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ヴァルタリア大陸記  作者: 久万 聖
第二章〜ヴァルザル平原の戦い〜
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交渉

体調不良と仕事(新人教育のストレス)により、更新が滞ってしまい、申し訳ありません

 キタイ族軍の使者ブロディルに応対するのは、ナザール帝国軍総指揮官代理となっているツェーザル。


 ツェーザルは、まだ二十代半ばの「若造」呼ばわりされる年齢ながら、ナザール帝国名代として対応しなければならない状況に苦笑を禁じ得ない。


 ただ、それを表に出すことはしないが。


「それにしても、困ったものだな。」


 ツェーザルの気質は、父ルドルフが評したように天邪鬼あまのじゃくであり、皆をまとめるとか代表として振る舞うということを苦手としている。

 むしろ、そういう者たちを皮肉や批判の対象とする方が好きであり、そんな場所に自分を置くことを嫌う。


 だが、今回はそうはいかない。

 いくら大陸北西部の盟主とはいえ、同盟国を無視して交渉を進めることはできないし、交渉の場への同席を拒絶することもできない。

 なぜなら、彼らには自分たちを無視・犠牲にして和睦を結ぶのではないかという疑念を抱いているのだから。


 アーダルベルト皇子の振る舞いが、ここにきて悪影響を与えていると言ってもいい。


 そのため、ツェーザルには同盟国の疑念を払い、その利益を守りながらの交渉をしなければならない。


 それはキタイ族に対して、一切の妥協をしてはならないという状況なのだ。


 その頭の痛い状況に、ツェーザルは実弟マクリルを補佐として参加させている。

 そのことに対する批判はなく、意外なほどにあっさりと受け入れられたのだが、これはマクリルが先に根回しをした結果である。

 そのことをツェーザルが知ったのは、交渉の後のことであるが。


 その二人と、諸王国からの代表居並ぶ中、悠然とした態度のユリドを先頭にしてキタイ族の使者であるブロディルが、やや緊張した面持ちで現れる。


 先頭に立つユリドはマクリルの姿を認めると、ニヤリと笑みを浮かべる。


 それを見てツェーザルは小声でマクリルに確認する。


「あの女が、お前が言っていた女戦士か?」


「はい。」


 マクリルの返事は短い。


 だが、ユリドはそのまま使者であるブロディルを椅子に座らせると、その後ろに立っている。


 席に着いたブロディルはユリドを一瞥した後、おもむろに、そして強烈な一撃をツェーザルに放つ。


「我が方は、ナザール帝国第二皇子アーダルベルト殿下を保護・・しております。」


 その言葉に息を飲むツェーザルと、そのツェーザルへ視線を集中させる諸王国の代表たち。


 その中でただ一人、マクリルはブロディルの次の言葉を待っている。


 その様子を見て、ユリドはますますその笑みを強く見せている。


「我が方としては、ナザール帝国への返還を行うこともやぶさかではありません。

 むろん、条件次第ではありますが。」


 アーダルベルト皇子の解放。

 キタイ族にとって、ナザール帝国に対して大きな外交の手札となり得る存在を、条件次第とはいえ返還するという。


「条件を聞こう。」


 ツェーザルがそう言いかけた時、


「解放するというのなら、その身柄はどこにある?

 この地にお連れしているのか?

 していないなら、そちらの言葉は戯言としか受け取れない。」


 マクリルが、平原の民の言葉で間に入る。


 その言葉に驚くブロディルと、鋭い目でマクリルを見るユリド。


「そちらが条件を付けられる立場だと思っているのか?」


「どういう意味でしょうかな?」


 ここで、ツェーザルと諸王国の代表は奇妙な状況になっていることに気づく。


 キタイ族側であるブロディルがナザール語を使い、ナザール帝国人であるマクリルが平原の民の言葉を使っていることに。


「お前たちはヴォロネジを落とせていない。」


 マクリルの指摘に、


「な、なぜそう思われる?」


 ブロディルが問い返す。


「ヴォロネジを落としていたのなら、こんな小賢しい真似などしないだろうからな。」


 ここで皆が気づいた。

 マクリルは使者であるブロディルを見ていない。

 マクリルが見ているのは、ブロディルの背後に立つ護衛の女戦士。


「落とせていないから、時間稼ぎのために来ているのだろう。」


 その言葉に、ユリドの口角がわずかに上がる。


「マクリル、お前は何を言っているのだ?」


 平原の民の言葉を解さないツェーザルには、マクリルが何をどう解釈して、どう答えているのかがわからない。


「兄上、もう交渉は打ち切った方が良いと思います。

 彼女らは、時間稼ぎをするためにだけ、ここにきたのですから。」


「なに?」


 ここでマクリルは自身が得ていた情報、そして自分の見解をツェーザルに伝える。


 ヴォロネジがキタイ族相手に頑強な抵抗を続けていることと、ナザール本国より援軍が向かってきていること。

 そして、キタイ族の思惑。


「ヴォロネジを陥落させることができず、このままではなんの戦果もあげられない。

 それは、キタイ族族長の権威を落とすことになり、その求心力の低下を招きます。」


「そこで、アーダルベルト殿下を餌にしたのか。」


「はい。そして、たとえその交渉が失敗したとしても、撤退するだけの時間を稼ぐことができます。」


 簡単なマクリルの説明に、"なるほど"と思う。


  「だが、それでは殿下は・・・」


 マクリルはそれには答えず、


「諸王国の代表たちの顔を見てください。」


 そう伝える。

 ツェーザルが見た、諸王国の代表たちの顔。


 明白に疑念を抱いた表情。

 アーダルベルト皇子を解放させるために、諸王国に不利益を被せるのではないか、そんな疑念を抱いた表情だ。


「閣下。

 我々がなぜこの地に来たのか、お忘れですか?」


 実弟マクリルに"閣下"と呼ばれ、ツェーザルは我に帰る。


 自分たちがここに来たのは、諸王国の領土を守るため。

 ここで、アーダルベルト皇子を解放させるためになにか条件を聞き出そうとすれば、それは裏切りと取られかねず、大陸北西部における盟主としての権威の低下を招きかねない。


 そして、一度低下した権威はもちろん、諸王国の信用は簡単に取り戻せるようなものではない。


 長期的視野に立って行動するか、皇子解放という目先の利益ー将来的に利益になり得るかは怪しいーを取るか。


「わかった。マクリル、お前に従う。」


 ツェーザルの決断。

 それは、アーダルベルトを見捨てるということ。


 それが外交的、政治的に正しいことはわかる。

 いや、軍事的にもそうなのだろう。中級指揮官を多数失った現状では。


 この時、ツェーザルはマクリルに対して一つの感情が浮かび上がってきたことを自覚する。

 その感情は恐怖。


 今回のマクリルの判断は間違ってはいない。

 だが、弱冠一四歳の少年がこの結論を導き出し、そしてなんの躊躇いもなく主導する。


 そんな一四歳がどこにいるのか?


 たしかに頼もしくはある。

 だが、それ以上に薄ら寒さを感じてしまう。


 ツェーザルは軽く頭を振り、キタイ族の使者に向き直す。


「マクリル卿の言葉通りだ。

 アーダルベルト皇子を解放するというなら、勝手に解放すればよかろう。

 我らは一時的には敗れた。

 だが、すでに本国より来援が派遣され、数日のうちにこの地に到着しよう。

 そこで一戦してもよし。

 そうならずとも、お主らは長期の滞陣に耐えられまい。

 ヴォロネジが陥落していない今、どういう行動が最良であるか、良く考えることだな。」


 ツェーザルの言葉により、全ては決する。


 その言葉を聞いたキタイ族側に、落胆の様子はない。

 むしろ、こうなることを予想したかのような態度を見せている。


「なるほど。そちらの言は理解した。」


 ナザール語で放たれたその言葉の主はユリド。


 マクリル以外の者たちは、ユリドがナザール語を話したことに驚く。


「なにも驚くことはないでしょう。

 あの者は一軍を率いていた者。

 なれば、ナザール語を話せたとしてもなんら不思議はありません。」


 言われてみればその通りだ。

 一軍の将ともなれば、敵軍との折衝も行うこともある。

 大陸北西部の主要言語たるナザール語を話せたとしても、不思議はないのだ。


「ふふふ・・・、ははは!」


 ユリドは大きく笑いだす。


「やはり、お前は・・・」


 そこまで言って、口を閉ざす。

 そして、平原の民の言葉を使い、


「ブロディル、帰るぞ。」


 そう言って歩き出す。


「ユリド様!」


「さっさと戻るぞ。

 ナザールからの援軍が来る前に退かねば、我らの方が全滅となりかねん。」


「それは、今でも同じでは?」


「今なら、ここにいる軍の再編もあって追撃はない。

 だが、援軍が来たならばその軍が追撃を仕掛けてくる。

 逃げるなら、今が最良の時ということだ。」


 ユリドはブロディルに答えると、振り返ることなく歩き去り、ブロディルは慌ててその後を追う。


 そして、それを黙って見送るツェーザルと諸王国の代表たち。


 こうして、ヴァルザル平原の戦いと、それに付随する一連の出来事は終わりを告げる。


 ただ一つ、キタイ族の虜囚となったアーダルベルトのことを除いて。

ヴァルタリア大陸記については、月曜の朝の更新にしていきたいと思います。

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