隠すことなく出している。
「お前はゴバツ!」
サティエが身構える。
ユーディンはサティエとゴバツの間に入り、こちらも尋常ならざる闘気を漲らせている。
「やめろ、ユーディン、サティエ。」
二人を制するマクリル。
そして、
「ゴバツ殿、騒ぎを起こしてはなりませんぞ。」
ゴバツを制するブロディルの声。
その言葉に、
「ふんっ!」
と鼻を鳴らして、その場から少し離れた席へと歩き出す。
その姿を苦笑しながら見送ると、
「ついてきてください。」
ブロディルはそう言うと、マクリルたちの動きを確認することなく背を向けて歩き出す。
それにマクリルたちも続く。
ブロディルに続きながら、マクリルはユーディンとサティエからゴバツの情報を集めている。
その中でわかったこと。
ゴバツはキタイ族族長たるアブーチの長男だという。
個人的な武勇ならば、アブーチ以上。
「俺と何度かやりあったが、決着はつかなかったな。」
とはユーディンの言葉。
それほどの強剛な者を、このブロディルの護衛という言わば閑職に回せるほど、キタイ族は人材に余裕があるのだろうか?
そんな疑問を抱きつつ、マクリルはブロディルにすすめられた席へと座るのだった。




