祖父との出会い
シュドルツェに、その人物がやってきたのは春から夏へと移り変わり始める初夏。
ブルノ男爵バルトルトは邸より出て、その人物を迎え入れる。
「ようこそお越しいただきました、ディルク様。」
サナキア公爵家の、獅子に剣と槍が意匠化された紋章が描かれた扉から姿を見せたのは、サナキア公爵家前当主ディルク。
病弱でありながら、健康に気を使いながら生活を送ってきた結果、八十歳近い高齢だが背筋はしっかり伸びており、足取りもしっかりとしている。
「此度は、どのような御用向きでしたでありましょうや?」
バルトルトは邸へと案内しながら、文字通りに親子ほど歳の離れたディルクに、恭しく尋ねる。
「うむ。陛下よりのお召しでな。帝都に向かう途中に、まだ見ぬ孫の姿をと思うての。」
「マクリルでしたら、狩に出ております。」
「狩じゃと?」
流石にこの返答にディルクは驚く。
「やんちゃ盛りでございまして。娘に似てしまったのでしょうなあ。」
どこか懐かしそうなバルトルトの言葉に、
「お嬢様は、亡くなられたのじゃったな。」
そうディルクは声を落とす。
「いや、忘れ形見となったマクリルのお陰で、そんなことを考える暇などありません。」
「そんなに活発な子供なのかな、そのマクリルは。」
「活発で好奇心旺盛、祖父としての贔屓目もありますが、とても利発で聡明な子供です。」
「ブルノ男爵がいわれるなら、将来が楽しみじゃな。」
そう口元を綻ばせるディルク。
「たしかに、その通りなのですが・・・」
バルトルトの歯切れが悪い。
その様子に、
「どうかなされたのかな?」
「いえ、実はマクリルは私の養子としようかと考えております。」
「?」
「おそらく、マクリルのことをルドルフ殿は気に入らないと思われるでしょうから。」
怪訝な視線を送るディルクに、ルドルフは苦悩の表情を浮かべながら話す。
「ルドルフが気に入らぬ、とは?」
「はい。それが・・・」
バルトルトが答えようとした時、
「旦那様、マクリル様がお帰りになられました。」
家令のアヒムがそう伝えてくる。
「ディルク様。百聞は一見にしかずと申します。
実際にマクリルをご覧になれば、私の言いたいことがわかるかと思います。」
「なにやら、マクリルにはいわくがあるようですな。」
ディルクはそう答えると、マクリルがこの客間に現れるのを待つことにした。
☆ ☆ ☆
「お祖父様!」
客間に現れたのは、六歳という年齢に相応しい騒々しさを持った少年だった。
肩で切り揃えられた陽光に煌めく柔らかな銀髪は、母親譲りだろう。
体格的にも、同年代の少年よりも少し大きめだろうか。
「マクリル!お客人がおられるというのに、なにをはしゃいでおるのだ!」
叱りつけるバルトルトに、マクリルはハッとした表情を見せ、ディルクの方へと向き直る。
「も、申し訳ありません。わ、私はブルノ男爵の孫、マクリルと申します。」
正面から見るマクリルの姿。
まるで可憐な少女のように見える美貌。
そしてその声も、とても美しく聞くものを虜にするだろうもの。
「これは・・・」
ディルクはそう呟くと、それ以上はなにも言えず、考え込んでしまう。
バルトルトが、ルドルフは気に入らないだろうと言った理由が、はっきりと理解できる。
息子ルドルフは、父である自分への反感から弱そうに見える者を、その側から徹底的に排除しているのだ。
それは自分の子供でさえ、例外ではない。
事実、三男が病弱だと知るや、すぐさま自分の周りから母親ごと追い出してしまっている。
その生活の支援に、ディルクが手を出さなければ野垂れ死にさせていたかもしれない。
そんなルドルフがこのマクリルを見たらどう思うのか?
火を見るよりも明らかだった。
「あの、お客様。いかがなされましたか?」
考え込んでいるディルクを気遣うように、マクリルがおそるおそる声をかける。
「いや、なんでもない。六歳と聞いていたが、年齢の割にしっかりとした礼儀を心得ておるようで、驚いておったのじゃ。
これも、男爵の教育の賜物じゃな。」
そう言ってディルクはマクリルの頭を撫でる。
突然、頭を撫でられて驚くマクリルに、
「私の名はディルク。元サナキア公爵じゃ。」
サナキア公爵と聞き、マクリルは目を輝かせる。
「では、貴方が私のもう一人のお祖父様なのですね?!」
勢いこむようにディルクに問いかけるマクリルに、ディルクは大きく頷く。
「そうじゃ。私は、そなたの祖父じゃ。」
「は、はじめまして、お祖父様。」
改めて、マクリルは挨拶をする。
「それで、お祖父様は今日はどのような要件でいらしたのでしょうか?」
勢いよく質問をするマクリルを、バルトルトが制しようとするのをディルクは手を挙げて止める。
「皇帝陛下のお召しでな。帝都に行く途中で立ち寄ったのじゃ。」
さらにマクリルが質問しようとするところを、流石にバルトルトが止める。
「ディルク様は、旅の途中でお疲れなのだぞ。」
その言葉に、
「申し訳ありません、ディルクお祖父様。」
慌てて謝るマクリルの頭を撫でながら、
「後で、狩の話を聞かせてくれないかな?」
そう優しく語りかけるディルクに、
「は、はい!喜んで!」
そう返事を返す。
「マクリル、狩の道具の片付けは済んだのか?」
ハッとしたような表情になるマクリル。
「す、すぐに片付けてきます。」
慌てて飛び出すその姿を見て、
「良き子に育てましたな。」
「聞き分けが良すぎて、本当にこれで良いのかと思ってしまいます。」
確かに、その懸念はディルクも感じる。
「男爵。」
急に呼ばれて、バルトルトは振り返る。
「あの子を帝都に連れて行っても良いかな?」
「マクリルを帝都に?」
「そうじゃ。陛下のお嬢様が、たしかあの子のふたつ下になる。
遊び相手にもよかろう。それに・・・」
「それに?」
「私も、あの子ともっと話しがしたいからな。」
その言葉に苦笑しつつ、
「わかりました。では、私も帝都に行くとしましょう。」
バルトルトは、そう答えて帝都行きを了承したのだった。