動き
キタイ族からの使節が来た翌日から、マクリルは皇宮への出仕を差し止められている。
無論、表向きには「この二年、働き詰めだったマクリルに休暇を与える」と、なっている。
事実、マクリルは"ヴァルザル平原の戦い"と一連の事後処理、また文官としての仕事に並行して軍の立て直しにも関わっており、ろくに休日がなかったから、名目としてはそれなりの説得力はある。
さらに義父母リューネブルク伯爵夫妻には、大陸南西の覇者ロマリア帝国からの使節を迎えるよう、皇帝ロタール三世より下命が出されている。
マクリルを宮中に入れないだけでなく、その義父母を帝都から遠ざけることで情報を遮断しようとしている。
マクリル自身はそのことを正確に見抜いており、それだけに今回のキタイ族の使節は自身の今後に大きく関わっていると推察できてしまう。
できてしまうから、マクリルは自分に関わる人たちを守りたいと考え、そのための方策を思考する。
特に守りたいのはこの一〇年もの間、自分を大切に育ててくれたリューネブルク夫妻。
そして、そのリューネブルク伯爵家の存続。
そして、現在では行政官として手腕を発揮している実兄のひとりエルマー。
自分が出征している間、想定外の長期となっていた間、ベルンをしっかりと統治してくれていた。
そしてなにより、敬愛する亡き祖父ディルクが気にかけ続けていたということもある。
行政官として優秀な人材であり、そうそう簡単に排除されるようなことはないと思われるが、念には念を入れたい。
最後にもうひとつ。
自身の生家でもあるブルノ男爵家。
まだ五歳と幼いユストゥスが当主となっている。
前当主であり祖父であるバルトルトが後見人となっているが、すでに老齢であり無理はさせられない。
バルトルトが健在のうちならばともかく、もしもの時のことを考えなければならない。
その時の後見人を、誰に頼めるだろうか?
「ヒルダは怒るだろうな、私の考えていることを知ったら。」
"怒る"で済むだろうか?
だから、ヒルダの耳に入らないように行動しなければならない。
それには、出仕停止は有難い。
ただ、その間はヒルダも頻繁に訪れることが予想されるが。
そしてもう一つ、考えなければならないのはキタイ族の考え。
今回の使節に、あの女戦士ユリドが関わっているのか?
または、別の意思が働いているのか?
それを探るためには、彼らと接触する必要がある。
「誘いをかけるか。」
そう呟くと、マクリルは早速行動に移していた。
☆ ☆ ☆
マクリルがキタイ族の使節を誘うために取った行動。
それはただ日中、外出する時間を増やすことだった。
これは、自分が暇を持て余しているというアピールであり、話があるならいつでも聞くぞという意思表示でもある。
時にはヒルダとともに、かつてよく行った劇場で観劇し、かつてのように市井の中に気さくに入っていく。
その姿は、帝都の民には休暇を楽しむ皇女とその婚約者と映り、気さくな二人に幸多き未来をと願いわれていた。
その様子は宮中にも届いている。
そして、マクリルが休暇を楽しんでいるという話が流れた頃、帝都郊外の平野ではブラウンシュヴァイク公クリストハルトと、前サナキア公爵ルドルフが鷹狩りを楽しんでいた。
「キタイ族の使節が来ていることは知っているか?」
クリストハルトの問いに、ルドルフは頷く。
「そのようだな。クラウスがなにやら色めき立っておったわ。」
現サナキア公爵家当主である長子の名を出すルドルフ。
「アーダルベルト皇子が帰還されるかもしれぬと、そういうことか。」
「だろうよ。」
サナキア公爵家を継ぐ前から、クラウスはアーダルベルト皇子派の首魁ともいうべき立場にある。
病弱な第一皇子アードルフを廃して、第二皇子たるアーダルベルトを次期皇帝につけるべきだと主張している。
そのために、先の諸王国への援軍の指揮官にアーダルベルト皇子を強硬に推したのだ。弟エルンストを補佐役としてつけて。
その結果、アーダルベルト皇子の想像以上に意固地な性格と、それを御することのできなかったエルンストは大敗を喫し、多数の将兵を失うことになり、エルンストはその命を落とすことになった。
クラウスはアーダルベルトの返還を主導することで、弟の失態を挽回してアーダルベルト皇子派の立て直しを図りたいのだろう。
「昨夜、マクリル卿が訪ねて来た。」
不意にマクリルの名を出され、ルドルフの目が光る。
「ブルノ男爵のことを頼みたい、そう言ってきた。」
「・・・。」
ブルノ男爵家はマクリルにとって生家でもある。
その生家を頼むとはどういうことか?
本来なら、マクリル自身が後見人となってもおかしくはないはずだ。
「マクリル卿は、この国を出るつもりのようだ。」
「!?」
ルドルフは、振り返ってクリストハルトを見る。
「アーダルベルト皇子とは共に立つことはできぬと、そう判断したようだ。」
「・・・なるほどな。」
アーダルベルト皇子の気質、それをルドルフもクリストハルトもよく知っている。
「先の戦いの後、帰国できる機会を潰したのがマクリル卿だからな。
あの皇子がそれを逆恨みしたとして、おかしなことではあるまい。」
たしかにその通りだ。
「あの時のマクリル卿の判断は、まさに正しいものだ。
帝国の利益を考えるならば、な。」
だが、それを受け入れられるかどうかはその立場にもよる。
特に虜囚となっていたアーダルベルト皇子には、決して受け入れられないことだろう。
「あの才は惜しい。
だが、それを留めるための策は、ロタール三世陛下では採れないだろう。」
そのことに、ルドルフは同意する。
「最低でも幽閉、一番良いのが殺すことだな。」
ルドルフの言葉にクリストハルトも同意する。
「だが、どちらの手段も採れまい。」
家庭人としてであればそれでもいい。
だが、一国の皇帝となればそれはただの優柔不断となり、国を混乱させる元となる。
「マクリル卿とヒルデガルド殿下の婚約も、自然と解消されることになるだろう。」
マクリルがこの国を出て行く以上、そうならざるを得ない。
「なんとか、マクリル卿に枷を嵌めておきたいものだが・・・」
二人はそこで沈黙する。
そして二人が沈黙している頃、キタイ族からマクリルに接触があった。
それにより、物事は急速に進むことになる。




