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終わりの始まり

 ヴァルザル平原の戦いより二年。


 その一連の戦いにおいて軍才の一端を示したマクリルだが、その身分は文官のままである。

 これは、マクリルの持つ家名が「リューネブルク」であることが、大きく影響している。


 リューネブルク家はあくまでも外交に特化した文官の家系であって、武官の家系ではない。

 そのため、武官の家系の貴族たちからの抵抗が強かったのだ。


 特に反発が強かったのが、サナキア公爵家である。


 ヴァルザル平原の戦いの直後、ルドルフはその家督を長子クラウスに譲り、引退している。

 それを留めようとする動きもあったのだが、


「敗戦には、アーダルベルト皇子を補佐していた次子エルンストにも責任がある。

 子の責任は親の責任でもあり、その責をとって引退するのだ。」


 そう言われると、誰も押し留めることはできなかった。


 そして家督を継いだクラウスが、マクリルが軍に入ることを阻止したのだ。


 そうはいっても、中級以下の指揮官が多く戦死していることもあり、軍の立て直しのためにマクリルは文官としての身分のまま、軍に関わることを求められているのだが。


 そのため、文官としての仕事をしつつ軍にも関与することになり、その忙しさから十六才になったら通うはずの帝立大学院への入学もままならぬ状況になっている。


 尤も、マクリル自身はそのことになんの不満も無いようであるが。

 いや、正確には不満に思えるほど暇ではない。


 生家であるブルノ男爵家では当主コンラートが戦死しており、跡を継いだ幼い息子ユストゥスの教育も任せられている。


 前当主であり祖父であるバルトルトも健在ではあるのだが、流石にその年齢による衰えは隠しきれないのだ。


 そしてあの戦いの後、マクリルは皇宮に呼び戻されている。


 それを最も喜んだのはヒルダだったのだが、会う機会こそ増えたものの、会っていられる時間が増えていないことに不満を募らせてもいる。


 この日、リューネブルク邸にてヒルダは久しぶりのマクリルとの会話を楽しんでいた。


 そこにやって来たのが、ギュンターとシグリダの姉弟。


「よお、マクリル。」


「久しぶりね、マクリル。」


 扉を開けて入ってくるなり、無遠慮に挨拶したギュンターは、そのままマクリルの前に座ろうとして、ヒルダの存在に気づく。


「久しぶりに、マクリルとの時間を過ごしているところを悪いわね、ヒルダ。」


 弟よりもはるかに周りが見えるシグリダは、ヒルダに謝罪しつつその隣に座る。


「悪いな、ヒルダ。」


 まったく悪びれた様子もなく、ギュンターはマクリルの隣に座る。

 そして、


「忙しそうだな、マクリル。」


「そうだね。外交の補佐官として各国の使者や使節への対応をしたり、軍の方にも呼ばれたりしているからね。」


「今までお前が羨ましかったけど、能力があるってのも考えものなんだな。」


「なにを言ってるの。ギュンターは皇族として、マクリル以上に働いてもらわないといけないのよ。

 それを忘れてない?」


 シグリダの指摘に、わざとらしく頭を抱えてみせるギュンター。

 その姿を見て笑うヒルダ。


「そ、そうだ、マクリル。

 お前はいつになったら帝立大学へ入学するのだ?」


 不意に水を向けられたマクリルは少し考え、


「軍の立て直しがある程度進まないと無理かな。」


「それはどのくらいかかるのかしら?」


「様になるには、二年はかかるかな。」


 この二年というのは、あくまでもそれなりに整えられるまでの期間であり、完全に癒えるのはさらに時間が必要になる。


「そう。良かったわね、ギュンター。

 あと二年は、マクリルよりも学年が上だと威張ることができるわよ。」


 口さがないシグリダの言葉に、


「な、なにを言ってるんだ?

 二年も差があるんだぞ?

 追いつかれるわけがないじゃないか。」


「あら?

 帝立学院のときは、先に入学した貴方ギュンターより、マクリルの方が先に卒業したわよね?」


「い、いや、それは・・・」


「しかも、マクリルに遅れること一年だったかしら?」


「・・・」


「二年じゃ、ハンデは足りないかしらね。」


「ま、マクリル、シグリダに何か言ってやってくれ。」


 助けを求めるギュンターに、


「以前とは違うでしょうから、私が追いつくのも大変だと思いますよ。」


 そう助け舟を出す。


「そうやって、気を使わせるのがギュンターのダメなところね。」


 と、にべもないシグリダ。


 その様子を見て笑いながらヒルダが言う。


「いつも生意気なことばかり言っているのに、シグリダの前では形無しね、ギュンターは。」


 その言葉に、シグリダとマクリルは大笑いし、ギュンターは頭をかいていた。







 ☆ ☆ ☆






 更に一時間ほど過ごし、ヒルダは皇宮へと戻って行く。

 マクリルに文官としての仕事があるように、ヒルダにも皇族としての仕事があり、その合間を縫って会いに来ているのだ。


「変わったわね、ヒルダも。」


「そうだな。やはり、ヴァルザル平原の敗北が原因なんじゃないの?」


「そうね。大敗の報を受けた時のヒルダの取り乱しようったら、それは凄いものだったわよ。」


「そう、マクリルが生きていることを知って落ち着いたけどな。」


「それからね。マクリルに相応しい淑女になろうって、本格的に始めたのは。」


「うん、ヒルダが頑張っているのは理解しているよ。

 でも、二人がここに残っているのは、そんなことを話すためなのかい?」


 その言葉にシグリダとギュンターの姉弟は顔を見合わせる。


「多分、アッペルフェルド大公夫人から何かを伝えるために来たと、そう思ったんだけど。」


「なんだ、気づいてたのか。」


「アッペルフェルド大公夫人には、ヴァルザルの戦い以降に相談に乗ってもらっていたからね。」


「そう。なら、要件もわかっているんじゃなくめ?」


 シグリダの問いにマクリルは頷く。


「キタイ族の使者が来たんだろうな。」


「その通りだ。」


「とうせなら、何をお母様と相談していたのか、教えてもらえないかしら?」


 姉弟ふたりの言葉に、マクリルは暫しの沈黙の後、話し始める。



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